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ベールを外して楽になったのだろう。スピカの馬の進みは先程までよりスムーズになった。おかげで当初の目的地までとはいかずとも、休むのにちょうどいい場所まで来ることはできた。近くに湧水があり、安全に焚き火ができるスペースのあるこの場所なら野宿がしやすい。
「馬……乗れるようになったんだな」
枯れ枝を拾いながらぼそっと呟いた言葉にスピカが頷く。
「バーナードに乗れた方がいいと言われて練習したの」
俺が何度誘っても嫌がったくせに。
共に暮らした間、庭園を走り回るスピカを遠乗りに何度も誘った。そのたびに馬に乗る練習なんて面倒だからと断られ、スピカは決して屋敷の敷地外へ出ることはなかった。
結局馬が嫌なんじゃなくて、俺とが嫌だったって事だよな。無性に腹が立って傷つけてやりたい衝動が抑えられない。
「残念だったな。婚約破棄のせいで王子妃になる予定がパァだ。バーナード殿下はお前の嫁ぎ先を探すつもりらしいが、平民になるお前にまともな縁談はないだろうな」
「別に構わないわ」
「……悔しくないのか?」
ヤケになってるわけじゃない。ただそういうものだと受け入れているスピカの態度が気にかかる。
「どうせ誰と結婚しても同じだもの」
「どういう意味だ?」
俺の問いかけにスピカは弱々しく笑った。
「……誰と結婚しても同じなのよ」
だからどういう意味だと聞く前に、スピカは俺から離れて行ってしまった。
「くそっ」
調子が狂ってしかたない。
拾った薪を組み火をつけて携帯食の準備をする。目の届く距離でまだ枯れ木を拾っていたスピカが大木の下にしゃがみこんだ。
具合でも悪いのか?
「おい、スピカ、大丈……」
気になって近寄ってみればあまりのことに言葉を失った。
「!!!!」
軽い眩暈がする。
「お前、なんてもん掴んでんだ」
スピカが両手を泥で汚して持っているのは何かの幼虫。しかも俺の拳2つ分くらいはある特大サイズときている。
「ホワイトオームよ。丸々として美味しそうでしょ」
「何考えてんだ! こんなもの食べられるわけないだろ!」
「食べられるわ。ホワイトオームは可食虫界のクイーンって言われるほどなんだから」
「可食虫界って、そんな界隈あってたまるかっ」
「大丈夫。心配しないで。調理の仕方は食用虫図鑑で見て覚えてるから」
「食用……何だって?」
「食用虫図鑑よ。私の愛読書なの。今度アイザックにも貸してあげるわね」
なんちゅう本読んでんだ。
「んなの読まねぇよ!」
「えぇー? おもしろいのに……」
そうだった。コイツはこんな人間だった。
昔から庭に生えている草やら花やらが好きで、やたらと毒がないか、食べられるかどうかを気にしていた事を思い出す。そのせいで使用人からドン引きされていたんだが。まさか虫まで食べ物扱いするとは思ってもみなかった。
ダメだ。乱されたら負けだ。
クラクラする頭を軽く振って見ないふりを決め込んだ。だがスピカは逃がしてはくれない。
「こんなに美味しそうなのに、なんでそんなに嫌がるの?」
串刺しにされた丸焼き芋虫を前に固まる俺とムクれるスピカ。
いや、普通に無理だろ。
「もういいわ。全部私が食べちゃうんだから」
むくれたまま串に齧り付いたスピカの表情が蕩ける。
「ん〜。美味しい。皮がパリパリで中はふっくら。我ながら上手に焼けてるわ」
そう言われても、じゃあ俺もとはならない。
躊躇なくかじりつくスピカを見ているとそれだけで胸焼けしてくる。見た目が女神と称されるほど美しい分、グロテスクな幼虫が似合わなすぎて不気味だ。
「あーあ。バーナードがいたら一緒に食べてくれたのになぁ」
「はぁ? 王太子だぞ。こんなゲテモノ食うわけないだろ」
「バーナードなら食べてくれるわ」
絶対的な信頼が気に食わない。
「……貸せ。俺が食う」
言ってしまったことを後悔しながらドデカ幼虫の串焼きを口に運んだ。
「ねっ? 美味しいでしょ?」
「……」
正直美味いかどうかなんて分からない。目をつぶって喰らいついても、さっきまでウネウネ姿が頭をチラついて離れない。ただ想像していた土臭さがないのが救いだった。
あー、くそっ。
これじゃ俺の方が嫌がらせを受けているみたいじゃないか。
スピカを惚れさせてこっぴどく振ってやる。そんな復讐を考えた俺が悪かったのか?
まだ何の行動も起こせてないのに、すでに精神がすり減っている。『美しき狂人』と呼ばれるスピカに勝とうとするのは無謀なのか?
もういい。やめだ。考えるのはやめてさっさと寝てやる。
「明日は早く出発するからな。お前も食ったらさっさと寝ろよ」
そう言って焚き火の側に横になった。馬に積んである荷物の中には一つだけ寝袋が用意してあるが教えてやるつもりはない。貴族のお嬢さんには野宿なんて辛いだろうが知ったことか。俺からの、みみっちい嫌がらせを喰らいやがれ!
っておいっ!
「何してんだよ」
衣擦れの音が気になって目を向ければ、スピカがズボンに手をかけている。
「寝る準備よ」
「まさか……脱ぐつもりじゃないよな?」
「ズボンだけね。このままじゃお腹が苦しくって眠れないもの」
勘弁してくれ!
「お前には恥じらいってもんがないのか!」
「あるわよ。だから全裸にはならないわ」
「当たり前だぁぁぁぁ!」
暗い山の中に俺の怒鳴り声が響いた。
「もうアイザックったら。そんな大きな声を出したらびっくりするじゃない」
びっくりするのは俺のほうだ。
急いで寝袋を取りに行き、無理やりスピカを中に押し込んだ。
「いいか、絶対に生足なんて晒すなよ」
渋々寝袋の中におさまったスピカは疲れていたのかすぐに寝息を立てはじめた。
「はぁ……やってらんねぇ」
気持ち良さそうに眠るスピカの横で俺が眠れない夜を過ごしたのは言うまでもない。




