第21話 地踏みの舞
◆バルド
わしがこの舞を覚えたのは六つの時じゃった。
爺さまに手を引かれて広場の輪に入った。見よう見まねで足を上げた。爺さまもまたその爺さまから習ったという。そのまた爺さまも。ずっとずっと昔から。
「ほれ、もっと高く上げんか。足の裏をお天道さまに見せるんじゃ」
「爺さま、無理だよ。転んじまう」
「転んでもええ。地を鎮めるには、高く上げて、重く踏むんじゃ」
あの頃の爺さまの声が今も耳に残っておる。
あの頃の舞は今よりずっと大きかった。輪には村の男が五十人も並んだ。足音が地鳴りのように重なって、子どもだったわしの腹の底まで響いた。舞の最後には、いちばん踏みの重い男が輪の真ん中に出て、一人で地を踏んだ。それがわしの爺さまじゃった。
「この舞は、見せるためのもんじゃない。地に聞かせるためのもんじゃ」
爺さまはよくそう言うておった。
収穫祭まであと二十日。広場では若い衆が輪になって舞の稽古をしておる。わしは切り株に腰かけて杖で拍子を取るのが役目じゃ。
わしの膝はもう上がらん。二十年前に上がらなくなった。それからはこうして杖で拍子を取るだけになった。
夕方の広場には、畑仕事を終えた若い衆が集まってくる。今年は人が少ない。村を出ていった家の倅たちの分だけ、輪が小さくなった。
とん。とん。とん。
若い衆の足が地を踏む。
軽い。軽すぎる。あれでは土埃も立たん。
「ほれ、ペーター。膝が伸びとる」
「ハンス、足の裏を見せんか。お天道さまにじゃ」
「ウド、目をつぶるな」
「つぶってねえよ、爺さま。眩しいだけだ」
若い衆は口をとがらせながらも足を上げる。妙なことに、臆病者のウドだけは誰よりも高く足が上がる。体が柔らかいのじゃ。踏み下ろす音は、やっぱり軽いが。
まあ仕方のないことじゃ。わしも若い頃はああじゃった。この舞の本当の形を知る者はもう誰もおらん。言い伝えに残っておるのは一節だけじゃ。
巨人の足は地を鳴らし
鳴った地は荒れを鎮める
荒れ、とは何のことか。日照りのことか、戦のことか。爺さまにも分からんと言うておった。ただこの村の者は、地が鳴れば荒れが収まると信じて、何代も足を上げてきたのじゃ。
地を鳴らすほど踏める者などわしは見たことがない。
「……バルドさん」
声をかけられて顔を上げた。
あの大男が立っておった。リネが川で拾うてきた男じゃ。アサヒと呼ばれておる。
近くで見るとやはり大きい。だが大きさよりも、立ち方に目が行った。両足の裏がぴたりと地面に吸いついておる。年寄りの目でも分かる。あれは地を知っておる者の立ち方じゃ。
若い衆の舞をじっと見ておる。その顔が妙じゃった。懐かしいものを見るような。泣き出しそうな。
顔ではなかった。大男が見ておるのは若い衆の足じゃった。踏み下ろす足の、裏を見ておる。
「なんじゃ、お前さん。舞に興味があるのか」
「この舞は、いつから」
「さあのう。わしの爺さまの爺さまの、そのまた爺さまの頃からじゃ。白き巨人さまがお伝えになったと言われておる」
「白き巨人……」
大男の目がわしの顔に向いた。
思い出した。川で見つけた日。こやつの頭に結われておった扇の形の髷。言い伝えの白き巨人さまと同じ形の。
「お前さんも、踊ってみるかね」
冗談のつもりじゃった。
だが大男は黙ってうなずいた。草履を脱いで輪の中に入っていく。
若い衆が手を止めた。
「お、アサヒさんが踊るのか」
「この間のあれ、見たか? 三人まとめて……」
「しっ。始まるぞ」
大男が足を開いて腰を落とした。両手を膝に置く。ゆっくりと右足を持ち上げる。
高い。
若い衆の誰よりも。いやわしがこれまで見た誰よりも高く。足の裏が本当に天を向いておる。
ぴたりと止まった。
片足で立つ巨体が少しも揺れん。まるで地面から生えた木のようじゃった。
若い衆が息を呑む音が聞こえた。わしも、息をするのを忘れておった。
そして。
どおん。
地が鳴った。
わしの尻の下の切り株まで震えた。足元から腹の底へ重い響きが這い上がってくる。広場の土埃が一斉に舞い上がった。
広場の端で遊んでいた子どもたちが動きを止めた。洗濯物を取り込んでいた女たちが手を止めた。
やがて広場の外からも人が集まってきた。
リネの姿もあった。籠を抱えたまま、口を開けて立ち尽くしておった。
左。
どおん。
若い衆が誰ひとり声を出さん。
わしは杖を握りしめた。手が震えておった。
巨人の足は地を鳴らし。
今、鳴った。
八十年生きてきて初めてわしは地が鳴るのを聞いた。
いや、違う。一度だけ、聞いたような気がする。六つの時、爺さまが輪の真ん中で踏んだ時。あれに少しだけ似ておった。じゃが、これはあれの何倍も重い。
「すげえ……」
「地面が揺れたぞ」
若い衆が口々につぶやく。
「……お前さん」
声がかすれた。
「その足、どこで覚えた」
大男が足を下ろしてこちらを向いた。額に汗が光っておる。
「俺の国で。毎朝、何年も」
毎朝。何年も。爺さまも毎朝、夜明け前に裏山で足を踏んでおった。誰に見せるでもなく。
「お前さんの国では、皆がそうして踏むのか」
「俺たちのような者だけです。四股、と呼んでいます」
「しこ……」
知らん言葉じゃった。
なのに胸の奥がざわついた。遠い昔にどこかで聞いたことがあるような気がした。
「地面を踏んで、土地を清める意味もあるんです。悪いものを踏みつけて、鎮める」
鎮める。
巨人の足は地を鳴らし。鳴った地は荒れを鎮める。
八十年解けなかった謎が、目の前の大男の一言でほどけていく気がした。
爺さまの声が耳の奥でよみがえった。
いつか、地を鳴らす者が来る。その時は、祠へ連れていけ。
六つのわしには何のことか分からなかった。八十年、忘れたことはなかった。
「爺さま。今のが、本当の舞なのか」
ペーターがおそるおそる聞いた。
「そうじゃ。わしが六つの時に見たものより、まだ重い。……これが、本当の地踏みじゃ」
「お、俺にも、あんなふうに踏めるかな」
ウドがおずおずと言った。大男がウドのほうを向いた。
「踏める。お前の足は、誰よりよく上がってる」
ウドの顔がぱっと赤くなった。
「アサヒさん、俺たちにも教えてくれ」
「明日の朝、樫の木の下に来い。五百回からだ」
「ご、五百!?」
若い衆の悲鳴が広場に響いた。
わしは杖を突いて立ち上がった。笑う膝を堪えて。
日は山の端に沈みかけておった。広場に長い影が伸びておる。
「ついて来なされ」
「え?」
「見せたいものがある。この村の、いちばん古いものじゃ」




