四「初任務と一族」
そのすぐ側で、ツカサは両手を重ねる。
片方の手で指を組むように絡め、そのまま前へとぐっと押し出している。
「つえー奴だといいな!」
少し離れた位置で、リンもまた、カエデとジンの方へ向き、
静かに体を動かしている、内側の感覚を整えるような最小限の調整。
——
カエデとジンの間だけ、わずかに空気が変わる。
向き合ったまま、二人の視線が合う。
距離は、ほとんど踏み込めば触れるほど——
カエデはそのまま自然に一歩分、間合いを詰めている。
背の高さがある分、視線はわずかに上から落ちる形になる。
対してジンは、ほんの少しだけ顎を上げる形で受けた。
ジンは一度だけ息を整え、意識を引き寄せる。
余計なものを削ぎ落とすように、ただ目の前へと集中する。
(……)
カエデは一切の揺れを見せない。ただ静かに、それを受け止めている。
(……)
わずかな沈黙のあと——
「……これが、今のこの都の魔力の痕跡の状態です」
声は低くも高くもない。
その瞬間、ジンの内側へと“情報”が流れ込んだ。
「はい……」
ジンは反射的に返す。
(さっき見た景色に色がついて、俺の中にでてくる......)
視界ではない。思考の奥から、感じられる感覚。
街の上に重なる気の流れ。濃淡、滞り、わずかな歪み、匂い、思い。
それらが、一瞬で理解できる形で。
そして、カエデにも、ジンの内を巡る流れがそのまま流れ込んでいた。
——その最中。
すっと、カエデの別の意識がジンに差し込まれる。
(ジンさん、先程からなにかと、意識を交わしているようですが、もしあなたが魔に傾くことになれば、あなたはこの対魔一族にはいられない、それを忘れないように)
一切の揺らぎのない、静かな言葉。
ジンの呼吸が、わずかに止まる。
(えっ、な、なにかと交わしている!?、ま、まさか、なんのこと......)
思考が跳ね、ジンの視線が揺れる。
カエデの視線は変わらない。まるで今のやり取りなど存在しなかったかのように——
自然に、次へと移る。
「任務中に確認が、また必要なら、いつでも呼び出してください、もちろんツカサも」
言葉はそのまま、流れも崩れない。
ジンは反射的に背筋を伸ばし、短く強く返す。
「はいっ!」
その横で、ツカサも腕を組み。
「おう!」
(な、なんだ......かわして……い、いつでも呼び出す……)
ジンの思考は、なにかを掴もうと、交錯し続けている。
マサキは一歩先に出て、出口の方を手で示しながら口を開く。
「それでは、こちらからまた」
カエデが短く頷く。
「ええ」
そして、カエデは間を置かず、静かに言葉を重ねる。
視線は三人を順に捉え、すでに説明へと入っている。
「それでは、二手に分かれる前に改めて説明しますが、
今回の任務の主目的は、魔族の討伐です。
そのためにまず、魔力痕跡のある場所と、
報告のあった地点が重なる箇所から当たり、
それらで何かの手がかりを掴むことを優先します。
ただし、それらが誘導や偽装である可能性もありますので、
その点も含めて見ていきます。
基本的に、力の強い魔族ほど容易にはこの人界へは侵入できません。
仮に侵入していたとしても、相当な制限を受けているはず。
ですので、この都での活動も、直接的な形ではなく、
何かしらの媒介や別の手段を介している可能性が高いでしょう。
その後は、他の魔力痕跡のある地点も順に確認していき、
状況によっては、その段階を待たずに、里からの増援を判断いたします」
リンはわずかに顎を引いて応じる。
「重なりを当たり、偽装判断、状況次第で増援……はい」
ツカサは、片手の拳を反対の手で押さえ、ぐっと手首に力を込める。
「おう!楽しみだな!」
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(こ、これのことか!?)
ジンは、さっきカエデに心念で言われたことを考えていた。
(おい!)
そんなジンの内側にリンの声が響く。
(はっ!リ、リン!?)
ジンの意識が引き戻される。
流れは止まらないまま——
カエデはツカサ、ジン、リンへと目をやり。
「それでは、ツカサ達は、比較的少ない南と西の方から。
私とリンは北の東から見ていきます」
マサキ達、カエデ達4人人は階段を降りきった場所から、
城壁内部の宮城側の外へと続く出口をくぐり抜けていく。
半ば外へ踏み出したところで、光と空気が流れ込み、視界が開けていく。
ツカサは即座に頷く。
「おう!」
リンもカエデに短く。
「……はい」
マサキは城壁の門へと歩を向け、そのままカエデたちを伴って、宮城の外側へと先導していく。
リンはそのまま視線は前に向けたまま、ジンへだけに心念を送る。
(お前、やはりなにかと、接触してたな)
(なにかって、なに……)
ジンはリンに返す。
わずかに遅れながらも、カエデにも返す。
「……はいっ!」
リンの意識が、間を置かずに続く。
(......おそらく魔族の類だろ)
(ま、魔族の類?……なんで、わかるんだ……)
ジンはリンの背中に向けて意識だけを返す。
そして、マサキの先導に従い、カエデたちは宮城の内から城壁の門を抜け、
そのまま外へと歩みを進める。
カエデは視線をわずかに上げ、陽の位置を確かめるように空を仰ぐ。
「では、またあの陽が、この都に差し掛かった頃に、合流しましょう、
場所はそうですね……この南門前の広場にしましょう」
そう言いながら、カエデの視線は再びツカサ達に向く。
門前には絶えず人が行き交っている。
だがその流れは乱れず、一定の間隔と秩序を保っていた。
ツカサが軽く腕組みをして。
「よし、ここだな」
そのやり取りの横で、リンの意識はジンへと差し込まれる。
(魔族の間でよく使われる言葉の響きだ、あれは)
(響き……)
▚ ▞ ▚ ▞ 〓
またジンの内側になにかが走る。
リンはカエデに短く頷く。
「……うん」
そのまま間を置かず、ジンにも続ける。
(とにかく、この声に一切かまうな)
(い、一切……)
( 一切だ……あとお前、その口の聞き方、呼び方も、
普通になったな、許した覚えはないが)
ジンはカエデに言われた、この南門を見上げている。
「ここに集合……」
そしてリンに返す。
(リンの許しがいるのか!?)
カエデは流れを止めず、そのまま次へ繋ぐ。
「その時はまた、心念を送り合いましょう」
ツカサが軽く頷く。
リンも同じように首を縦に振る——その横でジンにも。
(いるな)
ジンは一呼吸遅れてカエデに反応する。
「……はい!」
(えっ、本当!?)
(なんだ、本当って)
ジンとリンの心念でのやりとは続く。
カエデが確認するように。
「それではいきます」
マサキが一歩前に出るように。
「では、よろしくお願いします!、ケイもそちらを、頼んだぞ」
すぐにケイが短く返す。
「はいっ!」
カエデはマサキに頷くと、そのまま踵を返し、迷いなく歩き出す。
リンも並ぶように続き、歩幅を合わせる。
人の流れの中へと入る直前——
(とにかく、さっきの声には付き合うな、口の聞き方、呼び方はまたあとでだ)
ジンは最後にだけ、短く押し込むように。
(うん……)
歩みも視線も前へ向けたまま、リンは意識だけを背後のジンに送る。
(いいな!?)
(……)
ジンはリンの背中越しに、その先を行くカエデの背を見据えたまま、
小さく頷くように意識を返す。
カエデとリンの背が、都の北東へと流され、襄桜の市中へとまぎれていく。




