表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/83

第76話 港町ツァリス、忍び寄る影

港町ツァリスの南方――険しい山々が連なるウガル山脈。


切り立った岩肌には一年を通して濃霧が立ち込め、まるで外界を拒むかのように山脈全体を覆っている。


さらに、この地には数多くのドラゴン系魔物が棲息しており、軽い気持ちで近づいた者が生きて戻る事は少ない。


そんな人を寄せ付けぬ山奥を、二つの人影が進んでいた。


一人は、紫がかった長い癖のある髪を揺らす若い女。


もう一人は、鍛え上げられた体躯を持つ赤髪の壮年の男。


二人とも黒いローブを纏っていたが、その佇まいは明らかに常人のものではなかった。


「ゼーグル〜、まだ着かねぇの〜?」


女が気怠げな声を漏らす。


足取りは重く、面倒臭さを隠そうともしない。


「目的地には既に入っている。……調べでは、この辺りのはずだ」


対照的に、男――ゼーグルは鋭い眼光を周囲へ巡らせる。


霧の向こうに何かを探るように、一歩一歩を慎重に進めていく。


「ったく、ボスも人使い荒すぎだろ〜。聖都からこっちに来たと思えば、次はこんな山奥に……来るだけで死にそうなんだけどー」


女は両手を頭の後ろで組み、不満を隠そうともしない。


「ヴァレリア、無駄口を叩くな。全ては我らの悲願のためだ」


「はいはい、分かってますよーっと」


ヴァレリアの返事だけは軽く、そこに反省の色は一切なかった。


その時だった、不意に男が足を止める。


「うおっ!?」


前を見ていなかった女が、その背中にぶつかった。


「痛っ! 急に止ま――」


文句を言いかけた女の言葉が止まる。


何故なら、男が低く呟いたからだ。


「……見つけた」


「あ?」


ヴァレリアはゼーグルを押し退けるように崖際へ出ると、その視線の先――深い霧の下に“何か”があった。


「……ははっ」


ヴァレリアの口元が、大きく吊り上がる。


「見ぃっけ」


その笑みは、歓喜というより獲物を見つけた獣のようだった。


「じゃ、早速――」


飛び降りようと身を乗り出したヴァレリアを、ゼーグルが片手で制する。


「待て。今回はあくまで“確認”だ」


低く、重い声。


「それ以上先は、あの計画が失敗した時だけだ」


「ちぇっ……つまんねぇの」


女は露骨に不貞腐れながら肩を竦めた。


だが、その瞳に宿る危険な光は消えていない。


濃霧に閉ざされたウガル山脈。


その奥底で今、確かに“悪意”が動き始めていた。



「わぁ……!」


思わず漏れたユティナの声と共に、その瞳が大きく見開かれる。


目の前に広がっていたのは、港町ツァリスならではの活気に満ちた光景だった。


大通りには多くの人々が行き交い、露店からは威勢の良い呼び声が飛び交う。


港から運ばれてきた魚介や交易品が並び、道行く者達の笑い声が街全体を包み込んでいた。


潮風に混じる香ばしい匂いまでもが、この街の賑わいを物語っている。


「凄い活気……」


感嘆するユティナへ、ロクサーナが嬉しそうに微笑みかけた。


「ふふ、この賑やかさもツァリスの魅力なんだよ?」


その声音には、自分の街への誇らしさが滲んでいる。


「ツァリスが受ける恩恵は大きい」


補足するように口を開いたのはレイモンドだった。


「豊かな大地による資源もそうだが、特に貿易による利益は聖王国内でも群を抜いている。地の利だけではない。レブン公爵の手腕によるところも大きいだろう」


その言葉に、ロクサーナは小さく背筋を伸ばした。


「殿下からそのようなお言葉を頂けるのは、この地を預かる者として光栄です」


まだ幼さの残る少女だが、その受け答えには確かな品格があった。


ヒュラッセン公爵家の令嬢として育てられてきた事がよく分かる。


「そんなお嬢様をお支えできる事、私も誇りに思っております」


穏やかに続けたのは、ロクサーナ専属の従者――メイドのカナリーだった。


その優しい眼差しには、主人への深い忠誠と愛情が宿っていた。


そして、彼女は単なるメイドではない。


元Bランク冒険者出身の彼女は、身の回りの世話だけでなく、護衛役まで務める優秀な従者だった。


本来であれば、聖王国の皇子であるレイモンドには大勢の護衛兵が付くはずなのだが、今回はお忍びで街を訪れている以上、護衛を増やせばかえって目立ち、余計な注目を集めてしまう。


下手に騒ぎを呼び込み危険を招くよりも、今回は最低限の護衛に留める方が得策――そう判断されたのだ。


それに加え、あまり大勢で囲めば、ユティナも気兼ねなく街を見て回れない。彼女への配慮もあって、護衛の人数はさらに絞られていた。


そして何より、このツァリスは比較的治安の良い街として知られている。


そうした事情が重なった結果――今回、護衛として同行するのはカナリーただ一人となった。


活気に満ちた市場を歩きながら、ユティナは周囲を興味深そうに見回していた。


どこを見ても賑やかで、見ているだけでも楽しい。


そんな中――


「……あれ?」


ふと、ユティナの視線がある露店で止まった。


並べられていたのは、黒い色をした饅頭。


しかも、その形はどことなくドラゴンを模している。


よく見れば、周囲の店にも似たような意匠の菓子や装飾品が数多く並んでいた。


「これ、何?」


見慣れぬ品に惹かれ、ユティナは首を傾げる。


すると、露店にいた恰幅のいいおばちゃんが笑いながら答えた。


「おっ、嬢ちゃん気になるかい? そいつは“暗黒竜饅頭”さね!」


「あ、暗黒竜……饅頭……?」


あまり聞きなれない名前に、首を傾げるユティナ。


そんなユティナへ答えたのはロクサーナだった。


「お姉ちゃん、このツァリスの南にあるウガル山脈にはね、“暗黒竜”が住んでるの」


「あ、暗黒竜……?」


あまりにも物騒な響きに、ユティナの表情がわずかに引きつる。


そんな反応がおかしかったのか、レイモンドが苦笑混じりに口を開いた。


「ははっ、確かに初めて聞けば驚くよな」


レイモンドは露店に並ぶ黒い饅頭を見ながら続ける。


「この地に伝わる“暗黒竜”はかなり有名なんだ。商人達もそれにあやかって色々な商品を作った結果、今じゃツァリス名物になっているらしい」


暗黒竜――。


遥か昔からウガル山脈に棲むと語り継がれてきた古竜。


度々その姿を見たという話はあるものの、この街や周辺地域へ災いを齎したという記録は存在しない。


だからこそ、この土地の人々は暗黒竜を恐れるだけではなく、いつしか“守り神”のように崇めるようになっていた。


「暗黒竜……」


その言葉を聞いた瞬間、ユティナの脳裏に遠い記憶が蘇る。


――黒き竜。


魔王アリナ・ヴァーミリオンだった頃、自分に仕えていた一体の黒竜。


真面目で、融通が利かなくて、やたら口うるさい。


無茶をすればすぐに怒られたし、勝手な行動を取れば延々と説教もされた。


けれど、いつも自分を気に掛け、支え、傍にいてくれた。


気付けば、家族のような存在になっていた。


そして、ユティナは無意識にその名を零す。


「……ラザリス」


「……ユティ?」


かすかに聞こえた呟きに、レイモンドが首を傾げる。


その声で、ユティナははっと我に返った。


「えっ!? あ、な、何でもないよ!」


慌てたように両手を振る。


「た、ただ、この街すごく賑やかだなーって思って!」


「……?」


どこか不自然な誤魔化しだったが、レイモンドはそれ以上追及する事はなかった。


――その時だった。


キィィィン――。


澄み渡るような高い音が、空から響く。


「……?」


ユティナは思わず顔を上げた。


それは彼女だけではない。


市場を行き交っていた人々も、次々と空へ視線を向けていく。


街の上空を覆う、巨大な半透明の膜。


聖女達によって維持される、街を魔物や瘴気から守る超巨大聖結界――。


その結界が、まるで呼吸をするように淡く脈動していた。


光が波紋のように空へ広がり、街全体を優しく包み込んでいく。


「あ……」


幻想的な光景に、ユティナは思わず息を呑む。


「結界の再構築みたいだな」


同じように空を見上げながら、レイモンドが呟く。


「はい。ツァリスでは丁度この時期に行われるんです」


ロクサーナもどこか慣れた様子で空を見つめていた。


「今回はブレア様も参加されると聞いております」


静かに補足したのはカナリーだった。


そういえば、ブレア先生は朝食の後から姿を見せていない。


別れ際に“聖法教会へ顔を出す”と言っていた。


恐らく、この結界の再構築に関わっているのだろう。


そして、その時のブレア先生は妙に機嫌が良かった。


どこか楽しげに口元を緩め、まるで何かを企んでいるような笑みを浮かべていたのを、ユティナは思い出す。


――だが、あえて触れなかった。


下手に踏み込めば、また長い説教を食らうと、そんな確信めいた予感があったからだ。


そして何より、その後に待っているであろう結末を想像すると、触れてはいけない気がした。


「はぁ……」


だが、そんな神秘的な光景の中で、ロクサーナはどこか残念そうにため息を吐いた。


「せっかくお姉ちゃんとお出掛けできたのに、お揃いの服を着れないなんて……」


露骨に肩を落とすロクサーナ。


その言葉に、カナリーが苦笑混じりに返す。


「お嬢様、それは致し方ありません」


そして、少し声を潜めた。


「ユティナ様がヒュラッセン公爵家へ入られた事は、なるべく伏せておくようにと、旦那様から言われていますから」


ロクサーナもカナリーも詳しい事情までは知らされていない。


だが、ユティナが“特別な力”を持ち、名門公爵家の養女となった意味くらいは察していた。


シリメル夫人も同様だ。


レブン公爵から“なるべく目立たせないように”と言われ、渋々ながらお揃いの服を諦めていた。


そのため今日のユティナは、公爵家で用意された服ではなく、自分で持ってきた淡い青色のワンピースに身を包み、腰には剣まで帯びていた。


「むぅ……そうだけど……」


少しだけ頬を膨らませた後、ロクサーナは気を取り直したように笑顔を浮かべる。


「それじゃ、改めて行こう、お姉ちゃん!」


「わっ――」


ロクサーナに手を引かれ、ユティナも慌てて歩き出す。


その後ろを、レイモンドとカナリーが穏やかな表情で続いていく。


市場の喧騒。

人々の笑い声。

潮風の香り。


どこか平和で、温かな時間だった。


――だからこそ、その声は不意に空気を切り裂いた。


「あ? ユティナか?」


「え?」


突然、自分の名前を呼ばれ、ユティナは思わず足を止める。

読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪

もし、面白い!続きを読みたい!と思ってくださって頂けるなら、ブックマークや☆評価など頂けると幸いですm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ