神獣伝説、その始まり
更新します。
人波をかき分けて進む。早朝である筈の時間がまるで嘘のように進むにつれ、空気が熱風へ変わる。
やっと開けて抜けるとそこには血塗れのカレンとカレンに噛み付いたクーシェがいた。
恐らく(服装から)貴族だろう。その貴族が発した「切り捨てろ!」と言う言葉で騎士が動き出した。両隣のポーアとミレドが無言で睨みつけている。
ぎゅっと服の端を引かれる。見ると服の後ろ側をルリが握っている。視線に気付いたルリが背中に担いだ弓を構えようとするのを首を横に振って静止する。
貴族に危害を加えると後々面倒な事になる。
だからと言って、このまま指をくわえるわけでは無い。何事にもまず、『会話』である。
二人へ向かう騎士達にマロンが【地奮起】を発動させた。その魔法は彼らの足取りを上手く止めている。それと同時にパルメルスが【静寂の雨】を発動。カレンの決死の行動で収まっていた炎が更に弱まり鎮火した。
足止めされた事で混乱している兵士の背後に突如現れる影。あれはネアだ。騎士達を殺さんといわんばかりに攻撃をしようとする。どこから取り出したか分からない武器を持つ。
大きな羽の形状をしているが、妖しく光る光沢がその鋭さを際立たせる。
狙いを定めて、指で空気を弾く。――― 命中した。
(ルリ)(………分かった。)
意図を察したルリが持っている弓の弦を弾く。風がネアを抱えると空中で支える。
先程の攻撃で気絶したのかネアはぴくりとも動かない。
「何をしている!さっさと殺せ!」
頭に血が上っているのか顔を真っ赤にした丸い男の貴族が馬に乗ってそう言う。この距離になって、ようやく聞こえるくらいになった。
「そういうわけには行かない。」
鎮火したクーシェ達の状態は、"最悪"といってもいい。焼けただれたクーシェの体は、力無くカレンにもたれかかるように動かない。カレンも深い傷に加え、先程の炎を浴びて火傷を伴っている。
「………誰だねキミ」
冷たい眼光を持ったその人物。ルリと同じ、青い瞳の色をしているが、『感情』という色が見当たらないせいかルリのように親しみが一欠片も感じられない。金色の髪、歳でいう壮年を彷彿させる存在感を放つが、二十代後半のような肌のハリをしている。
「―――名はネスクと言う。うちの者が世話になった。」
何があったかは分からないが、目の前の者達を許すつもりは無い。たとえ、貴族であろうとも二人をここまで追い詰めたのは許さない。場合によっては、"存在を消し去る"。
「愚民が!誰に口を聞いている!身を弁えろ!」
丸い貴族が持っている鞭を振るって来る。
それを進み出たポーアが鶴羽衣で絡め取る。
「なっ!?」
その貴族が驚いた様子を見せる。ポーアを見ると、ニコリと笑って返す。
――――この人、ヤッちゃってよろしいですか?
貴族スマイルでそう告げてくるポーアに苦笑いで返す。次にミレドを見る。
(任せておけ)
二人はミレドに任せよう。さて、
「俺達を愚民と言ったのか?
一応言っとくが、俺達はこの国の者じゃない。それで、この仕打ち………それは宣戦布告と考えていいか?」
圧力を魔法的に加えると共に視線を細く鋭くさせる。
「くふ、お前。書状も所有してなさそうだな。そんな者が大使じゃないだろ?そんなヤツが宣戦布告と言っても信じられないぞ。くふ、くふふふふ」
変な笑い方をするその貴族。完全にこちらを舐めているという印象を受ける。その上、威圧が全然聞いていない。図太い精神をしているか、鈍感なのかは理解し難いが。
「大使ではありませんが、それに準じる者、とお考えになって構いません。それを聞いた上で先の行動を取られるのでしょうか」
「ふん、証拠も無しに抜け抜けと………」
「"証拠"とおっしゃいましたね。では、こちらをご覧下さい。」
ポーアが背負った袋からいつも持っている短剣を取り出す。一見すればただの鉄製の短剣と取れる物である。
「それがどうしたというか!」
「私の名はポーア・ツェリア・ペルメス。由緒あるドルイドの長を代々務め、王家の血族です。これは、現長であるディル・ツェリア・ペルメスである実兄から国を出る際に頂いた物。この剣には王家の家紋が施されています。確認して頂いて構いません」
鶴羽衣を鞭から外すとそのまま手元ヘ戻り手に持つ短剣を金髪の貴族の前に出す。
「……確かにあの一族の家紋だ。」
「そんな馬鹿な。こんな小娘に……」
短剣を引き戻しそれをカバンにしまう。そして、貴族スマイルをしているポーアの目が薄っすらと鋭く尖った。
「先ほどから気になっていたのですが、こちらの国では女性に対する扱いを軽んじる風習でもあるのでしょうか?それがもし、事実ならば、『大陸聖教法』に違反しますよ?」
『大陸聖教法』とは、某聖国が定めた物である。女神崇拝を基盤に書かれた聖書を人の法に組み込まれたこの法は、この大陸唯一の共通法ともいえる。これに違反した場合は、女神崇拝へと不信として聖国で厳しい裁きを下される。
「くふ、当然そのような物は無い。大陸聖教にも違反していない。くふふ、だが、一族の繁栄のため、女が男に尽くすのは当たり前ではないか。」
「男女の結びの結果、一族が繁栄を辿るのは素晴らしい事だと理解しています。それは、聖書にも記されています。ですが、だからといって女性を軽んじる理由にはなり得ません。特に、未婚の女性には………、あなた方は『花』を枯らすことをお望みのようですね。」
ポーアがほんの一瞬視線を逸した。その視線を辿ると、カレンまで辿り着く。ミレドがゆっくりと治療を施す姿が見える。遠くで判断は付かないが横たわったカレンの額に傷。深く切れたような傷跡。
クーシェの攻撃で傷ができた事も考えられるが、その場合は、火傷に加え獣のひっかき傷ができる筈だ。
(この男………)
考えられるのはあの『鞭』。
「ペルメスがどうだろうと知ったことではない!
さあ戻りましょう伯爵様。予定が大分遅れてます。」
勢いを取り戻した丸い貴族がそう吠える。この男達、不利と見え逃げるつもりなのだろう。
「そうだな、男爵。不穏を残す事は少々考え物だが、報告の方が先だ。ダルニル男爵、被害の調査を、その後まとめて私の所へ。」
「くふ、御意。」
「まだ話は終わっていませんが………」
「話すことはもう無い。既に決定した。」
どこまで言っても話が平行線。そんな感じを覚える。
「………お前は領民を捨てるのか?まだ生きている者達を」
この国の法には、確か、飢饉などで最低限の生活を送れない場合は、国がその生活の補助を担う物があった筈。
「私の知る所ではない。民は王が貸し与えてくださった者達。その決定は、陛下が下さる。対処はそれからでも遅くない。」
王の判断の後動くのは遅過ぎる。その事を目の前の人は理解しているのだろうか。
「それで人が死んだら、どう責任を取る」
「責任も何も無い。こんな事で死亡するのであれば、それまでの命だったまで。」
ざわざわとその言葉で周りの村人達がざわつき始める。この人達は分かっているのだろうか。先ほどの言葉でここにいる者達全員を敵に回したことを……。
「死ぬ命を助けたければ、キミがどうにかすれば良かろう。わざわざ伯爵様のお手を煩わせるでないわ!」
両手に思わず力が入る。それに伴い、昨日栓をした魔力が弾けた。
「…………そうか。ならば、カッテシヨウ」
辺りに霧が立ち込める。朝露と思われるかもしれないが紛れもなく、それを発言させているのはネスクである。
騎士や貴族が乗る馬が怯えたように暴れ始めた。剣を抜いた騎士達は何が起こっているのか理解出来ていない。
「ネスク様………」
ポーアが何か言いたげにネスクの名を呟く。体がどんどん巨大化していく。苗木のような角が生え、四足になった足は蹄になる。
「後デイクラデモ怒レル。ダカラ、イマハ……」
「いえ、こうなるだろうと予想はしていました。お役に立てないわたくしをお許し下さい。」
「ポーアガキニスルナ……」
霧の向こうで戸惑った貴族の声が聞こえる。その方角へと歩みを進める。
「どうなっておる?一体何が……」
「何も見えない、くふ。どうなって………」
「………」
全員を見下ろせるくらいに巨大化した体で見下ろす。霧の中だがはっきりと彼らの様子は見える。彼らはその姿を見た瞬間、固まった。巨大な獣がそこにいるのだから。それで平然していられる方がおかしい。
「ワレハヒトニアラズ。聖龍・ミレドグラルノ命ニヨリ、使ワサレタ者デアル。愚カナ人ノ子ヨ。同ジ人ノ子ニ対スル仕打。更ニハワガ同胞ヘノ仕打。コノ目デシカト捉エタ。ソチラノイウトオリ二度ト顔ヲミセヌ。例エ、国ガ滅ビヨウトモ。」
霧の向こうの者はいつの間にか消えていた。
幻覚とさえ思える短い時間ではあったが、伝えることはきっちりと伝わった。
口をぱくぱくと動かす男爵達とは対称的に伯爵は冷静である。
「……早く陛下に会わねば」
霧が晴れた先には誰もいない。先程まで囲まれていた筈が、まるでそこには最初から誰もいなかったように人っ子一人いない。村人全員が神隠しにあったようだ。
消えた村人に加え、聖龍の使いと名乗る獣。それが事実ならば、以後の事に影響が出る。
事の重大さは、魔物の発生より深刻である。




