残穢
いつもより遅い時間になりましたが、久しぶりに更新します。
――――ふぅ………
手には肉を切り裂いた感覚が残る。肉を切り裂き、骨を砕くあの感覚はいつになっても未だに慣れない。
「………まだ、………まだ足りない」
だが、今はあの嫌な感覚によりしれたい。ぽっかりと空いた心の穴。その穴を埋めるために、別の何かで埋める必要がある。けど、その痛みも日が過ぎる毎に強くなる。
魔物の血や肉片がまとわり付く。
包帯も何日前に代えたのかもう覚えていない。
ギルオオオオオオォ!
――――何かの獣のような雄叫び声。
新たな魔物がやって来たようだ。
降って来たそれを、後退して避ける。
夜の暗闇の中で目がギラギラ光っている。ギョロッとした複数の目が自分という名の獲物を捕捉する。
ギチギチと口元の牙を鳴らせる。
八本ある足の内の一本が伸びてきた。
身体を逸らすと、首があった場所に先の尖った足が通過した。宙返りを繰り返して更に後退する。
着地と同時に右側面へと走る。
―――正面ではおそらく埒が明からない。
大きな腹部から発射される糸玉を躱しつつ、距離を詰める。
【構造具現化】で生み出した『剣』で斬る。だが、『エレファントスネイク』の時とは違い、強固な甲殻に阻まれ、傷一つ付けられないまま砕け散った。砕け散った際の隙を付いて先程の足攻撃が来る。
「【構造具現化】【盾】」
色の無い盾を右腕に生み出してそれで足攻撃を捌くが、やはり強度が完全にあちらの方が上のようで弾かれたと同時に砕け散り、魔素へ返還された。
「………っ。」
盾で凌いだ際に肉も一緒に抉られた。右腕に激痛が走り自分でもわかるぐらい顔を歪める。だが止まっている暇は無い。
弾かれた反動を利用して再び距離を取る。
すぐに糸玉が飛んで来る。地面を転がり避けたあと立ち上がり、走り出す。
離れれば、糸玉。近づくと足から繰り出される強靭な攻撃。完全に戦い慣れたその動きは剣と盾。まるで知識のある生物を相手取っているようで非常にやりにくい。
フシュゥゥという魔物の息遣いと共に黒い霧が溢れている。
その息に触れた草が一瞬にして枯れた。
「また、俺の前に立ちはだかるのか………ヘヴラ!」
かつてヘヴラは、ミレドと相対して討ち取った龍。彼の龍は、身体の維持がままならなくなった時、全ての生物の『命』を吸い取る"黒い霧"に姿を変える。その霧に触れた生物は遺骸すら残さず、塵へと変えてしまう。
邪龍・ヘヴラは既に消滅している。その霧には既にヘヴラの自我は残っていない。だが、その霧は今も残滓として残り続けている。
目の前の魔物は霧に順応し、力を増幅させている。
今目の前にいるクモ型の魔物が正にそれだ。
ピッ!と糸玉とは異なる細い糸が発射された。
ぎりぎりで避けたが鋭い物で切り裂かれたような跡が頬を掠めた。血が線となって溢れて来る。
「くそっ、……っ!」
多彩で臨機応変に変化する攻撃パターンをどうにかしようと考えたため反応が遅れた。
先程の糸は攻撃ではなく、移動だったようで魔物の体当たりをもろに食らってしまった。
「か、はっ!」
背後を木に強打した勢いで肺の中の空気を全て吐き出してしまった。そのまま、倒れ込む。
――――― はぁ はぁ はぁ
拙い呼吸をしながら頭の中で警鐘が鳴る。
暗い何かが上から落ちて来る。あの魔物が魔物だ。
「や、ばい………」
視界がチカチカ点滅してうまく動けない。
(どうして………)
それは、瀕死に際した時の走馬灯なのか、あの時ちゃんと聞いていれば、という後悔なのかわからないが、涙が止まらない。
目を瞑った脳裏にクーシェの、あの暖かな笑顔が写るのであった。
* * * * * *
「全く、あの方の我らの扱いには少し意義を申し立てたいところです」
蜘蛛の魔物がネスクを下敷きにする寸前に横方向から勢い良く腹部へ蹴りを入れた。
魔物は木々を薙ぎ倒し飛んでいったが、ヘヴラの霧を取り込んだ影響か、他の蜘蛛型の魔物と比べると頑丈である。
ギチギチと狭角を鳴らす。
黒い燕尾服の正装を身にまとった男性がひょいとネスクを持ち上げる。
「エリュさんから愚痴が出るなんて珍しいですね〜」
「………苦情を申したくもなります。こんな子守りを言い渡されたのですから。」
燕尾服の男こと、エリュトロンの後ろの木の上では、グィンダルがけらけらと笑って手の上で"風"を弄んでいる。
「はははっ、いいじゃないですか〜。子守りとはいえ。僕達がだ~いすきな『主』からの命なのですよ?
それにしても、あの方の計らいはいつも奇異ですね〜。こんな子供を気が済むまでほったらかしにするなんて、………あの人は昔っから放任主義の色が濃厚です。およっ?」
弄んでいた『風』をひょいっと、投げた。
エリュトロンの背後まで迫っていた蜘蛛型の魔物に直撃して弾き返した。
ネスクの位置を正確に把握し静観しながらいざという時手を貸す絶妙なタイミングを図れたのは他でもないグィンダルの器量である。
竜の中では力のある竜とはいえないグィンダルの唯一の特技である。
『風の力』を利用して、感情の揺れ具合や、その人物の位置などの把握に優れた"察知能力"、それがグィンダルの力である。
「悪しき龍の力を宿した魔物、か。消耗し切った彼が一方的にやられるのも頷けるね〜。」
エリュトロンがふり返るとそこには、忌々しい霧を吐いた後、再び吸い込んでいる魔物がいる。
赤く輝く複数の目、そして、闇のように黒くなった甲殻が禍々しく光る。そして、グィンダルによって付けられた傷が既に完治している。
そしてギチギチ音を立てるその魔物が隙を伺っている。
先程薙ぎ倒した木が数本跡形も無く消し去られている。木の生命力を吸い尽くしたのだ。
「ここは私が相手しましょう。グィンダル、あなたは彼を。」
「いんや〜、ここは僕にさせてくださいエリュさん。これでも竜の末席に連なる者ですよ〜?因果のある奴の相手は僕がします。(これでも、僕も責任は感じてますから)」
竜の翼を広げたグィンダルがふわりと浮いた。
ミレドのように人化はしているものの、ミレドと違い"誓約"の無い竜族には翼を人の姿のまま使うのは朝飯前である。
「さてさて、元はミレドグラル様の"一部"だった僕達の力。味わってもらおうかな〜!」




