クロの災難
更新します。今回は、クロ視点です。
…はあ はあ はあ………くそ………
いつになく気だるさが連なっている。それもこれもあの女のせいだ。
マントの一部を口で引き裂いて出血した傷口に巻いて縛り止血した。止血したとはいえ、凍傷になっているため早目に治さないと、後々困る。
魔力を使い切り影の中へも入れない。
「あいつ覚えてろよ……」
薄い蒼の髪をした少女が忌々しく脳裏を過ぎる。クロは内心で毒づきながら、ボロ屋が連なる"裏"と関わりの深い街の区域の外道を歩く。
遠くの方で松明の篝火が見える。巡回中の警邏隊だ。
この王都の東は治安が良くないため夜はよく警らの巡回がある。ここでは強盗、殺人など日常茶飯事で、生きる事に必死な者達が住まう。かくいう自分もその一人に変わりない。
「誰だ!こんな時間に何している!!」
(…………面倒だ)
前方とは逆の、後方から声を掛けられた。元々隠れるつもりも無かったが、見つかるも厄介だ。
駆けてくる警邏隊の足音がすぐそこまで迫る。
懐に入れている得物に手を掛けた時、警邏隊の男が膝から崩れた。―――― 死んでいる。
どのように死んだかは分からない。何せ自分は何もしていなかった。魂が抜けたように事切れている。
「あらこんな所で会うなんて奇遇ですわね坊や。」
キッと暗闇を睨み付ける。
カツンカツンと靴音が鳴る。
暗闇から女が一人出てくる。薄い紫の髪が風で揺れている。相変わらずの舌なめずりをするような目が無性に癇に障る。
「ちっ。余計な真似を……」
「せっかく助けて上げたのに、『可愛げが無い』とよく言われません?」
「はっ、生憎と俺はこういう性分だ。あんな雑魚一匹に遅れを取るわけねぇだろ。」
「――――そんなボロボロの姿じゃ、説得力ねぇでやがりますよ」
言葉がどこか怪しい声が上から聞こえた。
空からゴトリと何かが転がった。
――― 首が。 首が2つ落ちて来た。
頭上のボロ屋の屋根へ視線を移すと、自分とさほど変わらない少女が一人。頬に返り血がベットリと付いている。
月明かりを浴びて銀の髪が光る。そして、その目は興味無いようなゴミを見るかのような目をしている。
「あら?シェロンタリア、アナタもいたんですか。こんな所で三指が揃うなんて、
……… 今宵は『運命』を感じちゃいますね!」
「「寝言は寝て言え(言いやがれです)」」
「あらあら、ハモるなんて、仲がよろしいこと……お姉さんも混ぜて下さいな。」
胸元と肩が出た服を着る妙齢の女へと二人の殺意が同時に襲い来る。
今の得物にしているククリナイフを女目掛けて振るう。シェロンタリアと呼ばれる少女は自分の背丈よりも大きな大剣を片手で薙ぐ。その攻撃は首へ正確に振られる。
「ちっ、相変わらず嫌な魔法だな!マハロ!」
「あなたと一緒なんて考えただけで虫唾が走りやがりますが、今は同感でやがります」
虚空を二人の剣が切り裂いた。女の姿は幻術のように消え去った。全く人を斬った感覚はしない。
「あらあら、二人ともヒドイですこと。これは我が一族の秘術ですのに、……あなた達、搾り取っちゃいますよ?
あなた達はどんなお味でしょうか?なーんて♪」
甘く人を惑わすような物言いとは似つかわしくない冷たく鋭い殺意が言葉の裏側に潜む。"女の武器"を用いて男を狩るサキュバスらしい言葉だ。
月夜が登る空に大きな黒い羽を広げる。
サキュバスの尾がスカートの下から見える。
空を飛ぶマハロが頬に人差し指を当てて舌なめずりをする。
この女は、人を食料としてしか見ていない。人を誘惑しその精気を搾り取る。
殺気に反応して体が後方へと下がった。ズドン!と音を立てて大剣が地面にめり込む。
「今なら狩れると思いましたが、まだそんな力が残ってやがりますか。台所のゴキ並にしぶといでやがります。」
「相変わらずうぜぇな。そのうちテメェらも狩ってやろうか?」
ククリナイフを両手に持ち直し二歩三歩と更に間を開けた。身体能力でどうにか保っているが、魔力無しで二指と構えるのはキツい。
―――― 《罠師》の『マハロ・クレイワ』と狂修道女こと、《怪力》のシェロンタリア・フォールス
どちらも裏の人間なら知らぬ者がいらない程名の通った二人。そして、自分と同じ『十指』の人間である。
十指とは裏の人間の中で『最凶』と呼ばれる十人を指す言葉である。
「ジジィには後で謝らないといけないでやがりますが、その命、『主』の元へと送らせてもらいやがります」
「邪神教のイカれ信者が、お前にヤられてやる程俺は隙じゃねぇ!」
下手に捌いても怪力で押し負けるだけなので手数で攻める。懐に入ってしまえば、大振りの鉄の塊なので避けて攻撃の隙を伺う。
だが、先程からちらちらと、幻術に惑わされて迂闊に剣を振るえない。これは、マハロの幻術だ。
「もらいやがりました」
ククリナイフで右に構えると、衝撃が襲い来る。
「くっ………」
数メートルふっ飛ばされて受け身を取ったが、二本ともナイフが折れ手が痺れる。
とっさだったが、理解はしている。
大きな大剣で払ったあと、右から『蹴り』が来たのだ。
「さっさと死にやがりませ」
カツカツと、靴音を鳴らし大剣を地面に引き摺る。
空では見物するマハロが不敵な笑みを浮かべている。
………クソが………
「遅いと思い来て正解でした。クロ、帰りますよ」
失い掛けた意識の中で、はっきりとその声が聞こえた。ふわりと抱えられた感覚を覚えた所で意識が遠のいた。
クロに止めを刺そうとしたが、二人はそれぞれ回避行動を取った。乱雑ではあるが、見えない刃が二人に襲い掛かる。
マハロは、幻術を使い分身を身代わりにシェロンは大剣で受けつつ受け切れない攻撃は避ける。二人が全てを避け切り、止めと動こうとした。
しかし、――― クロの姿は既に忽然と消えていた。
「良い玩具に救わましたのですか。」
「あの坊やが、ね。せっかく良い所でしたのに残念ですわね」
空にいるマハロへシェロンタリアが大剣を構える。
「まだ、お前がいやがりますです。」
「今日は、ここまで。………興が削がれましたわ。また、お会いしましょう。
私、こう見えて『花』も好きですのよ?じゃあね!」
パチンと指を鳴らすと煙なってマハロが姿を消した。
一人残されたシェロンタリア。巨大なその大剣を下ろすと、引き摺りながら暗闇へ消えて行った。




