第68話 救い出された少女
ユティナの窮地を救ったのは、ブレア先生だった。
今回のツァイス行きは非公式の為、表立った護衛は付けられない。
そこで、ユティナとレイモンドの護衛役として、ブレア先生も同行していたのだ。
「あ……ブ、ブレア先生……」
その存在に気づいた途端、ユティナの声がわずかに引きつる。
表情を見れば一目瞭然、怒っている。
「貴女ねぇ?」
ぐいっ、と頭を掴まれる。
「いだだだだっ!?」
容赦のないアイアンクロー。
「もし貴女の命が危険に晒されたら、ユニコーンがどう動くか、分かっているのかしらぁ?」
低く、圧を含んだ声と同時に、じわじわと指に力がこもる。
「い、いだだだだだぁっ!」
(彼女の言う通りだ。もし、彼女が間に合って居なければ、私が……)
(う……ルナまで……)
だが、ブレア先生の言葉は間違っていない。
ユティナに対して過保護すぎる存在――ユニコーン・ルナ。
もし自分の身に何かあれば、ルナが動くのは間違いない。
その結果が意味するものは、ひとつ。
人類にとっての“敵”となり、最悪の場合、殲滅すら現実になり得る。
……さすがに大袈裟な想定ではある。
だが、それを完全に否定しきれないのも事実だった。
だからこそユティナは、常々ルナに言い聞かせている。
人間を含め、無闇な殺傷はしないこと。人の理の範囲で行動すること。
もっとも、それはあくまで“お願い”に過ぎない。
ルナが自分のために動くことを、ユティナ自身が誰よりも理解しているからだ。
自分だって、死にたくはない。
命の危機に瀕した時、よっぽどの事が無い限り、ルナが介入することを止めるつもりもない。
その結果、どれだけの命が失われようとも――
自分は聖人ではない。
命を差し出してまで他者を救うなど、まっぴらだ。
元が魔王であるがゆえの、どこまでも合理的な思考。
――それでも。
自分の軽率さを少しだけ悔やみながらも、ユティナの足は止まらなかった。
悲鳴を聞いてしまった以上――
その体は、もう自然と動いていた。
(ご、ごめん……だけど、私……やっぱり見て見ぬ振りは……)
ユティナの声に、ルナは小さくため息をつく。
(それがユティナの良いところでもあるのかもしれないけど、それでも余り無茶はしないで欲しい)
(うん……ごめんね。次からは気をつける)
短いやり取り。
だが、その余韻に浸る暇もない。
――何より先に、どうにかしなければならない問題があった。
このままでは、本当に頭が潰されかねない。
「いだいですぅぅぅぅっ!!」
容赦なく締め上げられる頭に、ユティナの表情が引きつる。
(や、やばい……!)
慌てて、ユティナはブレア先生の説得を試みた。
「あ、あの、ブレア先生っ、それよりこの子……!」
痛みに顔を歪めながらも、ユティナは必死に話題を逸らす。
その腕の中に抱かれているのは、先ほど助け出した少女。
意識を失っているのか、ぐったりと力を抜き、ユティナの腕に身を預けていた。
よく見れば、自分よりもわずかに年下だと分かる。
銀の髪は肩口で揃えられ、右側で丁寧に編み込まれた束がひとつ、髪飾りで留められている。
その整えられた装いと、どこか気品を帯びた佇まいは――誰の目にも、ただの少女ではないと伝えていた。
貴族の令嬢。
そう思わせるには、十分すぎるほどに。
「……貴女、また話を――」
呆れたように言いかけて、
ふと、ブレアの視線が少女へと落ちた。
「……ん? この子……」
わずかに細められる目は、何かに気づいたような反応。
その時――
「ユティ!」
荒い息と共に、レイモンドが駆け寄ってくる。
そして、周囲の光景を見て息を呑んだ。
「こ、これは……!?」
倒れ伏す男達に、散乱する武器。
「まさか……これ、全部ユティが?」
恐る恐る問われる。
ユティナは一瞬だけ視線を逸らし――
「あはは……ま、まぁ……そんな感じ?」
乾いた笑いは、誤魔化しきれていない。
そして、そっと横目でブレアの様子を伺う。
……案の定。
じとり、とした視線が突き刺さっていた。
「“そんな感じ”で済ませるつもりかしら?」
「す、すみませんでしたっ!」
即座に頭を下げるユティナ。
「やっぱり、ユティはすごいな……」
ブレア先生に叱られているユティナを見ながら、レイモンドは苦笑する。
当の本人はというと、気まずそうに視線を逸らしていた。
だが、レイモンドは知っている。
学園では“落ちこぼれの聖女候補”と囁かれている少女。
けれど、その評価がどれほど的外れかを。
霊獣王――ユニコーンとの契約。
カトリット先生とブレア先生が語る、ユティナの最近の成長速度の異常さ。
そして何より、元Aランク冒険者であり、あのアニヤ・オーヴェンスですら舌を巻く実力。
そして、ある日の光景が脳裏に蘇る。
総合評価Fランクのユティナが、Aランクのマリアベルを、真正面から打ち破ったあの模擬戦。
あれは決して偶然ではない。
目の前にあるこの状況こそが、何よりの証明だった。
(やっぱりユティは――)
そこまで考えて、
ふと、ユティナが口を開く。
「あ、ねぇ……それよりこの子……」
どこか強引に話題を変えるような声音。
レイモンドは意識を戻し、ユティナの腕の中へと視線を落とした。
小さな少女。
その様子を見た瞬間――
「……この子は……まさか……!?」
思わず息を呑む。
それは、ブレア先生と同じ反応だった。
空気が一瞬、張り詰める。
その緊張を破るように、鋭い声が響いた。
「ロクサーナ様……っ!」
声の主は、先ほどまで盗賊に押し倒されていたメイドだった。
乱れた衣服のまま、それでも構わず駆け寄り、ユティナに抱かれた少女のもとへ膝をつく。
「ご無事ですか、ロクサーナ様……!」
震える声で呼びかけながら、少女の様子を確かめる。
その様子に、ユティナは柔らかく微笑み、安心させるように言った。
「大丈夫。怪我はなさそうだよ。たぶん……ショックで気を失ってるだけ」
その一言に、メイドの張り詰めていた糸が切れた。
「はぁ……よかった……」
その場にへたり込み、深く息を吐く。
その姿を見て、ユティナの口元にも自然と安堵の笑みが浮かんだ。
やがてメイドは、はっと我に返った。
弾かれたように立ち上がると、乱れた衣服を素早く整え――静かに、深く頭を垂れる。
「皆様……この度は、危ないところをお救いいただき、誠にありがとうございます」
その一連の所作はあまりにも洗練されており、ただの使用人ではないことが一目で知れた。
きっちりと結い上げられた黒髪のポニーテール。わずかに汚れのついたメイド服でさえ、上質な仕立てであることが窺える。
纏う気配そのものが――名門に仕える者だけが持つ、揺るぎない気品を物語っていた。
「無事で何よりです」
レイモンドは静かに応じながら、改めてユティナの腕の中の少女へと視線を向ける。
そして、確信を帯びた声で問いかけた。
「失礼ですが……その方は――ヒュラッセン公爵家のご令嬢、ではありませんか?」
わずかな静寂が場を包む。
やがてメイドは、落ち着き払った所作のまま、しかし確かな意志をもって頷いた。
「はい。こちらにおられるのは――ロクサーナ・ヒュラッセン様にございます」
一拍置き、丁寧に一礼する。
「そして、申し遅れました。私はロクサーナ様に仕える給仕兼、護衛役のカナリー・ライネルと申します」
そう言うと、カナリーは安堵した表情でロクサーナを見つめ、事の経緯を話し始めた。
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