第49話 大きすぎるユニコーンの力
ユニコーンが放つ威圧――
それは、つい先ほどまで“死”そのものとして君臨していた存在のはずだった。
だが今、その圧倒的な力は、完全にユティナの手の内で翻弄されている。
その事実に、誰もが言葉を失っていた。
「……な、なんというプレッシャー……」
アニヤ先生は、未だ残る余韻に顔を強張らせていた。
「流石は、聖霊獣の王……」
低く呟いたカトリット先生は、視線を森の奥――ユティナとユニコーンのいる方へ向ける。
「……ここまでとは、正直、想像していませんでした。それに……ブレア先生。どうやら、我々は考えを改める必要がありそうですね」
「ええ。そのようです」
「え……?」
戸惑いを隠せないアニヤ先生。
「ど、どういう意味ですか……?」
「以前、保健室でも話しましたね」
カトリット先生は、言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
「ハーリットさんの持つユニコーンの力は、あまりにも巨大です。だから私は、その力を巡る争い――あるいは、彼女自身が狙われる危険を危惧していました。しかし、懸念すべきはそれだけではなかった様です」
言葉が、そこで一度途切れる。
「カトリット先生……?」
普段見せない沈痛な表情に、アニヤ先生の声が強張る。
「恐らくですが……」
静かに口を開いたのは、ブレア先生だった。
「今後、ハーリットさんに危害が加えられた場合――
ユニコーンは、その“大きすぎる力”を一切の躊躇なく行使するでしょう」
「……それは……つまり?」
「つまり」
ブレア先生は一拍置き、はっきりと言った。
「ハーリットさんの命が人の手で、本気で脅かされるような事態になれば、ユニコーンは――人類を滅ぼしても、おかしくないということです」
「……は?」
アニヤ先生の思考が、完全に止まる。
「そ、そんな……冗談でしょう……?」
声が震える。
「神聖なる聖霊獣が……人間を、滅ぼす……? そんな馬鹿な話……」
「ユニコーンにとって」
ブレア先生は、淡々と告げた。
「人間の都合や倫理など、どうでもいいのです。“ハーリットさんが無事であること”――それだけが、全てでしょう」
「そ、そんなこと……ありませんよね……?」
縋るように問いかけるアニヤ先生。
「カトリット先生……?」
「……」
返答は、なかった。
「“世界を滅ぼす”は少し大袈裟かもしれません」
ブレア先生が続ける。
「ですが……どこかの国が、軽率にハーリットさんへ手を出し、彼女を危険に晒したとすれば――
その国一つが滅びる程度では、済まない可能性もありますね」
「……あぁもう……」
アニヤ先生は頭を押さえた。
「私、頭が痛くなってきました……」
「それは、私も同感です」
カトリット先生も、深く息を吐いた。
「ですが……結局のところ、私たちがやるべきことは変わりません」
そう――行き着く先は最初に決めた結論と同じだった。
ユティナに及ぶ危害を防ぐため、彼女を守ること。それ以外に選択肢はない。
可能な限り、あらゆる危険の芽を摘み取る。それが、彼女の状況を知る者としての責務だった。
――と、その重苦しい空気の中。
「ですが……」
ブレア先生が、どこか呑気とも取れる口調で続けた。
「意外と、大丈夫なのではないでしょうか?」
「い、意外とって……!」
アニヤ先生が声を荒げる。
「今、国が滅ぶかもしれないって話をしたのは、ブレア先生ですよ!?」
「ええ、確かに」
ブレア先生は微笑んだ。
「ですが……ハーリットさんなら、きっと“手綱”を取れると思います」
そう言って、優しい眼差しをユティナの方へ向ける。
その視線の先では――
怒りながらも、ユニコーン・ルナの感情を真正面から受け止めるユティナの姿があった。
(……あの二人なら)
ブレア先生は、ふとそう思ってしまう。
(世界を滅ぼすような事態には、ならない……と)
「……そうですね」
カトリット先生も、静かに頷いた。
「結局は……ハーリットさんを信じるしかありません」
「そんな呑気なことで、本当に大丈夫なんですか!?」
一人だけ、最後まで不安を拭えないアニヤ先生の声が、静密の森に虚しく響くのだった。
教師陣が重苦しい空気の中で言葉を交わすなか、ユティナはふと、胸の奥に引っかかり続けていた疑問を、静かに口にした。
「あ、そうだ。ねえ、ルナ……どうして私なの?」
ルナの澄んだ瞳をまっすぐ見つめる。
「私、貴女に特別なこと……何もしてあげてないと思うんだけど……」
『それは――』
言いかけて、ルナはほんのわずかに言葉を止める。
「それは……?」
小首を傾げ、不思議そうに見つめるユティナ。その視線を受けながら、ルナは少しだけ考えるように間を置いて――
『ユティナに惹かれたから……かな?』
あまりにもシンプルな答えだった。
けれど、その一言では納得できるはずもない。
「……え? なんで疑問系なの……? それに、今ちょっと間があったよね……?」
思わず突っ込むユティナ。
しかしルナは、それ以上言葉を続けようとはせず、ただ優しく彼女を見つめるだけだった。
その態度に、ユティナはますます不満げに頬を膨らませる。
「なんか絶対はぐらかされた感じなんだけど……! ねぇ、ちゃんと教えてよ、ルナ〜!?」
そう言いながら、半ば駄々をこねるようにルナの首へと抱きつく。
『ユティナ……本当のことなんだけど……』
困ったように小さく笑うルナ。
けれど、その声音には――どこか嬉しさも滲んでいた。
そんな二人のじゃれ合いの最中――
「はい、では!」
凛とした声が森に響いた。
「皆さん、無事に聖霊獣を呼び出せたようですね。では、次に進みましょう」
そこから始まったのは、ブレア先生による聖力と聖魔法の本格的な指導だった。
聖霊獣から聖力を受け取る方法、魔力との融合、制御の基礎――
ユティナは必死にそれらを学んでいった。
――そして、現在。
「ハーリットさん」
訓練を見守っていたブレア先生が、少し困ったように言う。
「使おうとしている魔力に対して、受け取る聖力が多すぎますね。もう少し……抑えられませんか?」
「私もそう思ってるんですけど……」
ユティナは苦笑しながら答える。
「ルナが持ってる聖力が、あまりにも大きすぎて……“少しだけ与える”って調整が、難しいみたいなんす……。だから、つい与え過ぎちゃうみたいで……」
一度言葉を区切り、小さく息を吐く。
「その結果、私の少ない魔力で、大きな聖力を制御しないといけない状態になってて……」
(……すまない。私の未熟さが、ユティナに負担をかけている)
申し訳なさを滲ませたルナの声が、静かに頭の奥へと響く。
(ううん、気にしないで。ルナはちゃんとやってくれてるよ)
ユティナは即座に、やわらかく返す。
(ただ……私の力が、まだ追いついてないだけ)
その言葉に、ルナは何も返せなかった。
一方でブレア先生は、腕を組んだまま思案を巡らせている。
訓練中の彼女は厳しく、時に容赦がない。だが――それが生徒のことを本気で考えているからこそだと、ユティナは知っていた。
「なるほど……」
ブレア先生は腕を組み、唸る。
「それは確かに厄介ですね。魔力量も、そう簡単に増えるものではありませんし……」
(魔力欠乏症を利用した魔力上げで、少しずつは増やしてるんだけど……)
ユティナは内心で肩をすくめる。
(それでも、ルナの聖力を“まともに”扱えるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだよね……。まぁ、仕方ないか。地道に魔力量を上げていくしかないよね。取り敢えず……もう一回!)
ユティナはそう自分に言い聞かせると、花瓶に新たな枯れ花をセットし、静かに聖魔法ハイ・ヒールをかける。
悩みながらも、諦めることなく練習を重ねるその姿を、ブレア先生は少し離れた場所から見つめていた。
(貴女とユニコーンが、今後この世界でどう関わっていくのか……。そして、貴女が歩む道が、ただ穏やかなものであることを――願うばかりですね)
そんな思いに耽っていた、その時。
「やった! 出来た! 次は完璧! 見てください、先生!」
(すごい……! やっぱりユティナなら、できるって思ってた!)
弾むようなルナの声が、頭の中に響く。まるで自分のことのように、心から喜んでいるのが伝わってきた。
(へへ〜♪ ありがと、ルナ)
ユティナは思わず頬を緩めながら、心の中でそう返す。
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。
一人ではなかった――そう実感できる、確かな手応え。
その様子を見ていたブレア先生も、静かに頷いた。
「これは……どうやら、うまく制御できたようですね」
静かな声とともに、ユティナは小さく息を吐いた。
つい先ほどまで萎れ、命の気配すら感じられなかった花が――今は、瑞々しく咲き誇っている。
淡い光を帯びた花弁は、まるで最初から枯れてなどいなかったかのように、堂々とその姿を取り戻していた。
「ええ、見事です」
背後から柔らかな声。
ブレア先生は満足そうに微笑み、ゆっくりと頷く。
「それでは、次は――」
「あ、もっと上手くすれば、もっと大きく咲かせられるかも!」
言葉を遮るように、ユティナはぱっと顔を輝かせた。
(ルナ、もう一度力を貸して!)
(わかった! 任せて……!)
迷いはなかった。
そして――迷いなく、再び魔法を重ねる。
「ハイ・ヒール」
次の瞬間だった。
花を中心に、緑が“爆ぜる”。
「……え?」
床を這うように伸びたそれは、瞬く間に保健室全体へと広がっていく。
芽吹きではない。侵食――それに近い勢いだった。
さらに、異様な音とともに複数の蔦が隆起する。
――生き物のように、うねりながら。
「げっ……!? やばっ……!?」
反射的に後ずさるユティナ。
次の瞬間、蔦が牙を剥くように襲いかかる。
だが――
「わっ、とと……!」
ひらり、と。
危機感の薄い動きでそれを回避するユティナ。
標的を失った蔦は、一瞬だけ迷うように揺れ――
次の獲物を、見つけた。
「……え?」
ブレア先生が状況を理解する、その一瞬。
――遅い。
「ちょ、待っ――」
絡みつく。
巻き上がる。
拘束する。
「あっ、えっ、ちょぉぉぉ……!?」
気付いた時には、すでに遅かった。
蔦は容赦なくその身体に絡みつき、ぐるぐると拘束し――そのまま、天井へと吊り上げる。
「ま、待って……! そこは……! だ、ダメ……!」
逆さまの状態で宙に浮かされるブレア先生。
普段の落ち着きはどこへやら、その声は完全に取り乱していた。
そして――
ぴたり、と。
侵食は止まり、保健室に奇妙な静寂が落ちる。
「あは……あはは……」
ユティナは、引きつった笑みを浮かべた。
「失敗しちゃった……てへ⭐︎」
――沈黙。
一瞬、時間が止まったかのように、空気が凍りつく。
そして、次の瞬間。
「貴女という人は……! “てへ⭐︎”で済む話ではありません!!」
怒気を孕んだ声が、びりびりと空気を震わせた。
「ひぃぃぃぃぃぃ!! ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」
全力で頭を下げるユティナ。その声は半ば悲鳴だった。
(……すまない、ユティナ)
申し訳なさそうなルナの声が、頭の中に静かに響く。
宙吊りのまま怒りを爆発させる教師。
必死に謝り続ける生徒。
そして、その内側で肩を落とすユニコーン。
三者三様の混沌が――
保健室いっぱいに、盛大な絶叫となって響き渡っていた。
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