第84話 嘆くモノと交わす剣
森の中を疾走する二つの影。
先頭を走るのは、鋭い眼光を持つ男――ゼーグル。
その隣を、退屈そうに歩幅を合わせる女――ヴァレリアが駆けていた。
そして、ゼーグルの肩には気を失ったロクサーナが抱えられている。
「後は、このまま指示された地点で合流するだけだ」
低く淡々と告げるゼーグル。
するとヴァレリアは、大きく欠伸をしながら肩を竦めた。
「へいへい。……はぁ〜、それにしても今回はつまんねぇ仕事だったなぁ」
ゼーグルは答えない。ただ無言で森の奥へと走り続ける。
「これじゃ身体が鈍っちまうぜぇ……どっかに面白ぇ奴でもいねぇかなぁ〜」
「今回は戦闘が目的ではない」
咎めるような声音でゼーグルが言う。
「だから退屈なんだろうがよぉ」
ヴァレリアは不貞腐れたように唇を尖らせる。
「大体なぁ――」
「……待て」
不意に、ゼーグルが足を止めた。
その瞬間、空気が変わる。
鋭い視線を背後の森の奥へ向け、気配を探るように目を細めるゼーグル。
「あぁ? 何だよ?」
ヴァレリアも違和感を察し、表情を僅かに引き締めた。
「……誰かが追って来ている」
その言葉に、ヴァレリアの眉がぴくりと動く。
「はぁ!? 嘘だろ? もうクローウェアウルフがやられたってのか?」
「いや……あの兵士達ではない」
ゼーグルは静かに首を振った。
「追って来ているのは……一人だ」
「……一人?」
ヴァレリアは思わず聞き返す。
次の瞬間――。
「ククッ……おいおい、一体どこの自殺志願者だぁ?」
その口元が、愉快そうに歪んだ。
複数で追ってくるならまだ分かる。
だが、たった一人。
それは、自分達との力の差を理解できていない愚か者か――あるいは、自分達に匹敵する化け物か。
だがヴァレリアの記憶にある限り、あの場にそんな存在はいなかった。
だからこそ、彼女は確信していた。
追ってくる者は、死にに来たも同然だと。
「はぁ……面倒くせぇ」
ヴァレリアは首を鳴らしながら、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「サッサと殺しちまうかぁ」
その笑みは、獲物を見つけた獣そのものだった。
⸻
ユティナは、ロクサーナを攫った黒いローブの二人組を追っていた。
だが、森の中での追跡は容易ではない。鬱蒼と生い茂る木々が視界を遮り、足場も悪く、僅かな痕跡を追うだけでは、すぐに見失ってしまうだろう。
――だからこそ、ユティナは魔力探知を使っていた。
移動しながら、可能な限り探知範囲を広げていく。
そして、魔力探知には無数の反応が引っかかる。
森に潜む魔物、小動物、さらには微弱な魔力を宿す植物までもが感知される。
その膨大な反応の中で、ユティナが注目しているのは“動き”だった。
そして、見つける。
三つの魔力反応。
それらは一定の速度で、一直線に森の奥へと移動している。
(この反応……きっとこれだ)
ユティナは速度を上げながら、心の中である人物に感謝していた。
(クーちゃんに感謝だね。あの時、クーちゃんと戦ってなかったら……魔力探知の魔法を思い出せなかったかもしれないし)
今はここにいないクロエの姿を思い浮かべながら、ユティナはさらに加速する。
風を切り裂き、枝葉を飛び越え、一気に距離を詰めていく。
その最中、不意にルナの声が脳裏へ響いた。
(ユティナ、あの人間達は普通じゃない。十分に気を付けて)
(うん……分かってる……)
その時だった。
(……止まった?)
三つの魔力反応が、不意に静止する。
ユティナの表情が鋭くなる。
(気づかれた……!)
そして次の瞬間。
木々の隙間の先に、黒いローブの二人組の姿を発見する。
そして、男の肩に抱えられたロクサーナの姿を、ユティナは捉えた。
(向こうはこっちの動きを警戒している……。でも、まだ私の位置は掴めてない。なら――!)
次の瞬間、ユティナは加速魔法を発動した。
地面を蹴った瞬間、その姿が掻き消える。
視界の外から一気に加速したユティナは、瞬く間にヴァレリアとゼーグルの背後へ回り込んだ。
「っ――!」
異変を察知した二人が即座に反応する。
だが、わずかに早かったのはユティナだった。
狙いは、ロクサーナを担いでいるゼーグル。
ユティナは迷いなく剣を振り抜く。
「ぐっ……!」
ゼーグルは咄嗟に身を捻り、辛うじて剣閃を回避する。
だが、その代償として体勢を大きく崩した。
――その隙を、ユティナは見逃さない。
一瞬でゼーグルの頭上へ跳び上がると、その肩からロクサーナを奪い取った。
そしてそのまま大きく後方へ飛び退き、二人との距離を取る。
「ロクサーナちゃん! 大丈夫!?」
ユティナはぐったりとしたロクサーナを抱き寄せ、必死に呼びかけるが、返事はない。
眠らされているのか、意識を失っているのか――ロクサーナは微動だにしなかった。
そんな緊張感の中。
「おいおい、何やってんだよゼーグル〜?」
ヴァレリアが呆れ混じりに肩を竦める。
「……うむ。少々、油断したな」
ゼーグルは乱れた体勢を立て直しながら低く答えた。
まさか、一瞬で背後を取られた上にロクサーナまで奪われるとは、彼も予想していなかったのだ。
「貴方達……ロクサーナちゃんに何をしたの!?」
ユティナはロクサーナを抱き抱えたまま、二人へ鋭い視線を向ける。
だが、その敵意すら二人は意にも介していない。
「あぁ? お前は確か……あぁ、あのチンケな盗賊団のボスが余計に連れてきたガキか」
ヴァレリアは思い出したように呟くと、珍しい玩具でも見るような目でユティナを眺める。
「その娘には、魔法で少し眠ってもらっているだけだ。特に傷つけてはいない」
ヴァレリアとは対照的に、ゼーグルは淡々とした口調で答えた。
その感情の無さが、かえって不気味だった。
「貴方達……何者なの……? どうしてロクサーナちゃんを攫うの……!?」
ユティナは警戒を強める。
目の前の二人から漂う異様な空気。まるで、人ではない何かを相手にしているような感覚だった。
そして、ユティナの問いに答えたのはゼーグルだった。
「我らは“嘆くモノ"。この悲しみに満ちた世界を嘆き、安寧をもたらす者だ」
「ラメント……?」
聞き覚えのない名に、ユティナは思わず小さく呟く。
「貴様に、何も答えるつもりはない」
そして、静かにユティナへ手を向ける。
「さて……その娘を渡してもらおう」
空気が変わった。
ピリッと肌を刺すような威圧感が森を包み込み、ユティナの背筋に冷たいものが走る。
ゼーグルが放つ圧は、それだけで周囲の空気を重く変えていた。
「今なら命までは奪わない」
感情のない声だが、その言葉には絶対的な殺意が滲んでいる。
ゼーグルの瞳が、静かにユティナを射抜く。
「我らラメントは、悲願を果たすためならば、阻む者には一切容赦しない」
そして。
「それが、女でも、子供でもだ」
森が静まり返る、そんな重苦しい空気の中。
「……って事だ〜」
ヴァレリアだけが、場違いなほど軽い声を出した。
「だから早くそのガキ渡した方が身のためだぞ〜?」
口元を吊り上げ、愉快そうに笑う。
「まぁ、私としてはどっちでもいいけどなぁ」
ユティナが二人を実力者だと理解したのは、纏う雰囲気――いや、もはや本能に近い直感だった。
明らかに違う。
二人の奥底から滲み出る力。膨大な魔力。
それはただ強大というだけではない。
禍々しく、まるで周囲の空間そのものを侵食するかのような異質さを放っていた。
だが、それでもユティナの答えは、最初から決まっていた。
彼女は抱きかかえていたロクサーナをゆっくりと地面へ下ろし、静かに立ち上がる。
「断る……。ロクサーナちゃんは、絶対に貴方達なんかに渡さない……!」
「そうか……ならば仕方あるまい」
「ははっ、じゃあサクッと殺しますか〜」
軽薄に笑うゼーグル。
その言葉に、ユティナはロクサーナの前へ立ち塞がった。
「ロクサーナちゃん……貴女は絶対に守る……!」
翳した手から淡い光が溢れ出す。
次の瞬間、ロクサーナを包み込むように淡く金色に光巨大な結界が展開された。
その光景に、二人の表情が変わる。
「聖結界……!? 貴様、聖女なのか……!?」
「おいおいマジかよ……? こんなガキが聖女?」
予想外の事態に、一瞬だけ二人の意識が止まる。
――その隙を、ユティナは見逃さなかった。
瞬間、彼女の姿が掻き消える。
身体強化魔法と加速魔法。
爆発的な加速で一気に二人の間へ飛び込むと、まずヴァレリアの横腹へ鋭い蹴りを叩き込む。
さらに、その勢いのまま身体を捻り、遠心力を乗せた斬撃をゼーグルへ同時に放った。
「ぐっ……!?」
ヴァレリアはまともに蹴りを受け、吹き飛ばされる。
しかし――
「……っ!?」
ゼーグルには、刃が通らなかった。
振るわれた剣は、ゼーグルの腕によって真正面から受け止められていた。
さらに、刃が触れた部分の皮膚は、まるで鉄のように硬質化している。
変質した腕が、ユティナの斬撃を完全に防いでいたのだ。
(何なの……この男……! 剣が通らない……!?)
驚愕しながらも、ユティナの思考は止まらない。
次の瞬間には、標的をヴァレリアへ切り替えていた。
(あの女には攻撃が入った……! なら、先に倒すべきはあっち!)
即座に加速魔法を発動し、吹き飛ばされたヴァレリアへ、一直線に迫る。
その様子を、ゼーグルは静かに見つめていた。
(この子供……速さだけじゃない。状況判断も異常なほど早い……。俺に攻撃が通じないと悟った瞬間、迷いなく標的を切り替えたか……)
敵でありながら、ゼーグルは内心で舌を巻く。
(状況判断、戦況分析、そして決断力……どれも異常なほど洗練されている。到底、年端もいかない子供のものではない)
脳裏に浮かぶのは、これまで相対してきた数多の強者たち。
(この戦い方……。幾つもの死線を潜り抜け、修羅場を越えてきた者の動きの様だ)
そして、当のユティナは、一切止まらない。
追いついた瞬間、空中で身体を反転、渾身の力を込めた踵落としを、ヴァレリアの腹部へ叩き込んだ。
「がはっ――!?」
轟音と同時にヴァレリアの身体が地面へ叩きつけられる。
衝撃で大地が砕け、周囲の地面が大きく隆起した。
土煙の中、ユティナは鋭く目を細める。
(まずは、一人――!)
彼女は即座に視線を巡らせる。
次に倒すべき敵――ゼーグルへと視線を向けた。
読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪
もし、面白い!続きを読みたい!と思ってくださって頂けるなら、ブックマークや☆評価など頂けると幸いですm(_ _)m




