ネスクとソフィアの過去ー業と罪ー
更新します。
(過去のソフィア視点)
―――――― こわい
真っ先に溢れ出した感情が止められず、寸分先が真っ暗闇の森の中を走る。裸足のまま走る。ただひたすら走る。
痛みを堪え、涙を零さないように必死に走る。
どうしてこうなったのか………。
そのことだけが頭の中でぐるぐると回転して回る。
巨大な化け物に襲われた私とフィナちゃんはいつの間にか気を失っていた。
気づけば私は一人。村の大人達に取り囲まれ、縛られて閉じ込められた。
―――――化け物……化け物 と呟き、恐ろしい目で見下ろす目はまるで人を見るような目ではなかった。
神父様がやって来ると、大人達は神父様だけを残して見えなくなった。
神父様は聖書の言葉を呟くと、十字を切った。その時に縛ったロープを緩めてくれた。声に出ない微かな小声で『逃げなさい。』と呟いた。
拾い子の私にも優しい神父様。その神父様の言葉に従い日が沈んだ頃に村を出た。
「いたぞっ!!こっちだ!!!」
「殺せ――――!この悪魔!!」
「悪魔を滅ぼせ!」
「こいつは、神敵!必ずあの方の邪魔になる!今ここで淘汰されるべきだ!」
松明の灯りと共に怒鳴り声が聞こえた。
息が荒いまま走り出す。
朦朧となる意識の中、ただ逃げなけば、という感情のままに身体を必死に動かす。
「囲め囲めっ!!!あいつは化け物の子だ!!!囲んで捕まえろ!!!!!」
点々としていた松明の灯りが四方八方に現れ体が固まった。完全に包囲された。
再び走り出そうとした時、片手を強い力で掴まれた。
「はなっ…して……はなして!」
「大人しくしろっ。」
暴れる私は地面に振り下ろされた。
――――― 痛い。
顔を上げれば恐ろしい形相の大人達。その大人の一人が進みて出てきた。
そして、腹部に鈍い痛みが走った。
「全く、拾ってやった恩を泥で返すとはこの恩知らずが!!!」
「村長、そんな事して。もし、あの恐ろしい力を使ったりしたら………」
「はっ、コイツの力は所詮、森の化け物にだけ発揮する力だ。儂がどうしようがコイツは力を使えないさ。」
村長と呼ばれる大柄な腹の出た男がジロリと私を見下ろした。この男は捨て子の私を拾い、森の守り人として『役目』をくれた人物だ。
「それで、村長。コイツはどうするのでさぁ?」
「少し早まっちまったが、予定通り森の贄にする。
なぁに、コイツが死のうが、悲しむ奴はいない。その為に今まで生かしておいてやったんだ。」
「あの裏切り者の背信者はどうするのでさぁ?」
「……………殺せ。村で決めた掟を破る奴は何人たりとも生かしてはおけねぇ。
女子供は…………まだ使い道がある。奴隷としてなぁ?」
……………え?
どうして、神父様やシスターのお姉さん、フィナちゃんは関係無い筈。なのに、何で?
「神父様を殺すなんてそんな罰当たりな………」
村長は懐に忍ばせていた小さなナイフを取り出すと、ひゅっと振り払った。
口答えをした男の首元が赤い線が入ると、ブシャッと『赤』が溢れて飛び散った。
切られた男は首元を押さえていたがその内倒れると、動かなくなった。
「儂に口答えするんじゃねぇ。お前らも、村の掟を破ろうとする奴はその命を持って贖ってもらう。肝に命じておけ」
「「「「「はい」」」」」
「それにな、あの神父は偽物だ。我々には本物の神父様が付いている。」
何でこんな酷い事ができるの?
何で 何で 何で?
村長が「連れて行け」という声で私は両腕を二人の男の人に掴まれ、強引に連れて行かれる。
連れて行かれながら『何で?』という自問自答を繰り返していると、子どもが騒ぐ声が聞こえた。――― フィナちゃんだ。
見れば、フィナちゃんの他にもシスターのお姉さんが一緒にいた。
前方を見て自問自答していた思考が固まった。
神父様が…………二つに******。
ゴッという音と共に額に痛みが走った。
たらりと流れてくる血。石をぶつけたのはシスターのお姉さんであった。
「返して、神父様を返して!!この悪魔っ!!!あんたなんか、救おうしなければ良かった。………生まれて来なければよかったのよ!!そうすれば神父様だって………!!」
呪いの言葉のように私の胸を締め付ける。お姉さんの言葉は、ドロリとした汚泥のように体中に重く、粘い。そして、グサグサと何度も突き刺した。
「あの女はもういい。あの煩い口を閉じさせろ。ギャーギャー煩くて堪らん」
村長がそういうと、周りの男の一人が近づいて行って手に持つ刃物で切りつけた。
――――― 再び『赤』染まった。
「きゃあああ!!!」と叫ぶフィナちゃんの声が辺りに響いた。
どうして 神父様も優しいお姉さんも……ねぇ、どうして――――――
「おやおや、これはまた派手にやっていますね〜」
「これはテールネ司教殿、わざわざこのような所にいらっしゃらなくとも……」
「いえいえ神の導きで参りました。あれが例の――――」
「ええ、そうです。『悪魔の子』」
金の混じった衣を身に纏う男がニッコリと笑みを浮かべて近寄ってくる。
「この子どもを助けたいですか?」
「!」
村長の方を見れば、口を押さえつけられたフィナちゃんの首元にナイフを当てている。目の前の必死にコクリコクリと首を上下に振る。
「なら、あなたが持つ『本』と交換です。化け物退治に使っているというあの本です。そうすれば、あの子どもの命は助けましょう。悪魔の手助けをしたとはいえ、まだ子どもです。『本』一つで助かるのです。安いものでしょう?」
私がどう言われようが、関係無い。フィナちゃんが助かるのなら、最初から選択肢など決まっている!
地面に転がったまま、右手を上に翳す。
頭の中でただ念じる『――――出てきて』と、何も無い所から白い本が手の平に現れた。
近くにいた村人が拾い上げると、それを村長の所まで持って行った。
村長はそれを確認するとニタリと笑みを浮かべ、フィナちゃんを手放した。
「****ちゃん!!!」
今はもう、誰も読んでくれない私の名を読んで私の所まで駆け出した…………。
その瞬間、フィナちゃんから『赤』が溢れた。そして、フィナちゃんが私の前まで来て倒れた。
「フィ………ナ…………ちゃ……ん何で………」
這いずりながら、フィナちゃんの元まで近寄ると、彼女はもう、息をしていなかった。
「―――――――ぁぁぁぁぁあああっ!!!!!!」
声に出ないような音が溢れた。
繰り返される『赤』に心が死んでいく。そして、親友の少女の死を切っ掛けに心が完全に――――――――死んだ。
「おやおやひどい事をなさいますね。」
「どの道あのガキもこの村じゃ生きて行けないんです。あとは化け物の餌になるだけ。その予防ですよ。おい、お前ら!こいつを台座に連れて行け!!」
「「「へいっ!」」」
十字架に縛り上げられた私は無機質に空を仰いだ。漆黒に閉ざされた夜闇はまるでこの先を暗示するかのように真っ暗闇に塗られていた。
「主よ――――今こそ悪魔を滅する時、さあ火を焚べなさい!」
「さぁ!『悪魔の子』をこの地に捧げる!これを以て、我々は大地の脅威より解き放たれる。さぁ、火を焚べろ!!!!」
神父と村長の声と共に松明が足元の大量の薪の中へ焚べられた。
村人の歓声と、燃え上がっていく火の粉が空を舞う。
心が死んだ中で再び、内側から問いかけてくる。
何でフィナが死んだ?――――私のせい
―――――――― 熱い………熱い
何で神父様やシスターのお姉さんが殺されたの?
――――― 火が全身へと周り焼いて行く。痛い……………熱い
何で私は逃げたの?
何で私は――――――――――――――
―――――――――― 生まれたの?
『―――――― コロしたい』
激しく燃え盛る炎の中で大きな憎悪に塗れた一つの存在が誕生した。
『人』によって歪められたその存在は二つの存在となって分たれた。
「フッフフフ、キャハハハ――――!!!」
可笑しくてたまらなくなったソフィアは燃え盛る十字架に縛られて高らかに笑みを浮かべた。
その状態に村長含む村人と神父達は戦慄した。村人達はわなわなと震えると一歩また一歩と、後退りを始める。
「う、です狼狽えるんじゃねぇ!!奴はもうすぐ燃え尽きて我々は大地の加護を……………」
ぶちっと縄が切れるような音の後、ソフィアの両手は開放された。
それと同時に左を持ち上げる、
『グリモワール』
唱えたソフィアの手には黒く禍々しい『本』が収まっていた。
どこからか吹いてくる風が村の中を囲うように旋回し始める。
風の刃が残っていた縄を切り刻む。それと共に拘束していた木彫りの十字架が倒れた。
十字架の下は火の海。本来であればソフィアはそのまま火の中へダイブする筈であった。
「ば、ばか、な………」
村人達は再び恐怖に震え上がった。
小さな少女が空中に浮いている。
「あれは………!あの本が何故!」
恐怖に震える村の衆達の中で神父だけが驚愕していた。
「キャハハハ〜、あ~何でこんな人達の言いなりになっていたんでしょうか〜。可笑しく溜まりませんね〜。はぁ………腹立たしい。」
体に燃え移っていた炎が風で掻き消されると、足元の炎は逆に一斉に威力が増した。そして、ソフィアが地面に降り立つ周囲へと波及して村を丸々と呑み込む。
村であった建物は焼け焦げ、火に触れた村人が悲鳴を上げては倒れ、黒く人間だった物が転がる。地獄の続く村を愉悦に浸りながら笑う。それは正に『悪魔』の体現である。
「だ……れか……あ、の……あいつを………ぐ……りモ……ア………」
近くにいた炭が何か呟いた。
――――そう、そうだ。私こそが『悪魔』グリモア!!
『違う。私は…………私はこんな…………』
頭の中の奥へと引っ込んだもう一人の自分が何か呟いたが、もう今更だ。
「キャハハハ〜!こんな世界このまま全て燃やし尽くしてあげましょう!!」
―――――燃える炎に揺られて高らかに笑う止まらない自分。開放してしまったもう一人の自分。それを止めるには…………。
全ての記憶を封じるしかない。
弱った心のソフィアはその日、全てを封じた。7つの『扉』に力を分け、もう一人の自分をその中へ自分の記憶ごと――――封じた。




