第48話 ユニコーン・ルナ
放課後。
静密の森に差し込む夕暮れの光の下で、ブレア先生の指導は一つの区切りを迎えていた。
ユティナ、アルマ、そしてマリアベル――
三人がそれぞれ無事に聖霊獣を呼び出すことに成功したことを確認し、次の指導へ移ろうとした、まさにその瞬間。
突如、異変が起こる。
アルマの傍らにいたクァール――トリスが、静かにその場を離れた。
同時に、マリアベルの腕に留まっていたフロストフェニックス――ヒプノも、ふわりと羽ばたき、主人の元を離れる。
「え……なに?」
「一体、どうしたのかしら……?」
戸惑う二人をよそに、トリスはユニコーンの前でその身を低くし、静かに座り込んだ。
ヒプノもまた地面へと降り立ち、翼を畳み、深く頭を垂れる。
――それは、明確な“敬意”の所作だった。
その光景に、ユティナたちは言葉を失う。
やがて、二体の霊獣が、はっきりとした意思を持つ声を発した。
『我、偉大なる王よ。再びお目にかかれたこと、光栄に存じます』
『このような形で、再び王に拝謁できるとは……』
霊獣が――喋っている。
しかも、その声に宿るのは、畏敬と忠誠。
その場の空気が、さらに張り詰めた。
『……その者たちが』
透き通るようでありながら、確かな重みを持つ中性的な声が響く。
『お前たちが選んだ“主人”か?』
ユニコーン――ルナの声だった。
『はっ……その通りであります』
トリスが即座に応える。
『そして……そちらにおられるお方は……王の……?』
一瞬の静寂。
『そう』
ルナは穏やかに、しかし断定的に告げる。
『私の、大切な人だ。……よく、覚えておくといい』
その言葉を聞いた瞬間――
『はっ!』
『承知いたしました……!』
トリスとヒプノは、先ほどよりもさらに深く頭を下げた。
そこに迷いはなく、ただ絶対的な服従だけがあった。
『それと……』
ルナが、静かに続ける。
――次の瞬間。
目に見えない“圧”が、この場を支配した。
空気が重く沈み、森そのものが息を潜めたかのように、音が消える。
それは怒りではない。
だが、逆らうことなど微塵も許されない、霊獣王としての“威厳”。
誰もが、本能的に悟っていた。
――この場にいる存在の“格”が、決定的に違うのだと。
『――もし、彼女に少しでも危害を加えようものなら……』
ルナの声が、静かに――だが確実に、森の空気を裂いた。
『……すぐに、殺す』
その言葉が発せられた瞬間。
世界が、凍りついた。
見えない圧が一気に押し寄せ、トリスとヒプノは指一本動かすことすらできなくなる。
それは聖霊獣だけではない。
アルマも、マリアベルも。
少し離れた場所で見守っていたカトリット先生たちでさえ、身体が言うことをきかなくなっていた。
(な、なに……この……プレッシャーは……!?)
(い……息が……できません……わ……)
アルマとマリアベルの身体は、恐怖で小刻みに震える。
「……このような圧は……」
アニヤ先生は、早鐘を打つ心臓を必死に抑えながら呟く。
「冒険者時代でも、感じたことがありません……!」
「これが……聖霊獣の王……」
カトリット先生の額を、冷や汗が伝った。
「……なんという力でしょうか……」
「もはや……」
ブレア先生も、膝が砕けそうになるのを堪えながら呻く。
「他の聖霊獣とは、格が違いすぎます……!」
――死が、すぐそこにあった。
誰もが、本能でそれを理解していた。
その時。
「ちょっと待って待ってぇぇぇ!!」
場違いなほど、やけに通る声が響き渡る。
「急に“殺す”とか言い出すの、怖いってば!」
声の主は――ユティナだった。
その一言が放たれた瞬間、先ほどまで場を押し潰していた圧は、まるで霧が晴れるかのように消え去る。
『……ユティナ』
ルナは、驚きを隠せない様子で声を落とした。
『彼らは、私の僕だ。君に危害を加えることは、決して許されない。もし背けば……死をもって償わせるべき存在だ』
「ダメだってば!」
『し、しかし……』
「しかしも、へちまもありません!」
ユティナはぷくっと頬を膨らませる。
「!?」
「貴方、聖霊獣の王でしょ? だったら部下とか僕とかに、そんなこと言っちゃダメだって!」
指をぴっと立てて、説教するように続ける。
「知ってる? そういうの、パワハラって言うんだよ? 訴えられたら、すっごく怖いんだから〜?」
『パ、パワハラ……?』
ルナは完全に理解できていない様子で、小首を傾げた。
(ユティ……一体、何の話をしているのぉぉぉぉ!?)
(ユティナさん……どうか、少しは場の空気を読んでくださいましぃぃぃぃ!!)
アルマとマリアベルは、心の中で同時に叫ぶ。
「だから“殺す”とか、そういうのは言わないで!」
『……ユ、ユティナ……』
先ほどまでの威厳が嘘のように、ルナは言葉を失った。
ユティナはじっと睨むようにルナを見つめ、やがて、ぷいっと顔を背ける。
「……分かってくれないなら、嫌いになっちゃおうかなー」
『――待って!』
思わず、ルナは声を張り上げていた。
『わ、分かった! 殺さない! 絶対に殺さない! ユティナが望まない限り、誰も殺さないと誓う! だから……嫌いには……!』
「うーん……」
ユティナは少し考える素振りを見せてから、にこっと笑う。
「よし! それなら、いいよ!」
『ああ……よかった……』
心底安堵したように、ルナは大きく息を吐いた。
――その光景を、呆然と見つめながら。
(このユニコーン……ユティに、甘すぎるんですけどぉぉぉ!?)
(この聖霊獣の王……ユティナさんに、甘々すぎませんのぉぉぉ!?)
アルマとマリアベルは、心の中で見事に声を揃えてツッコんでいた。
ユティナは、そっとルナの顔に触れた。
その手つきはやわらかく、浮かべる笑みもまた、どこまでも優しい。
「貴方が、私のために想ってくれているのは分かってる。でも、そのせいで、誰かを傷つけてほしくないんだ……」
一瞬だけ、言葉を切る。
「だから、約束して。無闇に誰かを傷つけたりしないって……」
わずかな沈黙。
やがて、静かに響く声。
『ユティナがそう望むのなら、約束しよう。だが、もし本当に君に危険が及ぶ時は……』
その言葉を遮るように、ユティナは小さく頷いた。
「うん。その時は、私を守ってね」
『ああ……必ず守ると誓う』
静かに交わされたその約束は、何よりも確かで、揺るぎないものだった。
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