あり得た世界と決別の時 その一
二本目です。再び、ネスクへ。
ミレドとネスクパートが交互になってしまい申し訳ありません。
ゲシゲシとひぐらしの鳴く声が聞こえる。遠くの西の空に沈んでいく太陽が美しく照らす。
この風景を見ると、夏の訪れを感じる。
「今日は色々ありがとうね!!大朏君!」
「良いって、これぐらい。俺も楽しかったし」
途中トラブルにも巻き込まれたが、何事もなく過ぎた一日を思い返すと『充実していた』。その一言に尽きる。
期末テスト週間のあとの良い気分転換にもなった。
家へ繋がる通学路。二手に別れたT字路は俺と恵、それぞれの家まで続いている。
「ここまででいいよ!大朏君。荷物持ちありがとうね!」
「何なら家まで付いてくぞ?ここまで来れば俺の家も恵の家もあんま変わらないだろ?」
「うーん、家に来ちゃうとお母さんがいるから。今日の事色々聞かれちゃうと思うのだけど………」
恵が困ったような笑顔を浮かべる。その表情に疑問が浮かぶ。
俺と恵は昔からの仲のため、家の人とはそれなりに顔見知りである。
「? 別に隠すこともないだろ?」
「もうっ!こういう時は鈍感だよね?!察してよ。む~!!」
ぷりぷりと怒る恵。どうやら、何か踏んではいけない事に踏んだらしい。
「分かった、じゃっここで。また学校で!」
持っていた荷物を恵に渡した。俺が持つ荷物は小夜に買ったお土産の紙袋と手荷物の肩掛けカバンのみが残った。
「大朏君。じゃあね!!」
「おー」
恵が手を振る。恵に片手を上げてしばらく恵の後ろ姿を見送り、何事もなく安全に姿が見えなくなったところで遠回りをしながら家路に着いた。
(……少し、遠回りをしよ。確認したいこともあるし………)
――――記憶通りであれば、俺の家はあの放火の時に焼け落ち、俺もあの家も既になくなっている筈だ。
そして、母さんも小夜もあの家には住んでいない。孝希や好太郎、それに恵とも疎遠になっている。
そして何よりも一番違うところがある。俺がいじめを受けていた。
その事実が最も異なっている。
「ちょっとしたことが、こうも違ってくるのか…………まさにあのバタフライエフェクト、だなぁ。」
些細な違いが全く別の結末へとなっている。それは、蝶の羽ばたきの様に極些細な事が複数重なると全く別の形となる。
――――――あり得た可能性の世界。
家へ繋がる一番近道の道を通り過ぎ、神社へ繋がった道をひたすら歩き続ける。
そしてこの長い階段の先に神社がある。
長い階段を上ると古い神社がある。子供の頃に皆でよく遊んだこの場所。神社の鳥居を抜けたすぐ傍ら。よく木登りをした大きな木がある。
「確か、この中に……………」
大きな木の一部が空洞になっていて、この記憶が正しければ、この中に小夜に渡す筈であったプレゼントを隠していたのだが…………当然、そこには何もない。
――――これで決定だ。
ありえない記憶の欠片が頭の中に存在する。その全てが不幸な要素から成り立っている。
その要素が全く見当たらない今は正に、幸せな世界なのだろう。
あの幻聴が言っていたように何もかもが俺にとって、美しい現実。
何も苦しくない今は悪くない。
だけど、………………
記憶の欠片の一つが尾を引いて、突っ掛かりを感じた。
赤い髪の少女と何やら植物を纏った美女、更に金の目に白い髪の少女と火を囲んで笑い合う光景が脳に焼き付いて離れない。
特に赤い髪の少女を見ていると、何やら胸の奥底がモヤモヤとしてズキリと痛んだ。
何かしなければならない。そんな焦燥感に駆られる。
そして、何かもっと大事な………自分の一部ともいうべき存在を忘れている。
そんな違和感にどうしょうもなく胸を駆り立てられる。
―――取り戻さなければならない。
そんな、気がする。
『全てがここにあるのに、何を取り戻さなければいけないって?』
誰かの声が聞こえた気がした。周りを見渡しても誰もいない。
「分からない……けど、ここにはない何か」
パキリとガラスが割れた音が聞こえた。
『ここを望んだのは、お前だ。それなのに何の不満があるんだ?』
「……ここは偽りしかない。例えここに何でもあろうが、所詮ら紛い物だ。虚しくなるだけだ!!」
『それでも望んだのはお前だ。何が不満なんだ?』
「………分からない。だが、俺を待っている。それだけは分かる。そろそろ、眠りから覚めるべきだ!」
またパキリとガラスの音がなる。
その時、ぞわりと背筋を逆撫でられたような感触で全身の鳥肌が立った。夏の夜の冷え込み具合にしてはおかしい。
まるで吹雪の中にいるような異質な空気が流れる。風が木をザワザワと揺らして巨大な影が立つよう揺れる。
影の中からぼとり、ぼとり――――と現れた。
黒く染まった人の形を取った異形が現れて首を締めた。
「ぐ…………う…………」
凄い力で首を締められ息苦しい。
『お前はずっとここにいるべきだ。たとえ戻っても、もう誰もいない。辛い現実が待っているだけだ。』
影から徐々に浮上してきたその異形から何かが流れ込んで来る。
暗い、暗い森の中。黒く染まった何かが横たわっている。
いや、何かじゃない。
俺は知っている。その何かを――――。




