↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の決闘がまんま相撲だったので、元大関の俺が全戦全勝で成り上がる 〜ヤンデレ巫女が次々と強敵を連れてくるけど、全部押し出します〜  作者: 大家阿半
第1巻「空から落ちた大関」 第四章「清めの巫女」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/26

第25話 清めの巫女

◆エステル


 わたくしは今日も神さまの沈黙を清めに行く。


 聖堂の馬車はよく揺れる。向かいの席では老審司のホルストさまが居眠りをしている。白い髭が寝息に合わせて揺れていた。


 膝の上には神土の袋が三つ。聖堂の裏山から掘り出した白い土だ。袋の口からこぼれた土が、白い衣の裾についている。


 清めの巫女になって七年。戟環を清めた数はもう覚えていない。三百か。四百か。


 わたくしは王都の下町の生まれだ。父の顔は知らない。母は洗濯女で、わたくしが幼い冬に流行り病で死んだ。身寄りのない子どもは聖堂が引き取る。それがこの国の決まりだ。


 聖堂に来て最初に覚えたのは祈りの言葉だった。次に覚えたのは聖語の発音だった。わたくしは聖語を覚えるのが誰よりも早かった。舌のよく回る子だと、老巫女さまに褒められた。


 聖堂の書庫には、始祖の時代の絵が一枚だけ残っている。扇の形の髷を結った巨人が、円の中で片足を高く上げている絵。幼いわたくしは、その絵の前で何時間も過ごした。


 清めの巫女に選ばれた日、わたくしは神さまに会えると思っていた。


 やることはいつも同じだ。


 聖堂から運んだ神土を戟環に敷く。塩を撒く。祝詞を唱える。土俵律の一節を読み上げて結界を張る。すると戟環の縁に淡い光の線が浮かぶ。結界が張られた証だ。


 それだけ。


 結界は張られる。けれどそこにいるはずの神さまは一度も応えたことがない。


 清めのたびに、わたくしは心の中で問いかけた。神さま、いらっしゃいますか。わたくしの声が聞こえますか。


 答えは一度もなかった。光の線は張られる。けれどそれは土俵律の言葉が持つ力なのだと、聖堂の学者たちは言う。神さまの声ではないと。


 三年目の冬、わたくしは問いかけるのをやめた。それからはただ手順をなぞった。


 わたくしが清めた戟環で、何百人もの戟士が取ってきた。勝った者は神さまに感謝し、負けた者は神さまを恨んだ。どちらも、神さまが見ていると信じていた。わたくしだけが、信じていなかった。


 先輩の巫女たちは言う。神さまは応えないものだと。応えないからこそわたくしたちは祈り続けるのだと。


 わたくしはそれを信じられない。


 応えない神さまに捧げる祈りはただの作業だ。


 それでもわたくしは巫女をやめなかった。ほかに行く場所がなかったからだ。わたくしは聖堂の誰よりも丁寧に戟環を清める。そう言われてきた。丁寧にするのは、ほかにすることがないからだ。


「……ん。着いたかね、エステル」


「まだです、ホルストさま。あと半刻ほど」


「そうか。……郷戟だったな。ツチフミとベッカの」


「はい。水利の争いです。四年続けて同じ争点で」


「ああ、あそこか。毎年ベッカの大男が勝つ」


 ホルストさまは欠伸をした。


 ホルストさまは三十年審司を務めてきた方だ。数えきれない一番を裁いてきた。その目に驚きが浮かぶのを、わたくしは見たことがない。


「去年も裁いたがね。立ち合いからあっという間だった。今年も同じだろう」


 去年、わたくしは別の村の戟環を清めていた。この河原に来るのは初めてだ。


「今年は、ツチフミが代表を替えたそうですよ」


「ほう」


「出張所で揉めていました。余所者だとかで。籍帳に名を載せて片がついたそうです」


「余所者ねえ。どこぞの流れ者か」


「川から拾われた大男だそうです」


「川から?」


「ええ。最初の日は、頭に扇の形の髷を結っていたとか」


 ホルストさまが眉を上げた。それからまた目を閉じた。


 扇の形の髷。書庫の絵が頭をよぎった。けれど、まさか。そんなことがあるはずがない。


「まあいい。誰が出ても同じことだ。わしは神配を上げ、あんたは土を清める。それだけさ」


「……はい」


「お前さんは真面目すぎるな、エステル。神さまに会いたいなんぞ、巫女の言うことじゃない」


 目を閉じたまま、ホルストさまが言った。この方には一度だけ、その話をしたことがある。


「……心得ております」


 それだけ。


 そう。それだけだ。


 窓の外に乾いた畑が広がっていた。


 この辺りは日照りがひどいと聞いた。畑の半分が茶色く枯れている。それでも遠くには青々とした畑も見える。川の上流のベッカ村だ。


 同じ空の下なのに水があるかないかでこんなにも違う。


 道端で痩せた子どもたちが馬車に手を振っていた。ツチフミの子どもたちだろう。


 その水を裸戟の一番が決める。神さまの名において。


 わたくしが清めた戟環の上で。


(神さまは、この景色を見ているのかしら)


 見ていないのだろう。見ているならとっくに何か言っているはずだ。


 馬車が止まった。


 両村の境の河原。郷戟の戟環はここに築かれる。


 降りるとすでに人が集まっていた。ベッカの村人とツチフミの村人。互いに距離を取って睨み合っている。


 ツチフミの人々の中に、亜麻色の髪の美しい娘がいた。籠を抱えて、心配そうに河原の向こうを見ている。


 その真ん中に盛り土が築かれていた。まだ清められていないただの土の円だ。


「巫女さま! お待ちしておりました!」


 小太りの男が揉み手をしながら駆け寄ってきた。ベッカの村長だろう。わたくしは聖堂で教わったとおりの笑みを浮かべた。


「清めは明日の朝に行います。今日は土の検めを」


「は、はい! どうぞどうぞ!」


「巫女さま、長旅でお疲れでしょう。宿にはベッカでいちばんの部屋を……。巫女さまのお美しさは、ベッカでも評判でございまして」


「お気遣いなく。聖堂の天幕で休みます」


 ベッカの村長は、少しだけつまらなそうな顔をした。


 盛り土に近づいてしゃがみ込んだ。土を一つまみ指に取る。


 乾いた土。神土ではない。神土は明日わたくしが敷く。


 土は痩せていた。乾いて、白っぽく粉を吹いている。この土地がどれほど水に飢えているか、指先だけで分かった。


 その時だった。


 どすん。


 足の裏に震えが来た。


 地鳴りではない。地震でもない。誰かが、土を踏んだのだ。


 土が微かに跳ねた。


 顔を上げた。


 河原の向こう。ツチフミの人々の後ろで一人の大男が片足を高く上げていた。


 遠目にも分かる大きな体。頭の上には小さく束ねた髷が乗っている。


 どすん。


 また来た。


 足の裏から胸の奥へ。指先の土くれがわたくしの指の上でかすかに転がった。


 指先がしびれた。耳の奥で、鈴のような音が鳴った気がした。


(……今のは)


 片足を上げるあの姿。書庫の絵が、また頭をよぎった。


 清める前の土が震えた。


 神さまのいないただの土が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。