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「殿下!! 一体どういうことですか?」
「言った通りだよ。スピカを君に預けたいんだ」
パーティー終了後すぐの王宮内の一室。シンプルな応接室の中にいるのは俺とバーナード、そしてその新たな婚約者であるキャメロットだけ。
キャメロットは小柄でふんわりとした印象の美少女。とても穏やかで優しく面倒見がいいと評判だが、なぜか俺の事をひどく嫌っている。同級生だった王立学園時代には顔を合わせれば睨まれるし、酷い時は嫌味も言われた。今も新たな婚約が決まった嬉しさや戸惑いなど微塵も感じさせず、ただ憎々し気に俺を睨んでいる。
「バーナード様! スピカをこのような方に預けるのはやめてくださいませ」
「キャメロット嬢の言う通り、俺に預けるのはやめた方がいいと思います。殿下もご存知のように、俺はスピカの事が嫌いですから」
俺の言葉を聞いたキャメロットは、一層目を釣り上げて俺を睨みつけた。
「本当に嫌な方だこと」
「まぁまぁキャメロット。辺境伯は何も知らないのだから」
「何も知ろうとしない事が腹立たしいのです」
二人の話がさっぱり分からない。俺が何を知らないというのだろうか?
「二人とも、一体何の話をしているんですか?」
俺の質問に二人は一瞬顔を見合わせた。だが話さない事を選んだらしい。バーナードはいつもの愛想笑いで俺を見た。
「ワイドハイン辺境伯、平民となるスピカをこのまま野放しにはできない理由が君にも分かるだろう?」
「まぁ……そうですね」
今夜のパーティーでスピカの美しさに魅せられた者は多い。中にはスピカを手に入れるために荒っぽい手を使う者がいるかもしれない。
合法的にどこかの金持ちに囲われるならまだしも、攫われて娼館にでも売られたらスキャンダルすぎて元婚約者であるバーナードにも非難が及ぶのは確実だ。王太子になる以上、トラブルのタネになりそうなものは潰しておくのが賢明だろう。
だからと言って俺がスピカを預かる義理はない。
「確かにスピカを野放しにするのは問題でしょうね。王宮で監禁でもしておけばいいじゃないですか」
「監禁ですって?」
キャメロットが持っていた扇子をテーブルに叩つけた。立ち上がって俺を見下ろすキャメロットの瞳には軽蔑と怒りが滲んでいる。
「バーナード様、わたくしこれ以上この方と一緒にいるのは耐えられませんわ」
引き止める間もなく侍女を引き連れて出ていくキャメロット。その背中を見送りながらバーナードは申し訳なさそうに苦笑いをした。
「すまないね」
「いえ……キャメロット嬢には王立学園時代から嫌われていますので」
「キャメロットは君を嫌っているわけではなくスピカを……いや、なんでもない。話を戻そうか。辺境伯、私はスピカを監禁するつもりはないよ」
「ならば誰か他の方に世話をさせてください。私は金輪際スピカと関わるつもりはありません」
「まぁ君とスピカの関係を考えたらそう思うのも当然だ。だが考え方次第ではチャンスだと思わないかい?」
「……何のですか?」
「復讐だよ。ふ•く•しゅ•う」
バーナードがニヤリと笑った。
「君はまだスピカを憎んでいるんだろう? ならば復讐すればいい」
「復讐って……」
「スピカを惚れさせるんだ」
はっ? 何言ってんだ?
不敬だと分かっていても言ってしまいたい。
バカじゃないのか!!!!
呆れる俺に構う事なくバーナードは続ける。
「君がやられた事をやり返すんだ。惚れさせて自分に夢中になったところを捨てる。どうだい? 最高の復讐になるだろう?」
確かにそうかもしれないが……
バーナードは俺の心が揺れたのを見逃さなかった。
「辺境伯、一年だ。一年間城塞内でスピカを保護してくれればいい」
「……一年ですか?」
「あぁ。一年以内にスピカの嫁ぎ先を用意してそちらに移送する。本当は秘密裏に話を進めたかったが、今日のスピカの発言を聞いた者達の中には早々に動き出す者もいるだろう。大金を支払ってでもスピカを愛人にと望む者は多いからね。その者達がスピカに接触して騒ぎを起こす前に鉄壁の守りを誇る城塞内閉じ込めてしまいたい」
復讐をすすめておきながら保護しろと言うのは矛盾してないか?
復讐は確かに魅力的だが、バーナードの考えが全く読めない以上、下手に受け入れるのは危険だろう。
「やはりお断りし……」
「アイザック ワイドハイン」
それまで柔和な笑みを浮かべていたバーナードが真剣な表情でこちらを見た。王族が放つ独特の空気感に空気がひりつき無意識に背筋が伸びる。
「いいかい、スピカを辺境伯領へ連れ帰り保護するように。これは私的な頼みでなく新王太子としての命令だ」
「アイザック様、バーナード殿下との話し合いはどうなりましたか?」
「……一年間だけ引き受けることになった」
「結局引き受けたんですね」
俺が王宮から出てくるのを馬車で待っていた従者のヨルトが呆れ顔をしている。
「仕方ないだろう。王太子命令だってんだから」
断れるものなら断っていた。
「まぁでもせっかくだからな。復讐することにした」
「復讐ですか?」
ヨルトが怪訝そうな顔で俺を見た。
「あぁ。惚れさせてこっぴどく振ってやる」
「そんな事して大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ。なんせバーナード殿下の提案だからな」
バーナードとのやりとりを話してやると、ヨルトの眉間の皺は益々深くなった。
「復讐を試みるのは構いませんが、惚れさせるどころか逆にアイザック様が骨抜きにされるんじゃありませんか?」
「何言ってんだ! んなわけないだろ!」
どうだかなっという疑いの目で見てくるヨルトは、俺が辺境伯家へ引き取られてからずっと一緒に過ごしていることもあり遠慮なく物を言う。年も近いし、従者ではあるが友人といっていい存在だ。
「スピカ様はとんでもない美貌の持ち主なんですよね? しかも噂では男遊びの激しい方だとか。そんな経験豊富な悪女に童貞のアイザック様が勝てるわけないでしょう」
「はっ?」
何言ってんだ、コイツ?
「俺がその気になればスピカを落とすくらい簡単だ」
経験がないのは認めるが、それは単にその気になる相手がいなかっただけ。これでも夜会に行けば令嬢が群がる程度にはモテるのだ。優しく甘い言葉をかけてやればスピカだって絆されるに決まっている。
「はぁ……面倒な予感しかしないんですが。ミイラとりがミイラにならなければいいんですけどね」
スピカを夢中にさせて捨ててみせると意気込む俺に、ヨルトのため息は聞こえなかった。




