表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/83

第53話 王位を継ごうとする者達

昼下がりの中庭。


柔らかな日差しの下で、ユティナはアルマとマリアベル、さらにエドナを交え、“例の物”を囲んで相談していた。


「ねえねえ、この角度、可愛くない? 値段は……えっと……」


「ユティ、それ……本当に売る気なの?」

「絶対、問題を起こしますわよ」

「こんなものが存在していていいとは思えませんの……!」


三人は、まるで悍ましい物でも見るかのような視線を向ける。 


特にエドナにとって、ソディナ様R-EXは嫌な思い出しかない代物だった。


「センスは、まったく感じられませんの」


「エドナちゃん、ひどっ!?」


そんなやり取りをしていた――その時だった。


たまたまそこを通りがかったブレア先生の足が、ピタリと止まった。


「ハ、ハーリットさん、それは―― !? 」


青ざめた顔で指を震わせ、まるで亡霊でも見たような反応。


「え? これですか?」


ユティナは得意げにソディナ様R-EXを持ち上げる。


「ソディナ様R-EXプロトタイプ! 私の自信作です!」


「つ、作った…… !? 」


「はい♪ グッズとして売ろうかなと思いまして。これ凄いんですよ! ここのボタン押すと――」


ぽち。


「私ソディナ様、今から貴女のところに――」


「ほら、喋るんです!」


ユティナが胸を張る。


ブレア先生の頬がひくつく。


「それ……保健室に……」


「保健室?」


ユティナは首を傾げ、ふと思い出したように言った。


「あー、前に保健室に忘れたことありましたね。あのとき壊れていたみたいで、勝手に喋りだして……。あ、そういえば取りに行った時、なんか保健室……おしっこ臭かったような……」


その瞬間だった。


がしぃぃぃっ!!


「ひぃっ!?」


ユティナの頭を、にこりと微笑んだままのブレア先生の手が掴んだ。


笑顔――


たしかに口元は綺麗に上がっている。


けれど。


その奥にある“何か”は――

これまで誰も見たことがないほど、冷たく、深く、そして底の見えない怒気を孕んでいた。


空気が、変わる。


ひやり、と温度が落ちた気がした。


まるで見えない何かが、背筋をゆっくりと這い上がってくるような、不快な感覚。


笑っているのに、怖い。

笑っているのに、逃げ場がない。


(あ、これ……)


ユティナは知っている。


この“笑顔”を。


ぎこちなく首を動かし、恐る恐る上目遣いでその表情を覗き込む。


逃げ道を探すように。


けれど、最初からそんなものは存在しないと知りながら。


「あ……あのぉ……その……」


喉が、ひどく乾く。


「な、何か……気に障るようなことを……?」


言い終える頃には、ほとんど声になっていなかった。


――そして、確信する。


(……完全に、怒ってる)


「……そう、ですか……」


ぽつり、と零れるような声。


だがその一言に込められた圧は、空気をさらに重く沈ませた。


「貴女のせい……ですか……」


ゆっくりと、噛みしめるように繰り返される言葉。


その声音は静かなのに――

内側では、確実に何かが軋み、崩れ始めていた。


「えっ、な、なにか迷惑を……?」


「迷惑どころではないわぁ?」


先生の手に力がこもる。


「それに、“売る”?  “グッズ”? 貴女、ソディナ様を何だと思っているのかしらぁ?」


さらに力が込められる。


「いっ……痛い痛い痛い!!」


「ハーリットさん、今から保健室に来なさい」


「え? い、今からですか!?」


「ええ。みっちり、指導して差し上げますわ♪」


「え、でも……今日は訓練の日じゃ……」


「――お黙りなさい」


笑顔のまま、即座に切り捨てる。


「いいですね? それから……それは没収です」


「えっ!? そ、それは困……」


「ぼっ・しゅ・う・です♡」


「……はい」


抵抗は、即座に打ち砕かれた。


その光景を、少し離れた場所で見守っていたアルマたち。


「アルマ先輩……一体、ユティナ先輩、何をやらかしたんですか……?」


「さぁ……」


中庭には、ユティナの尊厳が静かに回収されていく音だけが、確かに響いていた。


そして、頭を鷲掴みにされたまま、ユティナの身体は無造作に引きずられていく。


まるで、逃げることなど最初から許されていないかのように。


そのまま彼女は、ブレア先生に連れられ――いや、連行されていったのだった。


残された空気は、どこか気まずく、そして重い。


そんな様子を、少し離れた場所から見ていたカトリット先生は、思わず顔を引き攣らせる。


(……どうやら、また何かやらかしたようですね……)


深いため息が、静かに漏れる。


そんなユティナを見て、脳裏に浮かぶのは、少し前の事、学園長室でのやり取りだった。



「そ、それは本当ですか……殿下……!?」


思わず声を上げたのは、カトリット先生自身だった。


目の前にいるレイモンドの言葉は、それほどまでに予想外だったのだ。


「はい」


短く、しかし迷いのない返答。


その瞳には、確固たる意思が宿っている。


「自分も……この王位継承争いに参入しようと考えています」


一瞬、空気が凍りつく。


自分が聖王となり、彼女を保護する。


それが、最も確実な手だと、レイモンドは考えたのだ。


静かに告げられたその言葉は、重く、そして揺るぎない決意を帯びていた。


元々、レイモンドは王位に興味は無かった。


妾の子として生まれ、継承権も低い。


だからこそ、自らその争いに踏み込む理由など、本来はなかった。


だが、今は違った。


守りたい存在ができてしまったからだ。


その為ならば、どれほど困難な道であろうと、踏み込む覚悟は、すでに決まっている。


「一つ、よろしいでしょうか?」


静かに口を開いたのは、ブレア先生だった。


「何でしょう?」


穏やかに応じるレイモンド。その声音には、わずかな揺らぎもない。


「なぜ、ハーリットさんのために……そこまでなさるのですか?」


一拍、間を置く。


「確かに、殿下が聖王となられれば、彼女の保護は容易になるでしょう。ですが……それは同時に、大きな危険を伴う道です。殿下ほどのお立場であれば、他にも方法はあるはずです」


その言葉に、カトリット先生も静かに頷いた。


「……私も、同意見です」


空気が、わずかに張り詰める。


確かに、手段は一つではない。


聖教会の庇護下に置くこともできる。


名を変え、居場所を転々としながら生きる道もある。


しかし、それは。


「日常を……彼女の夢を、守りたいからです」


その一言が、場の空気を変えた。


「日常……夢、ですか……?」


ブレア先生が、かすかに目を細める。


「はい」


短く答えるレイモンドだが、“夢”については、それ以上語ろうとはしなかった。


代わりに、静かに言葉を重ねる。


「もし本気で彼女を秘匿するのであれば……ハーリット嬢は、今のような生活を送ることはできないでしょう」


それは紛れもない事実だった。


秘匿すればするほど、自由は削られていき、守られる代わりに、“普通”は失われる。


そしてレイモンドは、知っている。


彼女が、なぜ聖女を目指しているのかを。


その想いに惹かれたのは、他ならぬ自分だ。


だからこそ、それを奪う選択だけは、決してできなかった。


(だったら――)


答えは、最初から一つ。


彼女が“堂々と生きられる世界”を、作ればいい。


そのために必要なのが、王位。


「……ですから私は、この争いに身を投じます」


静かに告げられたその言葉には、揺るぎない覚悟が宿っていた。


「殿下のお気持ちは理解しました……ですが……」


ブレア先生が言葉を続けようとした、その時。


「勝算は、あるのですよね?」


場の空気を断ち切るように問いを投げたのは、メリッサ学園長だった。


「確実とは言えませんが……一つ、考えがあります」


静かに告げられたその言葉だが、その声音には迷いはなかった。


メリッサ学園長は、しばしレイモンドを見据え、やがて、小さく息を吐いた。


「……分かりました」


その一言に、重みが宿る。


「であるならば、我々は殿下を信じ、支えましょう」


それは、学園としての意思表示。


同時に、一人の若者の覚悟に応える、大人たちの決断でもあった。


カトリット先生は静かに目を伏せ、そして頷く。


ブレア先生もまた、わずかに表情を緩めながら同意を示した。


レイモンドが選んだ道は、険しい。


だが、その背を支える者たちは、確かにここにいた。


――そして、思考は現実へと引き戻される。


あの学園長室でのやり取りを思い出しながら、カトリット先生は静かに目を細めた。


(殿下が王位継承争いに参入する……)


胸の内で、言葉を反芻する。


(……どうか、この選択が――良い結果に繋がりますように……)


小さく、誰にも聞こえない祈りが零れた。


ふと視線を上げる。


その先では――


ブレア先生に引きずられるようにして、廊下の奥へと連れていかれる少女の姿。


じたばたと抵抗しているのか、それとも諦めているのか。どこか騒がしく、しかし――


それが、確かに“日常”だった。


「……まったく」


思わず苦笑が漏れる。


先ほどまでの重苦しい空気が、嘘のようにほどけていく。


――守ろうとしているものは、きっとこういう光景なのだろう。


騒がしくて、少し厄介で。


けれど、かけがえのない日常。


カトリット先生は、その背中が見えなくなるまで見送り――


やがて、静かに踵を返した。



聖都ルミディア――ローゼンファル城。


その一室、第一皇子リシャールの私室。


高い窓から差し込む光の中、リシャールは一人、窓辺に立っていた。


視線の先に広がるのは、聖都の街並み。


だが、その瞳は景色を見ているようで――何も見てはいなかった。


思考の奥底へと沈み込むように、ただ静かに、外を眺めている。


――コンコン。


不意に、扉を叩く音が室内に響いた。


しかしリシャールは振り向かない。


「入れ」


短く、それだけを告げる。


「失礼いたします」


扉が静かに開き、一人の男が音もなく室内へと足を踏み入れた。


その動きに、一切の無駄はない。


すらりとした細身の体躯を包むのは、漆黒の紳士服。皺ひとつ許さぬその装いは、徹底された自己管理の賜物だった。


長い黒髪はきっちりと後ろで束ねられ、整えられたその姿からも隙のなさが滲み出ている。


そして、眼鏡の奥にある細く鋭い双眸は、隠しようもなく冷徹な光を湛えていた。


――いかにも、有能。


そう言わしめるだけの気配を纏った男。


「……ゼノンか」


その気配だけで察したのか、リシャールがようやく振り向く。


ゼノンは静かに一礼した。


彼はリシャールの幼少期より教育係を務めてきた男であり、現在は第一皇子付きの秘書として仕えている。


主従でありながら――


最も長く、最も近くでリシャールを見てきた存在だった。


「……何かあったのか?」


ゼノンがこうして、予定が無い日に自室まで足を運ぶ――それ自体が、異例だった。


何もないはずがない。


リシャールは窓辺に立ったまま、視線を外に向け問いかける。


「はい。リシャール様に、ご報告がございます」


淡々とした声。


感情の色は、ほとんど感じられない。


「……何だ?」


わずかに間を置き、ゼノンは告げた。


「弟君……レイモンド様が、王位継承に名乗りを上げるおつもりのようです」


その言葉に――


「……レイモンドが?」


初めて、リシャールの表情が揺らいだ。


わずかに驚くが、それも一瞬で消える。


(あれが……王位に?)


理由を探るも、答えは出ない。


沈黙が、数秒。


「……いかがなさいますか?」


ゼノンの問いは、あくまで静かだった。


促すでもなく、ただ主の判断を待つ声音。


リシャールは、ゆっくりと振り向く。


そして――


「放っておけ」


迷いなく、言い切った。


「……よろしいのですか?」


わずかに、問い返すゼノンだが、その表情は崩れない。


リシャールは鼻で笑う。


「あれに、王の資格はない」


冷え切った声音。


「それに……あれに、どの貴族がつくという?」


吐き捨てるように続ける。


「所詮は、妾の子だ」


その瞬間、リシャールの口元が、わずかに歪んだ。


「……レイモンド……何を勘違いしたのか」


低く、押し殺した声。


「私が優しく接しすぎたか? それとも、自分も王家の一員だとでも思い込んだか」


その瞳には、先ほどまでの静けさはない。


「身の程を弁えぬ愚か者が」


最後の一言は、ほとんど吐き捨てるようだった。


その顔は先ほどまでの、整った気品ある皇子のそれではない。


歪み、濁り、そして僅かな狂気を滲ませた“本性”だった。


「……それよりも、問題はエルハルトだ」


低く、押し殺した声。


先ほどまでの話題など、もはや取るに足らないと言わんばかりに切り捨てる。


第三皇子エルハルト――まだ幼き王子。


だが、その王位継承権はリシャールに次ぐ位置にある。


そして何より――


その周囲に群がる貴族たちの存在が、リシャールにとっては看過できなかった。


「エルハルトに纏わりつく貴族ども……」


吐き捨てるような声音。


「己の欲しか見えていない愚か者どもめ……!」


ぎり、と歯を食いしばる音が、静かな室内にわずかに響く。


「自分たちがどれほどこの国を蝕んでいるか、それすら理解できないとは」


怒りは、激情というよりも、冷えた憎悪へと変わっていた。


やがて、ふっと力が抜ける。


「……まあいい」


静かに、そしてどこか愉しむように。


「私が聖王となれば、一掃すればいいだけの話だけ」


その声音には、ためらいは一切ない。


「愚かな貴族も……愚弟もまとめてな」


その言葉の裏にあるものを、誰も否定できない。


それは、明確な“排除”の意思。


室内の空気が、わずかに重く沈む。


「ゼノン。例の件は?」


「すでに手配済みにございます」


即答する。


「おそらく、間もなく動きがあるかと」


リシャールは小さく頷く。


「そうか……」


再び窓の外へと視線を向ける。


だがその瞳は、もはや街など見てはいない。


もっと遠く――


王座、その先を見据えていた。


「私が王となるには、あの男の力が不可欠だ」


ぽつりと呟く。


そして、口元がゆっくりと歪んだ。


「……もし」


低く、含みを持たせた声。


「私に従わぬというのなら……」


言葉は、そこで途切れる。


だが、その先に続く結末は、語るまでもなかった。


読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪

もし、面白い!続きを読みたい!と思ってくださって頂けるなら、ブックマークや☆評価など頂けると幸いですm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ