第59 話 勝負の行方
「流石ですね、クロエさん。あんな落ちこぼれ、相手になっていませんね」
「あの先輩、弱っ! 私でもまだまともに動けるんだけど?」
「Aランクのマリアベルさんを倒したって聞いて見に来たけど…… やっぱり噂は噂、ってことね」
ユティナとクロエの勝負は、一方的な様相を見せ始めていた。
クロエの鋭敏な魔力探知によって、ユティナの動きはことごとく先読みされ、じわじわと追い詰められていく。
その光景を見守る生徒たちの声は、さらに冷ややかになっていった。
もはや勝敗は決したとでも言いたげに、ユティナへ向けられる視線に期待はない。
――この場で、彼女に味方する者は、ほとんどいなかった。
「……やっぱり、やっちゃっていいっすか?」
エドナは低く呟き、再び一歩踏み出そうとする。
全身から、露骨な闘気が立ち上がる。
「やめなさい」
即座にマリアベルが制する。
「というか貴女……口調が完全に不良になっていますわよ」
「だって、マリー先輩……!」
エドナは唇を噛みしめ、悔しさを滲ませながら続ける。
「それに……魔力探知って、初級魔法の中でも一番繊細な魔法でしたよね?」
その問いに、静かに答えたのはアルマだった。
「そうだね。もともとは周囲の状況を把握するための索敵魔法。展開自体は難しくないけど――発動中は常に魔力を消費し続ける。だから普通は、戦闘と並行して維持しようとはしないかな」
アルマは淡々と、だが的確に続ける。
「それに、対象の位置を継続的に把握するには、相当な集中力がいるし、少しでも意識が逸れれば、精度は一気に落ちるからね」
「さらに言えば――」
マリアベルが、気品ある声音で言葉を継ぐ。
「魔法の同時使用そのものが、本来は極めて高度な技術ですの。彼女は魔力探知を維持しながら、別の魔法を同時に行使している……それだけでも常軌を逸していますわ」
一瞬の間を置き、視線を試合へと向ける。
「それを可能にしているのが、“マギアクラフター”として培ってきた制御技術。魔力操作の精度が桁違いだからこそ、複数の魔法を同時に扱えるのです」
「そんなの……」
エドナの声が、かすかに震える。
「一体どうやって勝つんですの……?」
エドナの声には恐怖と不安が混じっていた。
「確かに、私やマリーみたいに魔力量が多ければ、単純に数や威力で押し切る方法もある。でも……ユティは違う」
視線はまっすぐ、戦場の一点を見据えている。
「魔力量が少ないユティにとって、あれだけの魔法を正面から相殺するのは難しい。相性としては……最悪に近い相手だね」
「そんな……」
「でも、心配することはないよ?」
アルマがエドナの肩に手を置き、落ち着いた声で言う。
「こ、こんな状況で心配するなって言われても……無理ですの……」
エドナは焦る。
「ほら、よく見てごらんなさい……ユティナさんの目。まだ諦めていないですわ。真っ直ぐに相手を見据えているでしょう?」
マリアベルが優しく告げる。
ユティナの瞳は、誰に何を言われようと揺るがず、決して諦めていない光を宿していた。
⸻
「それじゃ、そろそろ終わりにしましょう」
クロエは静かにそう言い、再び周囲に水球を生み出していく。
「私、あまり弱い者いじめは好きではありませんので」
そう言うと再び水球がユティナに襲いかかる。
(恐らく、チャンスは一度……!身体強化魔法!)
魔法がユティナの体を瞬時に強化する。
ユティナは力強く前に踏み出し、クロエに向かって走り出した。
襲いかかる水球は三つ、だがユティナは全て華麗に躱す。
避けられた水球は後方で爆発し、水蒸気の柱となって辺りを白く染める。
「正面から来るなんて……本当に、何も理解していないのね」
クロエは冷静に次の二発のアクアストライクを放つ。
ユティナは剣を持たない手に魔力を集中させる。
「フレイムアロー!」
放たれた一本の炎の矢が、水球へと一直線に突き刺さる。
次の瞬間、水球は一気に蒸発し、爆ぜる音とともに濃い水蒸気が周囲を覆い尽くした。
視界は再び白に閉ざされる。
だが、クロエは慌てない。
静かに魔力を研ぎ澄まし、魔力探知でユティナの位置を探る。
(また……目くらましで距離を詰めるつもり? 本当に、落ちこぼれの発想は単純ですわね)
探知に引っかかった魔力が、右側から弧を描くように動く。
クロエは即座にその動きを追い、出現するであろう地点へと狙いを定める。
(これで……終わりです)
アクアストライクを放とうとした――その刹那。
ガンッ!
鈍く重い衝撃が、クロエの側頭部を打ち抜いた。
「あがっ!?」
思わず声が漏れ、身体が大きくよろめく。
(な……何が……?)
揺れる視界の端に、回転しながら宙を舞う“それ”が映った。
(あ……あれは……!?)
観戦していたエドナも、思わず声を失う。
「……えっ……鞘……?」
クロエを打ち据えたのは、ユティナの剣の鞘だった。
直撃した鞘は弾かれるように跳ね上がり、蒸気の中へと消えていく。
その一部始終を見ていたアニヤ先生も、目を見張る。
(上手い……。魔力を帯びない物を投擲武器として使う発想。しかも、視界を奪い続けることで警戒心を魔力そのものに向けさせ、鞘の存在を完全に死角へ追いやった……)
一方、クロエもまた、予想外の展開に動揺を隠せなかった。
(まさか……あれを、投げたというの……!?)
不意打ちの一撃が集中を乱し、クロエの魔力探知は途切れる。
次の瞬間、ユティナの気配は霧の中から忽然と消え去った。
その様子を、アニヤ先生は冷静な眼差しで見極める。
(魔法を常時展開する者は、集中を断たれた瞬間に致命的な隙を生む。ましてや、想定外の攻撃を受ければ……)
そして――
その一瞬の空白を、ユティナが見逃すはずがなかった。
すでに彼女はクロエの懐へと踏み込み、一切の迷いなく――剣を振り抜く。
(まずい……! 防がないと……!)
クロエは反射的に魔力を練り、水球を展開して壁を作ろうとする。
ガキィン!
剣は辛うじて受け止めたものの、水の壁は咄嗟に形成された不完全なものだった。
掌ほどの範囲を覆うのが限界で、衝撃が腕に突き抜ける。
(くっ……! 即席とはいえ、何とか防いだけど……! すぐに距離を――)
そう判断した、次の瞬間だった。
横腹に、鈍く重い衝撃が突き刺さる。
「ぐふぅっ!?」
ユティナの膝蹴りが、寸分違わずクロエの腹部を捉えていた。
「蹴った!?」
「うわっ……!」
観戦していた生徒たちから、どよめきと驚愕の声が一斉に上がる。
だが、ユティナは止まらない。
体をひねり、回転――遠心力を乗せた蹴りを、そのままクロエの顔面へ叩き込む。
身体強化魔法によって底上げされた威力は凄まじく、クロエの体は宙で一回転し、そのまま吹き飛ばされた。
ゴンッ、ガンッ、と石畳に叩きつけられながら転がり、やがて――
ズサァァァッ、と鈍い音を立てて地面を滑る。
セーフティリングがなければ、間違いなく致命傷だっただろう。
静まり返った演習場に、
パリン――
乾いた破壊音が響く。
セーフティリングが砕け散った音だった。
そして――
「よし、勝った」
ユティナは軽く拳を握り、控えめにガッツポーズを取る。
(よし、勝った、じゃありませんわぁぁぁぁぁぁ!!)
(やり過ぎだよユティィィィィ!!)
マリアベルとアルマは、声にならない悲鳴を心の中で同時に上げていた。
そして、その戦いを見守っていた生徒たちの間に、沈黙を破るかのように声が漏れ始めた。
歓声ではなく、戸惑い混じりの呟きが訓練所に広がる。
「人って、あんな飛び方できるの…?」
「これ、夢じゃないよね…?」
「すごく飛んでたけど……クロエさん、大丈夫なの…?」
そんな空気を切り裂くように、アニヤ先生が慌てて声を上げる。
「そ、そこまで! セーフティリングの破壊により、勝者はユティナ・ハーリット!」
勝利宣言と共に、クロエの元へ数名の生徒が駆け寄る。
クロエ率いる、かつてのマリアベルの取り巻きたちだった。
「ク、クロエさん、大丈夫ですか!」
「ああ…まさか…」
アニヤ先生も慌てて近づき、クロエを確認する。
「け、怪我はセーフティリングのおかげでありません……ですが、これは……」
ユティナの渾身の蹴りを受けたクロエは、口を大きく開き、白目を剥いて失神していた。
その姿が、蹴りの威力と凄まじさを如実に物語る。
その光景を離れた場所から見つめるアルマとマリアベルは、顔を引き攣らせるしかなかった。
「お、大事にならなければいいんのですが…」
「そ、そうだね…」
一方、エドナの様子は違っていた。
「ほ、本当に勝ってしまったんですの……」
その頬はわずかに赤みを帯び、目は輝き、胸の奥がドクンと高鳴る。
その変化に、アルマとマリアベルは気付くことすらなかった。
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