第45話 早朝訓練
早朝の訓練所。
朝靄がまだ石畳の上に残るその場所に、三つの影が静かに並んでいた。
ユティナ、アルマ、マリアベル。
それぞれが武器を携え、すでに軽く身体を温め終えている。
ユティナの腰には剣。
アルマの手には細身のレイピア。
そしてマリアベルの背には、使い慣れた弓。
その三人の正面に立つのは、アニヤ先生だった。
「いいですか。戦いにおいて最も大切なのは、己の動きではありません」
凛とした声が、澄んだ朝の空気を切り裂く。
「常に相手をよく見なさい。そして――仲間との連携で一番重要なのは、“相手だけでなく、味方の動きも読むこと”です」
その言葉に、アルマとマリアベルは自然と背筋を伸ばした。
今日の訓練は、早朝から行われるアニヤ先生による戦術指導。
ユティナの護衛役であるアルマとマリアベルは、数日に一度こうして厳しい指導を受けていたが――今日はそこに、ユティナ自身も加わっていた。
より実戦に近い、容赦のない訓練が始まろうとしている。
「では、シェルフィードさんとランカスターさん。お二人で来てください」
アニヤ先生が剣に手をかける。
「私に一撃でも入れられたら終了。もしくは、あなた方が負けを認めた時点で終わりです」
「……分かりました」
「参りますわ」
二人は短く答え、同時に間合いへ踏み込んだ。
その様子を見ながら、ユティナが首をかしげる。
「先生、私は入らないんですか?」
「ええ。今回の訓練は、あくまでお二人の連携を高め、ハーリットさんを護衛できるようにするためのものです」
そう言って、アニヤ先生は一瞬だけユティナを見る。
「ハーリットさんは、この後に私と一対一で戦ってもらいます」
(えー……)
思わず内心で声が漏れる。
(アニヤ先生の訓練って、かなりハードなんだよね……一人は正直キツいんだけど……)
その不満は、ほんの一瞬だけ顔に出てしまったらしい。
「ハーリットさん、何か?」
「い、いえ! 何でもないです!」
「なら結構。それでは――始めましょう」
アニヤ先生が剣を抜いた、その瞬間。
訓練所の空気が、一気に張り詰めた。
――結果は、あまりにも明確だった。
「ま、参りました……」
アルマの喉元に、寸分の狂いもなく突きつけられたアニヤ先生の剣。
マリアベルも、援護に入る隙すら見つけられないまま動きを封じられていた。
「二人とも、個々の動きは悪くありません」
剣を下ろしながら、アニヤ先生は淡々と告げる。
「ですが、まだ息が合っていない。相手だけを見るのではなく、互いの間合いと動きをもっと意識しなさい」
「は、はい……」
「……わかりましたわ」
二人は悔しさを滲ませながらも、深く頭を下げる。
(一撃も……入れられなかった)
(ここまで、差があるとは……)
それぞれが胸中でそう呟いた、その時。
「では、次。ハーリットさん」
「は、はい」
ユティナは一度深呼吸をし、石畳の上へと足を踏み出す。
「頑張ってね、ユティ」
アルマの声に、マリアベルも小さく頷いた。
二人が石畳から下がるのを背に感じながら、ユティナは剣を握り直す。
――次は、自分の番だ。
朝の冷たい空気の中、新たな試練が、静かに始まろうとしていた。
「――始める前に、ハーリットさん」
呼び止められ、ユティナは思わず背筋を伸ばした。
「な、何でしょうか……?」
鋭い視線が、真っ直ぐに突き刺さる。
それは訓練前のものというより、実戦に臨む戦士の眼だった。
「貴女が今、持てる力をすべて出し切りなさい」
「……え?」
「遠慮も加減も不要です。」
「は、はい……」
戸惑いながらも、ユティナは小さく息を呑む。
「勝敗条件は、先ほどの二人と同じです。来なさい……!」
その一言と同時に、ユティナは意識を一点に集中させた。
(全力……。前の訓練じゃ、アニヤ先生に一撃も入れられなかったんだよね……)
脳裏に、あの時の光景がよぎる。
(今なら……どこまで通じるんだろう……)
一瞬だけ迷う。
だが――
(……考えても仕方ないか)
確認する方法は、ただ一つ。
(身体強化……)
体の奥で、魔力が静かに動き出す。
(加速魔法)
次の瞬間、全身を巡る魔力が、一気に膨れ上がった。
足裏が、地面を強く捉える。
そして、踏み込んだ。
石畳を蹴る音すら遅れて聞こえるほどの速度で、ユティナは一気にアニヤ先生の懐へ潜り込む。
(――早い!)
アニヤ先生は即座に剣を構え、振り下ろされる一撃を正面から受け止めた。
(……重い!?)
衝撃が腕を震わせた、その刹那。
――ユティナの姿が、消えた。
背後。
本能的に感じ取った殺気に、アニヤ先生は即座に身を翻し、背中から放たれた斬撃を弾き返す。
(やはり、この動き……尋常ではありません……)
間を置かず、視認すら困難な斬撃が次々と襲いかかる。
狙いはすべて急所。無駄がない。
(これは、もう学園内で収まる範疇を超えています……!)
しかし、アニヤ先生は一歩も引かない。
すべての攻撃を、紙一重で捌き続ける。
(嘘でしょ!?)
ユティナの内心に焦りが走る。
(身体強化に……加速魔法まで使ってるのに! 全部防がれてる!?)
訓練所の外で見守るアルマとマリアベルは、言葉を失っていた。
「な……何なんですの……この動き……」
「ユティの姿が……全然、追えない……」
(――本当に、これが今までのハーリットさんなのですか……?)
アニヤ先生は、内心で息を呑んだ。
(……しかし、癖も剣筋も彼女のもの。間違いなく本人ですね。ですが……これは単なる成長で片付けるには……。どちらかと言えば、技術で無理やり引き上げている……それに、戦闘センス)
一太刀一太刀を受け流しながら、冷静に分析する。
(状況判断、間合いの取り方、攻撃の選択――どれも異常なほど洗練されている。本来なら、数え切れない実戦を積まなければ身につかないはずのもの……それを、なぜ彼女が……)
そして、何よりも。
(――速い)
踏み込み、斬り返し、体重移動。
その一連の動きに、一切の淀みがない。
(この速度について来られるのは、せいぜいAランク冒険者クラス……)
心の中で驚愕しながらも、アニヤ先生は表情を崩さない。
一方、その視線の先で剣を振るうユティナは、必死だった。
(全然……当たらない!)
剣を振るうたび、わずかに先を読まれたようにかわされる。
(全部読まれてる……!? いや、読まれていたとしても――普通、このスピードを対応できるわけないでしょ!?)
息を詰めながら、心の中で叫ぶ。
(もしかして……先生も加速魔法を? それに、元Aランク冒険者って聞いてたけど……アニヤ先生、こんなに強かったの!?)
だが、弱音を吐く暇はない。
(……でも!)
剣を強く握り直す。
その口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
(やるからには、負ける気なんて無いんだから!)
次の瞬間。
――キィンッ!!
鋭い金属音が弾け、斬撃と斬撃が真正面からぶつかり合う。
一閃、また一閃。
振るうたびに軌跡が空気を裂き、衝撃が火花のように散る。
踏み込みはさらに深く、間合いはさらに狭く。
攻防は加速し、互いに一歩も譲らないまま――
その激しさは、なおも限界を越えていく。
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