チューリップで破産した男の話
「俺の!俺の家が!なくなったぁ」
髭面の男は泣き崩れた。
手には、赤と白のまだら模様のチューリップがある。
「損失が少なかっただけマシです。」
かつて王宮から追放された宮廷庭師の弟子が、フォローする。
時は3ヶ月前。
「王宮庭師だったあなたの祖母が、権力争いに巻き込まれ、この地に追放された。
申し訳ないが、この地も今日から私が管理させてもらうよ」
髭面の男は、ニタニタ笑った。
カインは念を押す。
「それは構いませんが、対魔人用の魔植物は植えたままにしてください。
出ないと、魔人達がすぐにこの地を襲う」
「それはもちろん!
あなたが品種改良したチューリップ達も、大切にするさ」
引継ぎが終わると、カインはそのまま次の就業場所へと歩いていった。
髭面の男は満面の笑みを浮かべる。
(金で領民や貴族、役人に物言わせただけある。
やっとあの男を追い出せた。
さぁて、土壌はできてるんだ、後は稼ぐだけだ)
男が考えた通り、その後は栽培したチューリップがバカ売れした。
貴族に根回しし、栽培したチューリップを若い貴婦人に身につけてもらった効果もあるが、
珍しい柄の赤と白のチューリップ「まだら模様のチューリップ」を売ったことが売上アップの秘訣だった。
前任者のカインと昔から仕事をしていた領民は売らないようにと騒いだが、うるさかったのでその領民は別の場所へ移住させた。
「幻のチューリップ、まだら模様のチューリップ入荷したよ!」
「めずらしい!俺にくれ!」
「まだら模様なんて素敵。私にも頂戴!」
まだら模様のチューリップは価格が高騰していき、ついには領民の女性が嫁入りする際の持参金代わりにもなった。
「まだら模様のチューリップのおかげで豪邸が買えた。よかったよかった」
髭面の男は喜んだが、悲劇は起きた。
まだら模様のチューリップがあった場所に植えた球根が、次々にダメになったのである。
魔法で発育を早めた副反応かと思ったが、その頃には全滅していた。
さらにはチューリップを担当する領民の間で、皮膚炎を訴える者が増えた。
「あんたが儲かるからって言うから、チューリップの栽培に手を貸したのに、どうしてくれる!これじゃ痒くてしょうがない」
「まだら模様のチューリップがなければ、前みたいな贅沢できないじゃない!」
「うぐぐ……」
ついには男の豪邸を手放さなければ、ほかの花の栽培まで苦しい状態になった。
「お久しぶりです。大丈夫ですか?」
「カイン殿!」
花達が心配で様子を見に来たカインが、ちょうど訪れたのだ。
髭をシオシオさせながら、洗いざらい吐いてすがりついた。
「どうすればいいんでしょう!!カイン殿」
「……このチューリップは貴重なんかじゃない。病気になっているんです」
「え……?」
「同じ場所に続けて植えると生育が悪くなって、病気になりやすいんです。
それと、チューリップの球根は毒があるので、皮膚炎になりやすい。
今すぐ大規模栽培をやめてください」
そんなことをほかの地へ移住させた領民が言っていたような気がするが、今はそれどころではなかった。
「縞模様のチューリップがなくなったら、なにで稼げば」
「他の花もあるでしょう。以前のようにそれらを売れば、やっていけるはずです」
「でも豪邸が……」
「このままでは、生活すらままならなくなりますよ。」
カインの褐色の瞳に見つめられ、男はガックリとうなだれる。
結局、まだら模様のチューリップを育てられなくなった損失は、男の豪邸を売るしか手はなかった。
「俺の!俺の家が!なくなったぁ」
髭面の男は泣き崩れた。
手には、まだら模様のチューリップがある。
最終的には手のひらの中で、ぐしゃぐしゃと崩してしまった。
「損失が少なかっただけマシです。」
カインは黒髪を揺らし、男に立ち上がるように促す。
「今ある花を、育てましょう」
領民総出で、魔法で発育を早めたチューリップ達の花首を摘み取っていった。
「本当に、チューリップの花を摘んでいいんですか?」
髭面の男は恐る恐る聞く。
「ええ。球根のために必要な作業です」
カインはチューリップの花を摘みながら、思い出していた。
『 おばあ様、お花を摘んじゃチューリップが可哀想だよ』
『 カイン、これはチューリップのためなんだよ。
こうすると、球根が大きくなるんだ』
小さなカインを、祖母が諭す。
『 また、この場所を黄色や赤で彩ってくれるよ』
祖母が言った通り、この地は今年も赤や黄色のチューリップで彩られたな、と思った。
カインは思わずつぶやいた。
「チューリップの花言葉は名声だけど……
僕は、またこの光景を見られて本当によかった」
なお、髭面の男は懲りて、この領地からすぐに出ていったという。
カインはここでまた、暮らすことになった。
今日もこの地の魔植物達が、魔人を阻む。
オランダのチューリップ狂時代を元にお話を書きました。




