背に腹はかえられぬ
竹田は夜中、突如母に起こされることになった。
「義ちゃん起きて。避難指示が出たのよ」
「え?避難?」
「そう。なんだが川の水位が上がってるんだって」
吉俣市には、先程の沖川の他に小さな河川がある。沖川みたいな大規模な川が氾濫することは滅多にないが、小さな川は許容量が少ないため氾濫することがあるのである。
二人は下の階に降りて、ニュースをつけた。
「吉俣市、海苔町、赤川町、豆原市の一部地域では避難指示が発令されました。美山川が氾濫警戒水位に達したため、避難指示が発令されました。繰り返します、、」
ニュースでは青い枠の中でキャスターが同じ文言を読み上げ続ける。雨と風はとても酷く、家の中にまで吹き抜ける風が窓や換気扇をドンドンと音を鳴らす。
「近くの避難所は、小学校みたいね」
二人は簡易的な防災バックを持ち、カッパをつけ横なぶりの雨の中、小学校まで駆け込んだ。
「河川氾濫の危険があるため、体育館ではなく校舎の二階以上に入ってください」
入口に居た誘導の人の案内を元に、五年ぶりの校舎に入る。中は当時と変わっていることはなく、昔のままであった。
下の階の教室から開放され、そこに荷物を置く。外では雨風だけではなく、防災無線が甲高く響いていた。部屋の空気はシーンと静まり返っていた。
「ちょっとトイレに行ってくる」
竹田は母にそう告げ、教室を後にした。廊下では続々と、避難してきた人が入ってきていた。
「あれ?竹田君?」
竹田が振り返ると浅尾が居た。浅尾もどうやら避難してきたみたいだ。
「よかった。誰も知っている人が居ないし、不安で」
「クラスの他の人は?」
「多分中学校とかにも避難してるんじゃない?まぁ、あんなこともあったんだし、避難しに来てないのかもしれないけど」
あれからまだ一週間も経っていない。それにまた、今日も一週間を稼いできたところだった。
「じゃあ、私は家族のところに戻るね」
浅尾は、どこか不思議なところがある。自分の話をしたと思えば、すぐに打ち切ることもある。変わった人であった。
キャーー
一つ上の階で聞き覚えのある声の叫び声が聞こえた。竹田は急いで力を込め、階段を駆け上がった。
そこには20代ぐらいの男性と腕を掴まれた浅尾が居た。
「おい、何してるんだ」
竹田は咄嗟に男を呼び止め、浅尾の腕から男の手を剥がす。力が強かったのか、男は顔を顰めた。
「おい、お前誰だよ。この覆面野郎」
男は竹田の仮面を剥がそうとするが、竹田は右手で男の左手を掴み、お互い睨みつける展開となった。
竹田は力では優っていても、状況は不利であった。今までは目撃者が居なかったが、今では浅尾がいる。もしここでこの男を殺して仕舞えば、今までの事件で疑念を持たれることは必然である。ここはなんとかして、制圧する他なかった。
先に事を進めたのは男の方であった。男の右足を竹田の左足にかけ、竹田の足を奪う。下側に追い込まれた竹田は男の振り下ろす拳を受け止める他なかった。
竹田は右手を地面と垂直にして、思いっきり地面を押す。竹田は男の下から脱却し、状況はイーブンまでもつれ込んだ。
「うおおおおおおお」
男は自身の持つ力を全て攻撃に使った。その拳が竹田に届けば勝機はあった。竹田は距離を空けようと男の体を押す。その力は制御できていなかった。男の体はガラスを突き破り下へと落ちていく。鈍い音と共に、男がどうなったかは想像に容易かった。
竹田は一心不乱に逃げ出した。出来るだけ、この場所から離れる必要があった。大きな音は人を集め、男の死体も時期に見つかるだろう。何しろ仮面を付けていることを見られたことが問題である。竹田はトイレに駆け込み、個室の鍵を閉めた。
「タケッチ。流石プワ!けど今のは悪人ではなかったプワ」
そう、あの段階では未遂であった。だから今のは悪人とはカウントされない。竹田は命がもらえる訳でもなく、ただ自身の情報を明かしただけであった。
「まだ、まだ僕とはバレてない」
竹田はそう言い聞かせ、母の元へ戻った。
「何かさっき大きな音がしたけど、やっぱり風が強いのかしら」
「そうだね。何があったかは知らないんだけど」
しばらくすると、パトカーと救急車のサイレンが鳴り響いてくる。状況を知らない人からしたら対したことはないかもしれないが、竹田にとっては冷や汗が止まらない元凶となってしまった。




