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落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


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第62話 マリアベルの告白

心配そうに、自分を覗き込むマリアベルがそこに居た。


「マリアベル様が……何故、ここに?」


ベッドの上で上体を起こし、きょとんとした表情を浮かべるクロエ。


その様子を見て、マリアベルは小さく、しかしはっきりとため息をついた。


「はぁ……心配したからに決まっているでしょう?」


「……心配、ですか?」


まだ状況を理解しきれていない様子で、クロエは首を傾げる。


「貴女、ユティナさんに蹴られて気を失い、保健室へ運ばれたのですわ」


その言葉を聞いた瞬間、記憶が一気に蘇る。


――落ちこぼれ聖女と蔑んできた少女に勝負を挑み、無様にも敗れたあの瞬間。


「あ……」


クロエの喉から、かすれた声が漏れた。


「私……負けたのですね……」


呟くようなその一言に、マリアベルは表情を和らげ、身を乗り出す。


「それで、お体の具合は――」


だが次の瞬間、マリアベルは言葉を失った。


「ちょ、ちょっと……!?」


クロエの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちていた。


必死に堪えようとしたのだろうが、感情は堰を切ったように溢れ出す。


「うっ……うぅ……」


嗚咽を押し殺そうとする声が、かえって胸を締めつける。


「も、もしかして、どこか痛むのですか!? 待っていてください、今すぐブレア先生を――」


「違うんです!」


その必死な叫びに、マリアベルはぴたりと動きを止めた。


「……違う、とは?」


戸惑いを滲ませた問い。


クロエは震える手で涙を拭う。


だが、拭っても拭っても、次から次へと溢れてくる。


「これは……その……痛い、とかでは……なくて……」


言葉はうまく形にならない。


喉が詰まり、呼吸すら乱れている。


「でしたら……一体……?」


マリアベルの声にも、わずかな不安が混じる。


「もう……マリアベル様に、必要とされていないって……分かってしまって……」


ぽつり、と零れた本音。


「それが……悲しくて……」


その瞬間、クロエの声は完全に崩れた。


「ひ、必要がない、ですって……? 貴女、一体何を――」


困惑と否定が入り混じるマリアベルの言葉。


だがクロエは、首を小さく振る。


「だって……そうじゃ……ないですか……」


声は途切れ途切れになり、言葉を紡ぐたびに嗚咽が混じる。


「私は……あの……落ちこぼれの……ユティナ・ハーリットに……負けた……」


その言葉は、喉の奥で何かが引っかかるように、うまく声にならない。


「マリアベル様が……私と一緒にいられなくなって……離れてしまうのに……」


ぎゅっと、クロエは唇を噛みしめ、滲んだ視界の中で、それでも必死に言葉を繋いだ。


「それなのに……私……負けるなんて……っ」


震える声は、もはや抑えきれない感情を孕んでいた。


そして――


「私……もう……マリアベル様の側にいる資格なんか……」


そこまで言った瞬間、ぽたりと堪えきれなかった涙が、頬を伝って落ちる。


一滴、また一滴と。


溢れ出したそれは止まることなく、クロエの想いごと零れ落ちていく。


言葉は、そこで途切れた。


――沈黙が落ちる。


やがて、マリアベルは静かに、しかしはっきりと口を開いた。


「……クロエさん。貴女、何か大きな勘違いをなさっていませんこと?」


「え……? か、勘違い……? だって……マリアベル様……最近、私達と一緒に……」


言葉を探すように視線を彷徨わせるクロエに、マリアベルは静かに頷いた。


「確かに、最近……貴女達を連れて行かなくなりましたわ」


クロエの胸がきゅっと縮む。


「ですが――それは、決して貴女から離れたかったからではありません」


「じゃ……じゃあ、何でなんですか……?」


縋るような声。


マリアベルは一度、目を伏せ、そして意を決したように顔を上げた。


「私が……貴女や、他の方を連れて歩かなくなった理由……それは――自分自身を認めることが出来たからですわ」


「……それは、どういう意味で……?」


クロエの問いに、マリアベルは一拍置き、言葉を慎重に選ぶように口を開いた。


「この学園に入ってから……私の周りに人が集まる理由は、最初から分かっていましたわ」


一瞬、唇に浮かんだのは、自嘲に近い微笑。


「“ランカスター”という名が、人を集めていたのです。それは、“私自身”ではなく、家名に価値があったから」


クロエは、思わず息を呑む。


「私は……ずっと、この学園で引け目を感じていました」


穏やかな声の奥に、長く押し殺してきた感情が滲んでいた。


「目標としていた姉には追いつけず……学年一位のアルマさんにも、追い越すどころか、並ぶことすら出来なかった」


マリアベルの指先が、かすかに震える。


「どれほど努力しても、結果は変わらない。その現実と向き合うのが……怖かったのですわ」


そして、はっきりとクロエを見据える。


「だから私は……貴女や、ランカスターの名に惹かれて集まった方々を側に置くことで、惨めで、情けない“本当の自分”を見ないようにしていました」


クロエの瞳が揺れる。


「虚勢を張っていたのですわ。『こんな私でも、これだけ人が集まるのよ』と……」


その声には誇りなどなく、ただ深い自己嫌悪だけが滲んでいた。


「――でも、それは逃げでした」


マリアベルは、きっぱりと言い切る。


「誰かを側に置けば、自分の弱さと向き合わずに済む。けれど……それでは、何も変わらなかったのです」


静寂が、二人の間に落ちる。


やがて、マリアベルは一歩踏み出すように、穏やかに続けた。


「ですから、クロエさん。私は貴女を“切り捨てた”のではありません」


真っ直ぐな眼差しで告げる。


「ただ……私自身が、自分から逃げるのをやめただけですわ」


「……マリアベル様……」


クロエのか細い声に、マリアベルは小さく微笑んだ。


「そのきっかけをくれたのが……ユティナさんですの」


「あ……あの、落ちこぼれが……?」


思わず零れた言葉に、マリアベルは咎めることなく、静かに首を振る。


「ユティナさんのおかげで……今のままの自分でも、価値があるのだと気付けましたわ」


クロエは言葉を失う。


「だから……もう、虚勢を張る必要がなくなりました」


「い、一体……彼女は、何を……?」


縋るような問いに、マリアベルは驚くほどあっさりと答えた。


「――ただ、褒めてくれただけですわ」


「……え?」


拍子抜けしたように、クロエは瞬きをする。


「……それだけ、ですか……?」


「ええ。それだけですわ」


マリアベルは、遠い記憶を辿るように視線を落とした。


「私は……どれだけ努力しても、誰からも、その努力を褒められたことがありませんでした」


淡々とした声が、かえって重く胸に響く。


「だから……褒められるために、自分が壊れてしまうほど、無理を重ねて努力し、努力が報われなければ、目を逸らして……逃げ続けていたのですわ」


その言葉は、刃のようにクロエの胸を貫いた。


――それは、クロエ自身も同じだったから。


(あぁ……)


クロエは俯く。


自分もまた、マリアベルの成果をすべて「才能」という言葉で片付け、気付けば努力そのものを見ようとしていなかった。


――思い出す。


初めてランカスター侯爵家の屋敷を初めて訪れた日のこと。


執事のハリーが、静かに語っていた言葉。


『姉君があまりに優秀であったため、マリアベル様の努力に、誰も目を向けなかったのです』


知っていた。


知っていたはずなのに……見ていなかった。


(これじゃ……)


クロエの喉が詰まる。


(……ランカスターの名に集まって来た人達と、同じだ……)


その想いは声にならず、胸の奥で、静かに崩れ落ちていった。


「ですから――クロエさん」


マリアベルは、少し照れたように咳払いをしてから、はっきりと言った。


「貴女が、私の友人であるという事実に変わりはありませんわ」


「……え?」


クロエは思わず顔を上げる。


「で、ですが……私は……」


言葉を続けようとしたクロエを、マリアベルは被せるように遮った。


「何と言われようと、ですわ」


その声音は、強く、そして揺るがない。


「貴女は今も、そして昔も――私の大切な友人の一人です」


その瞬間、クロエの視界が滲んだ。


「……こんな私を……それでも、友人と呼んでくださるのですね……」


涙が、ぽろぽろと頬を伝う。


だがそれは、先ほどまでの後悔や自己嫌悪の涙ではなかった。


胸の奥に溜まっていたものが、静かに溶けていくような――温かな涙だった。


(もう……絶対に、間違わない)


クロエは心の中で、そっと誓う。


(これからは……ちゃんと、貴女のことを見ます……

マリアベル様)


その様子を見て、マリアベルは小さく息を吐いた。


「はぁ……」


そして、どこか気恥ずかしそうに視線を逸らす。


「……これで、何度目かしら……こんなにも恥ずかしい告白をするのは……」


そう呟きながらも、口元には確かな微笑みが浮かんでいた。


そんな時、


「あ、そうでした……!」


ふと思い出したように、マリアベルが声を上げる。


「貴女に、どうしても会わせておかないといけない方が一人いますわ。少しだけ……そこで待っていてくださいませ」


そう言い残すと、マリアベルはベッド脇の仕切りのカーテンへと歩み寄り、さっとそれを開けて、そのまま向こう側へ姿を消した。


残されたクロエは、ベッドの上で小さく息を整える。


(……会わせたい人?)


胸の奥が、理由もなくざわついた。


数秒後――

再びカーテンが揺れる。


「ど……どうも……お邪魔します……」


控えめで、どこか居心地の悪そうな声。


現れたのは、ユティナだった。


読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪

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