聖奈と結菜の困りごと
あくまで彼女たち目線での語りです。
心の中は自由だと思いながら、おおらかな気持ちでお読みください。
王国の作法や国民の考え方が大分頭に入ったところで繰り返される視察も終了し、本格的に討伐がスタートした。会社の実地研修のようにちょうど三ヶ月ほどが経った頃だった。
自分たちが思っていたほど先を急かされなかったのは気持ち的にありがたかった。
のちに聞いたのだが、以前聖女として召喚された少女に、かなり無理なスケジュールで討伐を始めさせたところ、本人の心が非常に弱ってしまった。
神殿も王家に進言して休ませるように伝えていたらしいが、王も貴族も焦っており、『今日大丈夫であったから、来週まで頑張ってくれ!』とお願いし続けていたらしい。
ある日討伐の出発前に馬車に乗せた後、悲鳴が聞こえ、慌ててドアを開けると、聖女がいなくなっていたそうだ。
侍女の話では目の前で忽然と消えてしまったのだとか。
これを、王家は重く見て『神からの授かり物を大切にできなかったらそのまま取り上げられるのだ』と反省したという。
聖女に対してウランバルブ王国の人々がギリギリの線を踏み越えないのにはこのような理由があるのだと結菜たちは納得した。
自分たちの要望と聖女たちの希望の境界線を話し合いで探ってくれることは日本人としてありがたく思ったが、『討伐なしで帰るのはなしなんだろうな……』と言うのは理解できた。
結菜曰く『もしかしたら何だけど、私転移の時に盲腸の手術痕が綺麗になくなっていたの。聖女として働く代償に健康にしてもらえているのかもしれない』と爆弾発言をしてきた。
聖奈もハッと気が付いたように慌てて膝を確認する。
『私も!膝の半月板の故障がなくなっているかも……高校の時部活で痛めて以来私、膝に後遺症が少しだけあったんだ。ぱっと見は分からないんだけど転移の時から不調が一度もないなんておかしいかも。だってこの国に来て毎日日本にいたときより歩いているのに全く違和感がない』
これがもしかしたら異世界転移の神様からのご褒美?と二人は頭を捻ったがここに関しては立証できるものが何もないので『お互い医療が進んでいないこの国では病気に気をつけよう』で終了した。
二人が一番困惑したのは王家のみんなが猛烈にお見合いを持ってくることだ。
「聖女殿は結婚はどのように考えておられるのかな?」
宰相から聞かれた時は正直二人とも頬が引き攣っていたと思う。
同年代の女性と恋バナをするならまだ分かる。
例えば侍女さんたちと雑談する中で
『実は近衛の〇〇様のことお慕いしておりますの』なんて聞くと『きゃー応援するね!』と言いたくなる。
その流れで「聖女様はどんな男性が好みなのですか?」と聞かれればすんなり答えたであろう。
だが国の中枢を司るおじ様たちの何と頭の固いことか……女は黙って全てワシらに任せておけ!と言わんばかりの一方的なおすすめラインナップ……
『この者は爵位は高く、人物的にも申し分ない。そして〇〇について非常に詳しく……』などと言いながら引き合わせるのだが、金髪碧眼の感情の読めない男たちが目の前にきても会話の一つも弾まない。
相手も非常に真面目で良い人たちなのだろうが、(しかも見た目も良い)初対面でいきなり好きになったりは出来ない。そして連れてこられる人たちの年齢が大問題だった十八歳から二十二歳。
思い切って三十歳?の時が気持ち的に落ち着いたが『私のような男と引き合わされてはお気の毒だ。どうぞお断りください』と申し込む前から振られるという訳のわからない状態になったこともある。
挙句に彼らは自分たちの息子を猛烈に推薦してきた。
「不味いわ……三十五歳を迎えた私が一回り以下のオスカー殿下たちに手を出したらもうこれって日本じゃ立派な犯罪よ。聖奈は知らないかもだけどその昔高校生に手を出した教師のドラマがあってさ……あ、想像したら怖くなってきた」
「結菜〜それ言ったらジェラルドとか私から見てやりたい盛りの高校生だよ。私だって二十六歳で高校生に手を出したらお母さんに顔向け出来ないって!いくら体つきは立派でもそこは難しいよ」
「陛下たちはこの三人と結婚させたいんでしょうね。偶然を装ってバッタリ会うことが多いんだけど、いやいや貴族のお坊ちゃんが下町の八百屋にくるはずないでしょ!って背中に汗かいちゃったわ」
「うーん、この国の方達って直情型っていうのかな?シンプルな思考なんじゃない?本も何冊か読んだけど全部勧善懲悪だったり、お姫様と王子様と悪い人がはっきりしてるのよね」
「聖奈はもしどうしてもこの三人から誰か選ぶってなったら誰?私ね、パーカーが一番無理なの。すごく綺麗な男の子って鑑賞したり、推したりは出来るけど隣にいたらぶっちゃけ心が無になる。食事してても味がしないの。いきなり芸能事務所の若手の子を差し出されているような気になって本当に日本に帰りたくなるわ」
結菜が天を仰ぎながら話すと、聖奈も大きく頷く。
「私はオスカー殿下みたいな人が一番難しいかな。仕事柄、自分が大好きすぎる人によく会うんだけど同じ空気感じちゃうんだよね。自分に圧倒的な自信があって危ういの。体は鍛えてムキムキなのにメンタルが豆腐的な。スポーツジムに来る常連さんていくつかのカテゴリーに分かれてるんだけどその中でも『ナルシスト』ぽい子が一番苦手」
そこまで話した後に『『はぁ〜〜〜』』と大きくため息を溢す。
「まあ、とにかく日本に帰ろう。早く仕事を済ませれば帰る日もきっと近くなるはずだし、何とかなるでしょう」
そう励ましあって、二人はお見合いババアならぬお見合いジジイを華麗に遠ざけながら過ごすことを再確認したのであった。
討伐が本格化してくると国の在り方に二人はイラつくことが増えた。
魔獣や魔物は空気を汚して生きており、その有害な気を払わなければ体を蝕む。
事前に浄化が必要な場所に一番最初に突撃していくのは『魔獣討伐隊』と呼ばれる軍隊だ。彼らは近衛や騎士団とは違い、その多くが平民で構成されている。
勿論貴族もいるが、その地位は末端の三男四男。要するに家督から遠い存在の人間だ。彼らからすると給与は良い方ではあるので仕事として選んでいるのだと話してくれたが、日本と違って『危険手当』はないらしい。
要するに死なないように頑張るしかない。
じゃあ、殿下率いる高位貴族の面々は何処にいるのかといえば空気が正常化された比較的安全なところに待機して、後からやってくる。(残念ながら結菜たちはこの場所に身を置いている状態だ)
魔獣も小さいものの方が非常に厄介で土地を汚すのがわかっているのに細かな作業は俺たちの仕事じゃない!とばかりに貴族のグループは大物をやっつけてしまうと待機用のテントへ戻ってしまう。
人数は平民グループと貴族グループは大差がないにも関わらず平民討伐隊の兵士たちに大半の仕事を押し付けている。
同じ討伐隊と名乗りながらその差別は見ていて気持ちの良いものではなかった。
武器や防具も末端の兵士たちは貴族の上層部に比べて粗末な作りを持たされているのがすぐにわかり、特に結菜はこのことを嫌がっていた。
聖奈が見かねて
「私、オスカー殿下たちに意見しようかな」と言うと結菜は「実は私とっくの昔にその話したのよ」とため息交じりに告げる。
一生懸命に『状況を変えませんか?』と提案したものの
「いやいや、彼らは平民だからね」と取り合ってももらえなかった。
結菜は自分のプレゼン能力を疑ったが、冷静になって考えてみれば彼らは生まれた時から常識が全く違うのだからそこの説明をいくらしても無理なのだと腑に落ちたらしい。
そして女性の意見を貴族の男たちが聞き入れるわけがないと言うことも改めて認識したそうだ。
結菜と聖奈は自分たちが一日でも早く帰るためにこの状況を打破したいと考え、総司令官たちを味方につけることを考えた。
平民の彼らの方が柔軟で意見を聞いてもらいやすいと判断したのだ。
ウィリアム副司令官はいつも聖女に〈嫌なことを伝達する役目〉を負わされている。
オスカー、パーカー、ジェラルドは聖女に嫌われないように細心の注意を払っているので、例えば
『今夜は野営するしかない、風呂は三日ほど我慢してくれ』など絶対に言いに来ない。
これを伝えるのはウィリアム副司令官である。
聖女たちが嫌な顔を向けるのは彼らにだけ……だが、聖女二人は物事を俯瞰で見ることのできる人間だと言うことは彼らの中から完全に抜け落ちていたらしい。
聖女二人はそれで機嫌を損ねるような人間性ではない。舐められないようにポイントは引き締めているが、理解していることをゴネたりもしない。
『それはあなたのせいじゃないですから、謝らないで良いですよ』と結菜はいつも丁寧に声をかけ続けた。
侍女たちは討伐についてきて世話を焼いてくれるが彼女たちは貴族の出身なので同じく討伐隊の面々など最初から見てもいない。
「ね?王子たちは素敵ですね」と笑顔を向けられる度に『素敵ですけど、中身がちょっと……』と苦笑いしたくなる。
まるで母親が作り上げたケーキにイチゴを何個か置いて『僕できるんだよ!すごいでしょ!』と言っている甥っ子(若葉幼稚園年長組)のようだと聖奈が言えば結菜は吹き出した。
王子たちは討伐軍に加わってはいるが、『一日でも早く国の復興を!』と思っているのではなく『この行軍中に聖女と恋仲になるぞ!』という目的が透けて見える。
目標が色恋に傾いている国のトップに、聖女二人は『とてもじゃないが背中は預けられないぜ……』
戦場の兵士のような気持ちで絆を深め合っていくのであった。




