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落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


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第67話 届く悲鳴

馬車に揺られながら、港街ツァイスへと続く街道を進む。


規則的な車輪の音と、穏やかな風の気配――その中に、ほんのわずかに“異質な音”が混じった。


「……っ」


ユティナの耳がぴくりと動く。


次の瞬間、それが何なのかを理解した。


――悲鳴だ。


「レイ、馬車を止めて!」


鋭く、迷いのない声。


突然の指示にレイモンドは目を見開くが、その真剣さに気圧されるようにすぐ御者へと命じた。


「止めろ、今すぐだ!」


急停止する馬車。


その衝撃が収まるよりも早く――


「ありがとう!」


ユティナは扉を開け、ほとんど飛び出すように地面へ降り立った。


「ユ、ユティ!?」


背後からレイモンドの制止の声が飛ぶ。


だが、ユティナは振り返らない。


(あっち……!)


風に乗って届く、かすかな残響。


それを頼りに、一直線に方向を定める。


迷いはなかった。


草を踏みしめ、街道を外れ、一気に駆け出す。


(ユティナ、あまり無茶は……)


ルナの心配そうな声が響く。


(分かってる……でも……!)


胸を締めつけるような、不吉な予感。


それが、足を止めることを許さなかった。


そして、開けた場所に出た瞬間、ユティナの視界に飛び込んできたのは。


横転した馬車に、引き裂かれた荷。


地面に無造作に散らばる動かぬ人影。


「……っ」


息が止まる。


それは、一目で“異常”とわかる光景だった。


倒れているのは――すべて武装した男たちだった。


鎧、剣、盾。


その装備から見て、横転した馬車の護衛であることは明らかだった。


(全滅……?)


胸の奥に、冷たいものが走る。


そして、その視線の先。


馬車に群がる影があった。


粗末な衣服に身を包み、濁った眼をした男たち――その数、およそ十。


誰が見ても、それは盗賊だった。


そのうちの数人が、地面に押さえつけているものがある。


――二つの人影。


ひとりは女性。衣服から察するに、メイドだろう。

うつ伏せに押し倒され、男に組み伏せられている。乱暴に扱われたのか服は大きく乱れ、上半身は下着だけの痛ましい姿だった。


「くっ……や、やめなさいっ! あ、貴方達、自分が何をしているのか分かっているのですか!?」


必死の叫び。


しかし、その声に耳を貸す者は、誰ひとりとしていない。


そして、もうひとつの影は少女。


ユティナと同じくらいの歳の様な少女もまた、男たちに襲われていた。


「おら、さっさと来い!」


男は乱暴に少女の腕を掴み、強引に引きずろうとする。


「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


少女は必死に抵抗し、悲鳴を上げた。


「お、お嬢様!?」


叫びが、悲鳴と重なって響いた。


その時、ユティナの中で、何かが切り替わった。


(……コイツら)


思考が、研ぎ澄まされる。


怒りはある。だが、それ以上に冷静だった。


“どう動けば最速で全員を無力化できるか”――それだけを考える。


(ユティナ、必要なら私の力を遠慮なく使って欲しい)


(うん、ありがとう、ルナ! だけど……!)


次の瞬間、地面が弾けた。


身体強化、そして加速魔法。


踏み込み一つで間合いを消し飛ばす。


少女の腕を掴む男の視界に、ユティナの姿が入り込んだ、その時には――もう、遅い。


「がっ――!?」


叩き込まれたのは、容赦のない跳び蹴り。


男の身体が宙を舞い、無様に吹き飛ぶ。


(これくらいの相手……ルナの力を使うまでもない!)


鋭く踏み込みながら、ユティナは残る盗賊たちへ視線を向ける。


その瞬間――ふと、胸の奥に小さな違和感が走った。


(何……? こいつら……妙な気配が……)


だが、考えている暇はない。


(……っ、今はそれどころじゃない!)


ユティナは即座に思考を切り替え、次の行動へ移る。


あまりに一瞬の出来事に、周囲の盗賊たちは硬直する。


――だが、ユティナの姿はすでにそこにはなかった。


視界から消えたと思った刹那。


メイドを押さえつけていた盗賊の顔面に、鋭い蹴撃が叩き込まれる。


「ぐぁっ――!?」


骨の軋む音とともに、その男もまた吹き飛んだ。


そこでようやく、盗賊たちは現実を理解する。


「な、何だこのガキは!?」


遅れて上がる怒号。


「おい! ぼさっとすんな! 殺れぇ!」


一斉に刃が向けられる。


――だが、遅い。


ユティナは、すでに動いていた。


視界の端で、全員の位置を捉える。


踏み込み、加速し、斬撃を放つ。


「なっ――!?」

「ぐあっ……!」

「速……すぎ……」


それは、一瞬だった。


気付いた時には、全員が地に伏していた。


静寂。


砂煙の中、ただ一人立つユティナ。


冷たい視線で、倒れ伏す男たちを見下ろす。


そして、静かに言い放つ。


「……命までは奪わないであげるわ」


その光景に、メイドは目を見開いたまま言葉を失う。


「一体……何が……」


ユティナは振り返ることもなく、すぐに少女のもとへ駆け寄った。


地面に崩れるように倒れている、小さな身体。


その肩にそっと手を添え、優しく抱き起こす。


「大丈夫!?」


少女の体は小刻みに震えていた。


「う……うっ……あ、貴女は……」


その瞳は――どこか焦点が合っていない。


ユティナがさらに言葉をかけようとした――その時だった。


「危ないっ!!」


メイドの叫びが、鋭く空気を裂く。


背後で、砂を踏みしめる音。


「く、クソガキがァァァァァ!」


振り向く。


血を流しながらも、まだ立ち上がる男の姿。


(うそ……倒しきれてなかった……!?)


距離は近い。


今から迎撃しても間に合わない。


一瞬で判断する。


ユティナは少女を強く抱き寄せ、その身体を覆うように抱きしめた。


「――っ!」


目を閉じる。


(せめて……この子だけでも……!)


少女の震えが、腕の中で伝わる。


その瞬間。


――ヒュッ、と空気が凍る音。


次に響いたのは、男の悲鳴だった。


「がぁぁぁぁぁっ!?」


「……え?」


衝撃が来ない。


恐る恐る、目を開ける。


視界に入ったのは、半身が氷に覆われ、動きを封じられた男の姿だった。


凍結は正確に急所を外している。


「……なに、これ……?」


思わず呟くユティナ。


すると静かに、しかしどこか呆れを含んだ声が響いた。


「全く……」


その声は、よく知っているもの。


「貴女は自分の立場を、もう少し自覚しなさい」


振り向いた先。


そこに立っていたのは――聖女の法衣を纏った、ブレア先生。


だが、その装いは、学園でいつも目にしていたものとは明らかに異なっていた。


風にそよぐ純白のローブ。そこに施された金と青の刺繍は、静かな気品を纏いながら、確かな威光を放っている。


そして――向けられた眼差し。


どこまでも冷静で、揺らぐことのないそれは、聖女としての威厳を如実に示していた。


しかし、その奥底には、抑えきれぬ僅かな苛立ちが確かに滲んでいた。

読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪

もし、面白い!続きを読みたい!と思ってくださって頂けるなら、ブックマークや☆評価など頂けると幸いですm(_ _)m

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