ウォールフラワーで婚約破棄
「では婚約破棄を受理します」
「待ってくれ!許してくれぇぇぇ」
貴族の男は元婚約者の女性にすがりつくが、使用人達に取り押さえられる。
カインと領主は顔を見合せた。
時は1週間前に遡る。
「すまない、私が別宅で療養している間に、お前が追い出されるなんて」
前髪がくせ毛でグルングルンしている領主は、カインにひたすら平謝りした。
「私は大丈夫だったのでお気になさらないでください、領主様」
「ありがとう、カイン。
……それでだな、さっそく相談があるんだが」
カインは少し嫌な予感がしたが、断れなかった。
連れてこられた場所は、貴族の家だった。
「ですから!私は平民の彼女と婚約するんです!」
先ほどから貴族の男が喚いている。
「この1年ずっとこうみたいでな。
この方の婚約相手の女性は、私の遠縁でな。
なんとかして目を覚まさせてほしいと依頼を受けた」
領主はそう言いながら困り顔をした。
「はぁ……私はお役に立つでしょうか」
「ああ。今から彼が言うことに、思ったことで返してくれ」
領主がうなずき、貴族の男はドカッとソファーに座った。
「婚約破棄を相手に申し上げたら、君に相談するようにと言われた。
庭師のカインとは君かい」
「はい」
「俺の相談とは、婚約のことだ。
実は、ある平民の女性と恋に落ちてな。
身分違いの恋だが……なんとしても一緒にいたいと思った。
だが、今の俺の婚約を破棄しようとすると、父上が怒る。
それを聞いた平民の彼女が、俺と一緒になるためならあの大きな城壁さえも超えてみせると言うんだ。
でもそんなことしたら、死ぬ可能性だってある。
ウォールフラワーは、庭師の君なら知ってるよね。
このままでは、彼女はあの城壁に咲く花の、紅のような血を流すことになる。
私は怪我をしてほしくない。
これを理由に、婚約破棄しようと思うんだが、どうだい?
君の率直な意見が聞きたい」
「……難しいと思います」
「やっぱりそうだよな……」
「それと、ウォールフラワーの花の逸話を理由に、婚約破棄の話をするのはどうかと」
「ああそうだな……うん……?ウォールフラワーの逸話?」
「許されぬ恋をした2人が、
逃避行中に女が城壁から落ちて、
それからというもの女の血が落ちた場所から赤い花が咲いた……という話です。
色々なバージョンがありますが、大抵は女が転落して血を流してますね」
「そう……か……」
それ以降、貴族の男は平民の女との逢瀬をやめ、婚約破棄も言わなくなったらしい。
だが時すでに遅し。
1週間後、カインと領主は立会人として教会に呼び出された。
「私、隣国の貴族の方に見初められましたの。
あなたとの婚約を破棄いたします。
前々から言っていた平民とご結婚なされば?」
「ま、待ってくれ!俺は、平民と恋をする自分が特別な気がしていたんだ!
だが似たような話があると知って、目が覚めたんだ!」
「もう少し早く目が覚めたらよかったんだがな」
「ち、父上」
「そんなに平民に熱をあげるなら、好きにしろ。
家督はお前ではなく次男に譲る」
「そんなぁ!」
「少しでも援助してほしいなら書類にサインしろ」
「う、うう……」
貴族の男は自分の父親に従い、ワナワナしながらサインした。
「では婚約破棄を受理します」
無慈悲に神父は書類を受け取る。
「待ってくれ!許してくれぇぇぇ」
貴族の男は未練がましく元婚約者の女性にすがりつくが、使用人達に取り押さえられる。
カインと領主は顔を見合せた。
「ありがとうございましたわカイン様。
私、どうしても隣国の方と結婚したかったんですの。
あの方の手を煩わせたくなくて、
私から婚約破棄するまで、なんとか間を持たせたかったんです。
これで、未来の旦那様に恥じぬ姿になりましたわ。
お礼は土と我が領地の花の種ですよね?
後で届けさせます」
「そうですか……」
ルンルンで歩く貴族の女性の後ろ姿を見ながら、領主とともに唖然とする。
帰り道、教会近くの城に、ウォールフラワーが咲いているのをカインは発見した。
『鮮血の赤、とか言われるけど、僕はこの花の赤が好きだ』
18のころ、しみじみと祖母にそう言ったことがある。
すると祖母は泣き出した。
どうしたの、と慌てて聞くと祖母は目から涙をたくさん流して言うのだ。
『私は、お前に魔植物や花のことしか教えてやれなかった。
私が生き残るために教えられることは、それだけだったから。
魔人を1人残らずぶち殺してくれとは言わない。
願わくば、お前がずっと花を好きでいてほしい』
その一週間後、祖母は老衰で死んだ。
歳を取ればとるほど、宮廷庭師だった祖母の技術や知識が、いかに卓越していたかわかる。
祖母を越えられない自分に歯がゆい時もある。
それでも。
(好きだから、続けている。
花も、魔植物の品種改良も)
しみじみとカインはそう思った。
カインは祖母や父のような、才能はなかった。
だからこそ魔人たちは忘れていた。
かつて自分達を全滅寸前まで陥れた宮廷庭師の存在を。
そして、その技術を受け継ぎ、日々学び続けているカインを。
イギリスのウォールフラワーの逸話を元に書きました




