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落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


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第57話 ユティナ対クロエ

放課後の訓練所。


夕陽に染まる石畳の上で、ユティナとクロエが互いに睨み合う。


ユティナは剣を鞘から抜いて構え、クロエは魔法の気配を手元に集めていた。


「えっと……クロエさん? だっけ。武器とか、持たなくていいの?」


ユティナが少し戸惑いながら口を開く。


「何故、そんなことを聞くのですか?」


クロエの瞳は静かに鋭く光る。


「いや、だって……私だけ剣を持ってるのに、貴女が武器を持ってないのは……ちょっと気が引けて」


クロエは小さく息を吐き、淡々と答えた。


「私には必要ありません。聖女にとって最も大切なのは魔法の力です。武器があっても、人を癒したり結界を張ったりはできません」


「う、うん……まぁ、そうなんだけど……」


ユティナは少し困った顔で剣を握り直した。


その瞬間、アニヤ先生の声が鋭く響く。


「お喋りはそこまでです。これより、クロエ・ガーバイトとユティナ・ハーリットの対決を始めます」


二人は互いに姿勢を正し、身体に力を込める。


微かに石畳がきしむ音が二人の間の緊張を増幅させた。


「始めっ!」


号令と共に、クロエはすぐさま魔法を展開した。


彼女の前方に青く輝く魔法陣が浮かび上がる。


すると、彼女の周囲に、顔ひとつ分ほどの水球が次々と浮かび上がった。


「……あら? マリアベル様と戦っていた時みたいに突っ込んで来ないんですか?」


ユティナは眉を上げ、少し首を傾げる。


「いやー、流石にその得体の知れない魔法に突っ込む勇気はないかなー」


「そんなに警戒しなくても大丈夫です。……それに、得体の知れない魔法だなんて言わないでください。これはただの水球です」


クロエはそう言うと、手を伸ばし、ひとつの水球に指先を触れる。


「ほらね?」


しかし次の瞬間、クロエの手は水球をユティナに向けて翳した。


「但し……、アクアストライク!」


突如、水球が猛スピードで飛び出す。


ユティナはとっさに横にジャンプし、見事に躱した。

命中を逃した水球は地面に当たり、爆発する。

そして、同時に水蒸気の柱を立てる。


「わっ!?」


その威力に、ユティナは思わず目を見開いた。


「当たると少し痛いかも知れませんよ?」


「いやいや、痛いってレベルじゃないでしょっ!?」


クロエは微笑み、次の水球を生み出す。


「すぐ終わらせてもらいます。アクアストライク!」


またしても水球がユティナに向かって襲いかかる。


ユティナは慌てて横に走り、次々に飛んでくる水球を避ける。


だが、当たらなかった水球は地面に激突し爆発。


そして、水蒸気の柱を次々に立てる。


(あんなの、一発でも食らったら終わりじゃん!)


アクアストライク――水系の初級魔法。


通常は水球を一つ飛ばし、命中すればダメージを与えるだけの魔法のはずだ。


(私の知ってるアクアストライクじゃない……それに……!)


クロエは自分の周囲の水球が消えると、すぐに新たな水球を生み出し、再びユティナに向かって放つ。


次々と飛んでくる水球に、ユティナは必死に身を翻す。


(連射……!? もはやチートじゃん! どこの転生者よ!?)


汗が額を伝い、息を整えながらも、ユティナは次の一手を考える。


石畳に反射した夕陽の光が、水球の表面をきらめかせ、二人の戦いを一層異世界的なものにしていた。


「く……」


辛うじてクロエの攻撃を避けながら、ユティナは石畳の上を跳ねる。


(全然近づけない……。魔法を打つにしても、あの水球の連射で撃ち落とされるだろうし……それに、今の私があんな連射に魔法を使ったら、魔力はすぐに尽きる……。まずは近づかないと。離れていたら絶対に勝てない……)


観戦しているエドナは、必死に防戦するユティナの様子を見て慌てる。


「マ、マリー先輩! アルマ先輩! やばいですよ、ユティナ先輩! めちゃくちゃ押されてますよ!? それに、あの魔法、一体何なんですか!?」


「一応はアクアストライクですわ」


「アクアストライクって、初級の水魔法ですよね!? でも……あれって爆発してましたよ!? それに、連射であんなに打てるんですか!?」


「お、落ち着いて、エドナちゃん!」


アルマが慌てるエドナを落ち着かせるように手を置いた。


「あの方、一体何なんですの!?」


「うーん、実は私もよく知らないの。同じ組になったことがないから。ただ、水魔法が得意ってことくらいは聞いてるけど……。マリーの方が詳しいんじゃない?」


「そうですわね。彼女は他の人と少し違う、特殊な技術を持っているのですが……」


「特、特殊な技術……ですか?」


「ええ……。実は、彼女の魔力量は一般の魔力持ちよりも少ない方です」


「少ない方って……あんなに強力な魔法を放っているのに?」


「……彼女があのように魔法を使える理由は、家系に大きく関係していますの」


「あ……確か、彼女って……」


「アルマ先輩、ご存知ですの?」


「うん……でも直接聞いたわけじゃなく、又聞きになるけど。彼女の家系、魔工士……マギアクラフターなんだって」


魔工士(マギアクラフター)――魔石を燃料とする魔道具を作り出す技術者。照明や生活道具、食料の保存庫まで、現代生活の多くは彼らの技術で支えられている。


「そのためか、彼女は魔力の制御に非常に長けています。最小限の魔力で魔法を使い、少ない魔力量を補っているのです」


「でも、あのアクアストライクは何なんですか……? 爆発するアクアストライクなんて見たことないですし、それにあの様に連続で打つなんて……そもそもあの水球自体、何なんですか!?」


「エドナちゃん、少し落ち着いて」


アルマが再び宥める。


「だって、アルマ先輩……!」


「確かに色々気になることはあるけど、今はユティを応援しよ? ね?」


エドナは視線をユティナに向ける。


そこには、不利な状況でも決してひるまず、前を見据えて戦う姿があった。


「ユティナ先輩……」


──


「どうしたんですか? 逃げてばかりでは、私は倒せませんよ?」


クロエの猛攻は止まらない。


ユティナは辛うじてその攻撃を躱しながらも、必死に相手の動きを目で追う。


(3……2……1……やっぱりだ……あの水球、使い果たすと現れるのは毎回12個。恐らく、それが一度に出せる限界なんだ……なら、反撃のチャンスはあるかも)


ユティナはアクアストライクをかわしながら、クロエの周囲に浮かぶ水球の数を冷静に数える。


(後、三つ……無くなってもすぐに新しい水球を出せるみたいだから、一気に攻め込まないと……なら、ここは……)


ユティナはクロエへ向けて一気に駆け出した。


それを迎え撃つように、クロエは迷いなく魔法を放つ。


「アクアストライク!」


水球が弾丸のように飛来する。

――一発、二発。


ユティナは身体を低く沈め、紙一重でそれらをかわしていく。


(残り……一個!)


クロエの表情がわずかに強張る。


最後の水球が、狙い澄ました軌道で放たれた。


(――今だっ!)


「遅いですよ」


クロエも即座に反応し、新たな水球を生成しようとする。


だが、その瞬間――


身体強化魔法エンハンス!)


ユティナの全身に魔力が駆け巡り、筋肉と感覚が鋭く研ぎ澄まされる。


地を蹴った一歩は、先ほどまでとは比べものにならない速度だった。


(もらった!)


一瞬で懐へ潜り込み、ユティナは剣を振り下ろす。


――しかし。


ガン、と鈍い音が響き、剣先が硬い何かに阻まれた。


寸前で、斬撃は完全に止められていた。


ユティナの剣は、クロエの前に展開された水の壁に受け止められていた。


「はぁ!?」


ユティナは目を見開き、思わず息を飲む。


(な、水の壁!? それに、水なのに何なのこの硬さ!?)


クロエはその場から一歩も動かずにいた。


「あら、驚きました。急に速度が上がるんですもの」


「くっ……!」


ユティナは次の攻撃に備え、距離を取るよう後方に跳ぶ。


(どうして、反応できたの……? 分かっていたとしても、あの速度について来られるのは……アニヤ先生くらいだと思ってたのに……)


クロエは水の壁に手を添え、淡々と説明する。


「頑丈でしょう? この水の壁。水に大きな圧力を加えると、これほどまでに固くなるんですよ?」


「水の壁……そんなの、いつの間に……」


「簡単なことです。水球を変化させただけですよ」


「変化って……そもそも、その水球って何なの……」


「水球として留まるよう、アクアストライクに私が手を加えたんです」


「手を加えた……」


「ええ。とても便利なんですよ? 私の意思ひとつで、形も性質も思い通りに変わってくれる。それに――」


水の壁はいつの間にか水球へと戻っていた。そして、クロエの視線が、淡く揺らめく水球へ向く。


「先ほどの水蒸気爆発も、私の手が加わっていますわ」


ユティナは思わず息をのむ。


相手の冷静さと、戦術の巧妙さが、目の前で現実となっているのを感じた。


その様子をアルマたちは石畳の外から見守っていた。


「アルマ先輩……魔法って、簡単に手を加えることって出来るんですの?」


エドナがアルマに問いかける。


「まぁ、新しい魔法を作り出すよりは簡単かもしれないけど……でも、それには――」


「相当な技術が必要になりますわ。魔法そのものを書き換えるということですから。その際、新たに制御の術式を組み込まなければならないですし」


マリアベルが補足する。


「マリー先輩……どうしてあの先輩はそんなことが出来るんですか?」


「それは……やはり、魔工士(マギアクラフター)だからです。彼女はその家系に生まれ、魔工士として育ってきました。だから極端に技術力が高いのです。新しい魔法を作る技術も、制御する技術も、彼女にとっては全て魔道具制作の延長線上なのでしょう….…」


「そうは言っても、普通は魔法を書き換えるなんて簡単にできるもんじゃないけどね」


アルマは少し達観したように言う。


「ええ……彼女もまた、アルマさんと同じく天才の部類に入りますわ」


「え? そ、そんな……私は天才じゃないよ!」

アルマは全力で否定する。


「これだから、自覚がないのは困りますわ……」

マリアベルはため息をつく。


そんな二人をよそに、エドナはユティナを見つめ、呟いた。


「そんな人に勝てるんですか……? ユティナ先輩……」


その顔は深く心配そうだった。


読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪

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