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バーナードが俺の元を訪れてから一年後。
ついにイザベラと第二王子であるフィリップに鉄槌が落とされる時がやってきた。そしてこの場でスピカも婚約破棄される。
断罪の場として選ばれたのは、王宮で行われるスピカの18歳の誕生日パーティー。王太子の婚約者ですら王宮で誕生祝いなんてしてないのに、なぜ第一王子の婚約者のパーティーを?
招待客の中にはそう訝しむ者もいるだろう。だがその理由は今に分かる。
会場に目を向けると、着飾った貴族達の中イザベラの姿を見つけた。体のラインを強調する露出多めのドレスを着たイザベラはとても妖艶で、その色香に惑わされた男どもが羽虫のように群がっている。
元公爵夫人があれではセルバンテス家の品位が疑われるな。いや、品位も何も今更関係ないか……
どうせすぐにセルバンテス家は終わりを迎えるのだから。
あからさまに見すぎただろうか。
俺の視線に気づいたイザベラが不敵な笑みを浮かべて近づいてきた。本当は愛想笑いすらしたくないが、人目もあるので仕方ない。
「アイザック、久しぶりねぇ」
「えぇ、お久しぶりです、イザベラ様」
「あら、他人行儀だこと。昔みたいにお義母様って呼んでくれても構わないのよ」
ははっ。殴りてぇ〜!
家から追い出しておいて何が義母だ。絡みつくような甘い声に言いようのない怒りがわいてくる。
「ねぇアイザック、スピカにはもう会ったかしら?」
「いえ、まだです」
「そう。じゃああの子に会ったらしっかり祝ってやってちょうだい。なんせ今日はあの子の成人の祝いですもの」
「……本当にめでたい日ですね」
なんせお前らが地獄に落ちる日なのだから。
笑い出しそうになるのをこらえ、最上級の作り笑いをしてみせる。それに対するイザベラの胡散臭い作り笑いもなかなかに美しい。
貴族社会では当たり前のこういった上辺だけ取り繕うやりとりが面倒で、最近は滅多に夜会に顔を出すこともなかった。そのせいもありイザベラと離れてからやたらと声をかけられる。
王都から離れた地とはいえ、辺境伯領は王都に継ぐ大都市。しかも他国との戦で歴史上何度も国境を守り抜いた辺境伯家にはそれなりの権限も与えられている。おかげで若くして家督を継いだ俺に娘をどうかと縁談をもちかけてくる貴族は多い。
それだけでも煩わしいのに、俺の見た目に惹かれた若い令嬢が近寄ってきてはダンスに誘って欲しそうにしてくる。無碍にして自らの評判を落とす気はないが、腹の中に何を隠しているのか分からない彼女達に作り笑いを向け続けるのは苦行でしかない。
愛想笑いで顔の筋肉が引き攣りそうになった頃、バーナードとスピカの会場入りを知らせる声が響いた。
異様としか言えないほどの静寂。まるで時が止まったかのように誰一人動かない。全ての者が息をとめ、ただ一人を見つめている。
皆の視線の先にいるのはバーナードと腕を組み、清らかな微笑みを浮かべるスピカ。その美しさはこの4年間憎み続けた俺ですら一瞬見惚れてしまったほど。本当に昔と変わらず、いや、昔以上に美しい。
バーナードと婚約してからのスピカの評判は、はっきり言って最悪だ。昔から突飛な振る舞いで評判が良くなかったところに派手な男遊びまで加わったのだから当然だろう。それ以外にも金遣いが荒いだの、使用人に対する虐待疑惑だの悪評は尽きない。
だが実際こうやって美しい姿を見てしまえば悪い噂などすっかり頭から抜け落ちてしまうのか、人々のスピカに向ける瞳に軽蔑は一切ない。まるで神聖な物を見る眼差しで見つめる者のなんと多いことか!
「……本当に美しい」
「まるで女神のようじゃないか」
会場中が感嘆のため息で埋め尽くされる。
チっ。見た目に騙されやがって。
苦々しく思っているうちに、バーナードに続いて王太子とその婚約者も共に会場入りした。本日寝たきりの国王と、国王に軟禁状態にさせられている王妃は欠席だ。
さて、役者はそろった。ここから本当のパーティーが始まる。
バーナードが合図を送ると、招待客に扮して会場に紛れていた王宮騎士が動いた。イザベラはおとなしくしているが、第ニ王子は何やら喚いている。
突然の事に会場は大混乱。何事かと騒ぐ貴族を落ちつかせるように、バーナードの凛とした声が響き渡った。
まずはイザベラを捕縛した理由から。
国王の愛人として王宮に入り込み、高級官吏とも繋がり国庫の金に手をつけていたと罪状が読み上げられる。一年前にバーナードから聞いていた話より、さらに罪が重くなっているようだ。
最後まで凛とした姿のまま連行されるイザベラを見つめるスピカには、驚いている様子も悲しんでいる様子もない。ただただ無表情で自らの母親の背中を見つめている。
「何を言っているんだ? 俺が父上に毒を盛るわけがないだろう。証拠、証拠はあるのか?」
いつの間にか王太子の断罪が始まっていたらしい。
こうやって並んでいるところを見ると、やはりあまり似てないな。
バーナードとフィリップ。
二人の顔立ちが違うのは、きっとそれぞれが母親似だからだろう。バーナードは柔らかな雰囲気を持つ美形で、フィリップはキツイ印象を与える美形。二人の共通点は父である国王陛下と同じ金髪くらいだろうか。
金色に輝く美しい髪にサファイアのような瞳を持つ国王は類い稀なる美形で、国王に一目惚れした他国の王女が国の力関係を利用して無理矢理王妃におさまったくらいだ。
中でも際立って美しいのは国王の瞳。『王家の青玉』と呼ばれる青い瞳は、王家の中でも特に愛された妃の子にだけ発現すると言われている。
残念ながら二人の王子は王家の青玉を有してはおらず、バーナードは薄紫、フィリップは茶褐色の瞳だ。
「証拠? それなら揃っているよ」
バーナードはそう言って、小瓶と数枚の紙を取り出した。それを見た王太子の顔色が明らかに変わった。
「な、なんで……それが……」
王太子が目を見開いてスピカを見る。
「スピカ……お前、裏切ったな?」
「一体何をおっしゃっているのですか?」
何のことかさっぱり分からないという表情でスピカが首を傾げた。
「俺はお前のために……お前が王妃になりたいと言ったから俺は……」
「ええ。確かに言いました。ですがそれはあなたではなくバーナード殿下に王位を継いで欲しいという意味ですよ。そうすれば婚約者の私が王妃になるチャンスもあったのに……」
口元に柔らかな笑みを浮かべたままスピカがバーナードを見た。対するバーナードは無表情。何の感情も読み取れない瞳でスピカを見つめている。
「……スピカ、残念ながら君が王妃になることはない」
バーナードが皆に向け声を上げた。
「皆、よく聞け。罪を犯したフィリップに代わり、今後は第一王子である私、バーナードが王太子として国を導く。それに伴いスピカ セルバンテスとの婚約を破棄し、フィリップの婚約者であったダイナス公爵家のキャメロット嬢を婚約者とする」
バーナードの手をとり隣に並び立つキャメロット。会場内は驚きと歓声に包まれた。
さて、スピカはどうするか? 泣き喚くか、怒鳴り散らすか、はたまた縋り付くのか?
どれであっても俺にとって最高の娯楽に変わりない。そう思っていたのに……
スピカの態度は俺の期待とは全く違っていた。
「バーナード様、キャメロット様、ご婚約おめでとうございます」
優雅な仕草で礼をとったスピカはとても穏やかに微笑んでいた。
「スピカ、お前の母が国庫から横領した金はセルバンテス公爵家が返済する義務がある」
「了承しております。ですが現在セルバンテス家には全てを返済できるだけの蓄えがございません。ですので領地ならびに爵位を返上してお返ししたいと思っております」
どよめきが起きた。
「それでも返し切れないものは、そうですね……どなたかに私を買っていただいてお支払いしましょうか。こんなにたくさんの方がいるのですから、平民になった私でも愛人として迎えてくださる方がお一人くらいいらっしゃるでしょう?」
なっ!?
一段と大きなどよめきで会場が揺れた。
「スピカ……」
バーナードが眉間に手を当てため息をついた。元婚約者の言葉に頭を痛めているのが見てとれる。
だが、頭痛の種のスピカは自分の発言の重大さなんて分かっていないかのように、楽しげな笑みを浮かべている。
「スピカ……爵位の返還はこちらで進めさせてもらうが、愛人うんぬんについては全てが片付いてからにしてもらおう」
「そうですね。借金の残額が分からなければ、私をいくらで買ってもらう必要があるのか分かりませんものね」
「もういい!」
バーナードがスピカに黙れと手で合図した。
「スピカ、全てが片付くまでお前の身柄はワイドハイン辺境伯預かりとする。しばらく辺境伯領の城塞内で大人しくしていろ」
はっ?
周りの視線が一斉にこちらへ向いた。傍観者が当事者になった瞬間だった。




