総司令官と副司令官 3
二人の男達は悩んでいた。正確には言葉に出さずともお互いが悩んでいることを口に出さずとも知っていた。
若く美しい聖女二人は自分たちが一生かけてひっくり返っても手にできない高嶺の花。それにこの歳で恋しているのだと少しばかり自覚していた。
オスカー王子やパーカーたちはもしかしたら少しばかりその状況を理解していたかもしれないが、『自分たちのように煌びやかな、若い男でさえプロポーズを断られているんだ。君たちのような中年は論外だね』と最初から眼中に入れていないのがよく分かった。
ジェラルドに至っては『聖女様って本当に清らかだよな。こんな中年にまで親切なんだから』と小馬鹿にしていた。
だが、二人は意識すればするほど目で追いかける回数が増え、接触を断とうと思うほどに聖女達からの要望を聞きたくなる。
小さな約束を必ず守ってくれる彼女達を信頼していたのだ。
そして、ゲートが閉じた日。
絶望した二人の聖女を抱えて、申し訳なさと、これからもこの世界に残ることが決まったことに仄暗い喜びを感じてしまう。
オスカー達は聖女を抱え歩く総司令官達から二人を取り返そうと手を伸ばしたが、鋭い一瞥をくれてやり、遠ざけた。
どうせ、王宮に戻ったら彼らが寝台の側で手を握り、優しい言葉で癒すのだ。今くらいは自分たちに立場を譲れと強く思った。
二週間ほど姿を見せなかった聖女が最初に望んだのは隣町の神殿での祈りだった。
彼女達は神殿に行くと数時間は座り込みその場で神へと声をかけ続ける。
ジェラルドやパーカーは『神殿には僕たちは行けない。執務を手伝う時間が押しているんだ』と断ってきたらしい。
白凱討伐隊ではなく近衛が護衛でつくかどうかと話していると、聖女達がディケンズたちを指名してきたと聞いた時は喜びで頬が歪みそうになった。
もちろん引き受ける。
神殿に向かう馬車の周囲を赤凱の兵士で固め、四人で久しぶりに膝を突き合わせると結菜が話があると言い出した。
二人は顔を合わせると意を決した様に頷いた。
「実は私たちは皆様にお伝えしないといけないことがございまして」
「そうなんです。特に結菜が罪深いですね」
「いえいえ、この世界の基準でしたら聖奈も同罪なんですが」
と言えば
「え?罪?」
「同罪?」
と大柄な二人が目を見開く。聖女達は一体どのような罪を背負っているのだろうか。私たちが肩代わりできるのであれば名乗りでなければ!と意気込む。
結菜は席を立つと防音の魔法が馬車にかかっているかをそれは念入りに再度確認した。
そして徐にウィリアムの隣に滑り込むと耳打ちをした。
「私、今年で三十七歳になるんです」
「え゙!!!」
ウィリアムの彫りの深い顔から目玉が飛び出た。
聖奈がディケンズの手を握りニコッと微笑んだ。
「私、先月で二十八歳になりました。貴方の部下のマルコと同じ歳なんです」
マルコとは聖奈の馬を世話する兵士で十七歳で結婚し、五人の子供の父親である。
どう見ても聖奈より遥かに年上に見え、独身のディケンズより落ち着いた腹の出具合だ。
「そ…………それは神の国の年齢の数え方なのでは?」
「うーん、そんなにかわらないと思うのよ。誤差はあっても一年くらいじゃないかな?」
「私たち、この国から元の世界に帰るつもりでずっといたから、敢えて歳を言わなかったんだけど、理由は察してほしいのよね」結菜はペロリと舌を出して笑っている。
聖奈は「日本人って人種的に若く見られやすいのよ」と言い訳のような言葉を口にした。結菜は「誰も聞かないから態々言うのも違うかな〜って」と床に視線を落とす。
総司令官と副総司令官は呆気に取られた。
どう見ても二十歳前後の令嬢二人がよもやそんな年齢とは思わなかった。
「もしかして化粧の力で年齢を?」ディケンズが口を開くと結菜がその足をギュッと踏みつけた。
「努力の賜物と言って頂戴」
結菜の機嫌が猛烈に悪くなったのを感じながら、聖奈が言葉を引き継いだ。
「相談というのは私たちの今後のことよ。ディケンズ総司令官のご実家は商家も営んでいると聞いたわ。何か仕事をもらえたりはしないかしら?私たち王子達と結婚する気が本当にないのよ。特に結菜が」
「聖奈みたいな跳ねっ返りでも務まる仕事は隣国にないかしら?ウィリアムはお母様が隣国のご出身でしょう?」
結菜が瞳を潤ませ下から覗き込む。
どうやら二人は本気で就職先を探しているようであった。
「その……そのご年齢が確かなら、王子達は若すぎるかもしれませんね。だが、正直に話せば王家が対象年齢を広げるでしょう。彼らが推薦する相手と結婚は考えられないのですか?」
ディケンズが姿勢を正して問うと結菜はハハンと笑った。
「そもそも無理ですよ。この国には三十代の未婚の方がいらっしゃらないもの。結婚の年齢がとてつもなく若いからいい人が全く残っている気配がないわ。それに結婚で一生を決められてしまうから、婚活戦士が強すぎる」
「こ、婚活戦士?!」ウィリアムが驚いたような声を出しても結菜は気にしない。
「私たちの国では結婚する年齢が三十代が多かったんです。平均寿命も長いので。だけどここは違うわ。王家が思う人たちって、爵位だったり、貴族の在り方がしっかりしていたりですけど私たちに合わせた年齢の男性でその人達って絶対に何か『欠陥』があると思うの」
今度はディケンズが素っ頓狂な声をあげた。
「欠陥?!」
聖奈が笑いながら言う。
「絶対に処女じゃないと嫌だとか、とんでもなく性格が悪い姑がいるとか、借金まみれだったり、ギャンブル依存症だったり」
「四十歳手前で娼館でしか経験がないとかもあるかも」
「あるかも!」二人は本当だねぇ〜と言いながらウンウン頷きあっている。
ウィリアムが少しばかり前屈みになり、胸を押さえているのが目に入ったが、ディケンズはさらに質問を続けた。
「二人は職を持ってどうする気なのですか?この国で不自由のないお金は王家からもらえるでしょうに」
だが、二人は首を横に振る。
「よく考えてよ。王家が私たちに価値を感じているのはその血を残すことを前提にしているからよ。だから欲張ったことなんて絶対に言えないし、私たち結婚の可能性も低いんだから足元見られちゃうわ。王家が嫌がらない程度にどこかに就職する必要はあるのよ。お金って無限じゃないもの」
「そうですよ。総司令官様も分かっているでしょう?この討伐軍から退役したらまた働かないとって。あ、でもディケンズ様は領主になるのかな?」聖奈が言った言葉に結菜も
「ウィリアム様だって退役のことずっと言われていましたよね。父親がもういないから後ろ盾がなくなったこの国ではなく隣国の母方の仕事を手伝いたいって。私たちだって同じことです。後ろ盾なんて永遠ではありませんから、自分の力でどうにかしていかないといけないんです」
その瞬間、力強く話す姿は聖女とは違って見えた。
思い返せば彼女達はいつも若い令嬢とは何かが違っていた。そう何かが。
物理的に何かが本当に違ったのである。
「そういえば寝ても足の浮腫が取れないって言っていましたね」ウィリアムがポツリと呟くと結菜が目を釣り上げて『酷い!』とウィリアムの手の甲を抓った。
「令嬢達に向かって『あの子達』と表現することもありましたよね。セイナ様のご年齢から見たら確かに『あの子』という表現が妥当だった」ディケンズが声を漏らすと『やっぱり言葉の端々に出てたか〜』と聖奈がため息を吐く。
「要するに私たちの年齢からすると沢山無理があったりするのよ」結菜がホホホと笑うと
「猫を被るとも違うけれど、オスカー殿下達って私からするとずっと歳の離れた弟の同級生達って感覚なんですよ。だからね、彼らと両思いになりたいとか本当にないんです」と困ったように笑った。
「二人でお揃いのデザインの夜会服を仕立てよう!って言われたけど、パーカー様の方がお姫様みたいに可愛いのに私、全部負けちゃうわ」
「確かに。フリルのブラウス着てるパーカー様って完全に女の子負けちゃうよね。それでそんなのがパートナーとか……考えただけで怖いわ〜。私会社の三つ年下の男の人から告白された時だって『え?無理無理。キスもできない』って思ったもん」
結菜の言葉にウィリアムはギョッとする。
「ジムの会員さんの若ーい男の子が教えてください!って近くに来るだけで緊張するのに、あ!まあ仕事のトレーニングだから敢えて体とか触ることあるけど、ダンスで相手が私のお腹とか背中触るってなったら……あーーーー無理。やっぱりかなりベストな鍛え方しないと若い子に触らせられないよ」聖奈が自分を抱きしめて言うのを聞いてディケンズは勝手に怒りを覚える。
馬車の中、それぞれの想いが迷走しつつ、隣町の神殿までもう半刻もないのであった。
娼館しか行ったことがない男はダメなのか………
二人の軍人の最近の悩みに応える相手は居なかった。
「マルコに相談しようか?」
「いや、それは不味くないか」
指揮で迷うことなど一度もない男たちは初めて思い悩むのであった。




