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「囮……ですか?」
翌朝バーナードに命じられた通り王宮にやって来た俺とヨルトに告げられたのは、スピカを辺境伯領まで移送するための大掛かりな囮作戦。
「もしスピカを狙う者がいるとしたら、辺境伯領に着く前に仕掛けてくるはずだからね」
国境を守るために造られた辺境伯領の城塞は絶大なる防御力を誇る上に、常駐する騎士数がすこぶる多い。ちょっとやそっとじゃ侵入することなんて不可能だ。だから何か仕掛けてくる奴がいるなら辺境伯領に入る前だと言うバーナードの考えは納得できる。
だがさすがに囮はやりすぎじゃないか?
スピカが美しいのは認めるが、こんな大掛かりな作戦をとらねばならないほど狙われるとは思えない。
厳戒態勢をとるバーナードに違和感を感じていると、突然肩を叩かれた。
「アイザック、久しぶりだな」
声をかけてきたのはラッセル グラニラス。王立学園時代、授業で何度も剣を交えたこの男は侯爵家の三男で、学園当時バーナードの専属護衛候補だった。王国騎士団の中でもエリート中のエリートで構成される王宮騎士に若くして選ばれるほど腕の立つ人物だ。
「ラッセル、卒業以来だな。今は王宮騎士だったよな? バーナード殿下の護衛をしているのか?」
「いや。俺はスピカ様の護衛をしている」
「スピカの!?」
確かスピカと噂になった男の中に護衛もいたはずだ。まさかラッセルがそうなのか?
「そ、そうか。大変だな。スピカには護衛が何人いるんだ?」
「二人だな。俺と、もう1人は今回の作戦で囮をする予定の女騎士だ」
となると、やはりラッセルがスピカの遊び相手ということになる。
おいおい、ラッセル。お前何してんだよ。
真面目で堅物な男だと思っていただけに、スピカなんかに引っかかったことがショックでならない。
一言言ってやろうと思ったところでバーナードの声が響き、部屋は静寂に包まれた。
「作戦について説明する。まず囮は2人だ。スピカと囮には護衛と共に辺境伯領までそれぞれのルートに別れて行ってもらう」
王都から辺境伯領までの道は3ルート。1番快適なのは宿場を利用しながら進む街道ルート。温泉で有名な大きな宿場町がいくつかあり観光客も多く利用するルートだが、その分距離が長く辺境伯領までは約1か月かかる。
逆に1番早いのは峠越え。2週間しかかからないが、道が険しい上に野宿は必須。馬車の通れない場所もあるため馬と徒歩での移動になる。3つのルートの中では最も人気がない。
残りの一つは商人ルート。山道のため街道ルートのような快適さはないが馬車でも問題なく進める。野営にはなるが3週間で辺境伯領に着くので商人によく利用されているルートだ。
「いいかい? 本物のスピカはラッセルが隊長として私の専属騎士達と共に商人ルートで辺境伯領へ向かってくれ。囮のうち1人は王宮騎士と共に街道ルート、もう1人はアイザックと二人で峠越えをして欲しい」
囮として選ばれたのは元々スピカの護衛をしていた女騎士と侍女とのこと。街道ルートに行くのは侍女、俺と峠越えをするのは女騎士らしい。
バーナードの横には正体が分からない人物が3人。全員背格好は同じくらいで簡素なお揃いの服を着ている。長袖長ズボンに皮手袋で肌は完全に隠されている上に頭からすっぽり被った黒いベールによって髪も顔も全く見えない。なるほど。これなら誰が本物のスピカなのか、この至近距離から見ても分からない。
囮が2人とはいえ、狙われる可能性があるのは街道ルートの方だと予想し。一番多くの騎士が同行することになっている。本物のスピカにはそれより数は少ないが精鋭揃いの騎士とヨルトもついていく。峠越えに一番慣れている俺は女騎士とやらを連れて辺境伯領へ向かわなければならない。女性には厳しいルートだが、騎士なら訓練で野宿も慣れているので大丈夫だろう。
3つのグループが同時に行動を開始する。街道ルートと商人ルートは馬車を使うが、俺達はそれぞれが馬に乗ってひたすら峠を目指す。黒ベールで前が見にくいのか、囮の女騎士の馬は歩みが遅い。
「疲れたか?」
山道の入口で休憩をとる。倒れた木の幹に腰掛け休んでいた囮は無言のまま小さく頷いた。
「ここから先は山道で狙われる可能性は低い。その邪魔な被り物を外しても大丈夫だろう」
俺の手渡した水入りボトルを受け取りながら囮は首を少し傾け悩んだ後ベールを外した。
「はぁ?」
ベールの下から現れた美しい顔。サラリと流れ落ちた髪が木の間から差し込んだ光でキラリと光った。
「何でスピカがここにいるんだ!」
「ふふっ。びっくりした?」
びっくりした、じゃねぇよ!
ボトルに口をつけ水を美味しそうに飲むスピカの
喉がコクコクと動くのをあっけにとられたまま見つめる。
「お前、商人ルートにいたんじゃないのかよ?」
「あっちが囮なの。このルートが一番狙われにくいし早く到着するでしょ」
あっけらかんと言ってのけたスピカによると、本物だと聞かされていた商人ルートの方に女騎士がいるらしい。
「だったら最初から言えよな」
はぁっと息を吐いてスピカの隣に腰掛けた俺を見て笑ったスピカが「ごめん」と口にする。
「護衛として同行してくれる騎士の中に情報を流す人がいるかもしれないでしょ。だから私がこのルートにいることを知ってるのはバーナードとラッセル、それと囮になってくれた騎士だけなの。アイザックの驚いた顔が見れて楽しかったわ」
「何のん気に笑ってんだよ」
コイツは俺に対する罪悪感なんて全くないんだろうか?
ため息をつくと、スピカは一層おかしそうに口をあけて笑った。その笑い方が昔と同じままで胸が痛む。
「お前は変わらないな……」
「そうかしら?」
首を傾げていたスピカが俺を見て眩しそうに目を細めた。
「アイザックは変わったわ。想像してたより背が高いし、筋肉もついててカッコよくなってる。びっくりしちゃった」
トゥンク!
いや、トゥンクってなんだよ。俺はバカか? ときめいてちゃ負けだろ。反撃しろ、反撃!
「スピカ……お前も……」
言え、言うんだアイザック!
「き、きき……」
言えね〜!!
「昔と変わらず綺麗だな」の一言が口から出てこない。それどころか「どうしたの?」っと俺の顔を覗きこむスピカのあどけない表情に胸が疼いて仕方がない。
クソっ!
「出発するぞ」
「えっ? ま、待ってよアイザック」
いきなり立ち上がり馬に向かった俺を慌ててスピカが追いかけてくる。
騙されるな。コイツは悪女で復讐相手なんだ。
そう何度も何度も自分に言い聞かせながら馬を走らせた。




