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異世界の決闘がまんま相撲だったので、元大関の俺が全戦全勝で成り上がる 〜ヤンデレ巫女が次々と強敵を連れてくるけど、全部押し出します〜  作者: 大家阿半
第1巻「空から落ちた大関」 第二章「裸戟」

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12/24

第12話 腰の高い相撲

◆朝日富士


 あれは相撲じゃない。


 ヨハンの肩を確かめながら俺はずっとそう考えていた。


 立ち合いがない。呼吸を合わせるという考えそのものがない。


 腰が高い。仕切りもせずに棒立ちで受ける。腕の力だけで放り投げる。あの体格とあの腕力なら素人相手にはそれで足りるのだろう。


(序ノ口の一番相撲でも、あれは通じない)


 足腰が軽すぎる。下から一発当てればあの大きな体は簡単に浮く。


 それだけじゃない。ヨハンを投げた時、ボルグは帯をつかんだ右手一本で振り回していた。左手は遊んでいた。踏み込んだ足も一歩だけ。腰はまるで回っていない。


 あれは相撲の投げじゃない。薪を放り投げるのと同じだ。力があり余っているから、技がいらなかったのだろう。


 強い相手とぶつかったことがない体だ。押し返された経験がない。だから押し返された時にどう踏ん張ればいいのかを知らない。


 そういう相手を、俺は序ノ口の頃に何人も見てきた。体の大きな新弟子ほど最初の一年でつまずく。力だけで勝ってきた体は、一度崩れると立て直し方が分からないのだ。


「ツチフミの別嬪じゃねえか。久しぶりだな、リネ」


 頭の上で声がした。


 顔を上げるとボルグがリネの前に立ちはだかっていた。


「……お久しぶりです」


「聞いたぜ。今年は戟申しも出さねえんだってな」


「まだ決まってません」


「決まったようなもんだろ。で、どうだ。いい加減うちの村に嫁に来ねえか」


 リネの顔から血の気が引いた。


「お断りします」


「つれねえなあ。ベッカに来りゃ水は飲み放題だぞ。干からびた村で親父と腕の折れた兄貴の世話をするより、よっぽどいいだろうが」


「兄さんの腕を折ったのは、あなたです」


「勝手に折れたんだよ」


 ボルグは笑ってリネの手首をつかんだ。


「なあ、いいだろ」


「離してください!」


 俺はヨハンをそっと地面に寝かせた。


 立ち上がる。三歩。リネとボルグの間に体を入れた。


「その手を、離してくれないか」


「あ?」


 ボルグが俺を見下ろした。


 でかい。二メートル近いだろう。肩幅も胸の厚みも大したものだ。


 だが見上げるのには慣れている。土俵の上では俺より大きい相手のほうがずっと多かった。


 二メートルの外国出身の関取にも、二百キロの巨漢にも当たってきた。大きい相手ほど、懐は深いが足元は遠い。


「誰だてめえ」


「ツチフミ村の世話になってる者だ」


 人垣がざわめいた。ボルグに口答えする人間を初めて見たという顔ばかりだった。


「……ああ。てめえが川で拾われたデブか」


 ボルグがリネの手首を離した。代わりにその手を俺の胸に当てる。


「どけよ」


 押してきた。片手で軽く。邪魔な荷物を払いのけるときの押し方だ。


 俺は動かなかった。


「……あ?」


 ボルグの顔から笑いが消えた。今度は両手で押してくる。肩に力がこもっているのが分かる。


 それでも動かない。動く理由がない。


 あの押し方は腕だけだ。腰が乗っていない。重心は踵の上にある。


 俺は右手をそっとボルグの左肘の下に添えた。下から。軽く。押し上げるのではない。添えて締めるだけだ。


「っ……!?」


 ボルグの腕から力が抜けた。肘が浮いて押す力が逃げていく。


 ボルグが一歩下がった。自分で下がったのか下がらされたのか分からない顔をしていた。


「おい、今ボルグが下がったぞ」


「押し負けたのか?」


「まさか。自分から離れたんだろ」


 人垣がざわめいた。


「……てめえ、今なにしやがった」


「何も。立ってただけだ」


 嘘ではない。おっつけというのは本来そういうものだ。


 相手の肘の下に手を添えて、腕の力を外へ逃がす。力の強い相手ほどよく効く。序ノ口の稽古場で最初に叩き込まれる技の一つだ。


「上等じゃねえか。円に入れ。興戟で白黒つけようぜ」


 ボルグが顎で円をしゃくった。


 人垣が一斉にこちらを見る。審司の老人まで身を乗り出していた。


 俺は円を見た。


 地面に白い粉で引かれただけの円だ。土俵とは似ても似つかない。それでもその線を見ると体の奥が熱くなる。


 取りたい。


 正直に言えば今すぐにでも取りたい。


 体の奥で何かが疼いている。この世界に来てから、まだ一度も本気で誰かとぶつかっていない。


「断る」


「……は?」


「相撲は喧嘩の道具じゃない」


 親方に叩き込まれた言葉だった。土俵の外で拳を使った力士は、土俵に上がる資格を失う。腹が立っても、殴りたくても、土俵の外では頭を下げろ。


 ボルグがぽかんと口を開けた。


 俺はヨハンを背負い直してリネに声をかけた。


「帰ろう、リネ。日が暮れる」


「は、はい」


 背中にボルグの怒鳴り声が飛んできた。逃げるのか。デブ。腰抜け。いろいろ言っていたが振り返らなかった。


 腰抜けと呼ばれるのは久しぶりだった。序二段に落ちた頃は毎日のように陰で言われていた。元大関のくせに。膝の壊れた見世物。あの頃に比べれば、面と向かって怒鳴られるほうがずっとましだ。


「あの、アサヒさん……俺、歩けます」


 背中でヨハンが言った。


「黙って背負われとけ。肩を冷やすな」


「……はい」


 ヨハンの体は熱かった。肩は打っただけで骨は無事だ。だが今夜は腫れるだろう。


 市を出てしばらく歩いたところでリネがぽつりと言った。


「……アサヒさん」


「ん」


「怖くなかったんですか」


「全然」


「どうして」


「あいつの腰が、高かったからな」


 リネはきょとんとした。それから小さく吹き出した。


「なんですか、それ」


「大事なことなんだぞ」


「ふふっ。……ありがとうございました」


 リネは前を向いたまま俺の袖を少しだけつまんだ。


「でも、郷戟には出られません。父さんが決めたら、もう」


「……そうだな」


 しばらく黙って歩いた。夕焼けが二人の影を長く伸ばしていた。


「……兄さんの腕が折れた日のこと、話してもいいですか」


「ああ」


「兄さんは、去年の郷戟に自分から名乗り出たんです。村でいちばん力が強いのは自分だからって。父さんは止めなかった。私も止めなかった。兄さんなら勝てるって、本気で思ってたんです」


 リネの声が少しだけ震えた。


「立ち合いで兄さんがぶつかって、ボルグは一歩も下がらなくて。帯をつかまれて振り回されて、地面に叩きつけられて。その上にボルグが落ちてきて……骨の鳴る音が、河原じゅうに聞こえました」


「……」


「兄さんは泣かなかった。あの日の夜も、次の日も。代わりに、裸戟の話を一切しなくなりました」


 リネは前を向いたまま言った。


「だから、怖いんです。誰かがまた、あの円の中で壊されるのが」


 俺は何も言えなかった。大丈夫だとも、勝てるとも言えなかった。今それを口にするのは、ただの慰めにしかならない気がした。


「リネ」


「はい」


「話してくれて、ありがとう」


 リネは小さくうなずいた。袖をつまむ指に、少しだけ力がこもった。


 背中のヨハンが小さく呻いた。


 夕焼けの道の向こうに干からびかけたツチフミの畑が見えていた。

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