暴走した力
更新します。次回くらいでゴブリン絡みの話を終了します。予定としましては、その後、首都へ!
「カレン様っ!!」
カレンがよろけたように後退り、クーシェにその背を支えられる。クーシェの息を呑む声で周りの村人達にどよめきが波紋のように広がって行く。
ぽたぽたと地面に血が落ちる。
鞭で打たれて切れた傷口から血が流れる。幸い目には当たっていなかったこともあり"失明"とはならないが、額に深々とした傷がぱっくりと開いていた。
「私は大丈夫です……だから………落ち着いて下さい。」
誰かに優しく語り掛けるように馬に乗った貴族達の背後に村人に混じっている子供達へと視線を送る。
フルール、パルメルス、ネア、マロン、フィアールがいる。ルリを除いた誰もが硬い表情をしている。
上手く取り繕っているが、ネアとフルールは今にも飛び掛かりそうなほど静かに殺気立っている。
「女性に暴力を振るなんてサイテイです!」
逆立った赤毛の尻尾がクーシェの感情を顕にする。嫌悪感に加え、殺気で射殺さんとする視線が目の前の貴族へと向けられる。だが、その殺気に気付かない貴族達はふん。と鼻に掛けた後、再び地面に鞭を打った。
「躾のなっていない自称騎士に"躾"を教えてやっただけであろう?―――む?よく見れば、キミ………。」
何かに気づいたまるで団子のように丸いゴア男爵が言葉を一旦切る。
「………灼熱狼か。珍しい事もある物だ。…………よし………連れて来い」
今までだんまりを決め込んでいた伯爵が騎士団の連中に指示を出す。「はっ。」という声と共に距離を縮めて来る。
「くふふふ、こんな所で灼熱狼に会えるとは今日はツイテいますねゴア男爵」
「そうですなダルニル男爵。これに加え魔物の早急な解決があれば、我々にとって今日という日は神が祝福してくださった日なのでしょな。そうでしょう?グリューム伯爵様」
「………」
伯爵の目には何も瞳に留めない。ただその瞳には命令を受けた騎士がクーシェに近寄って行く姿だけが映されていた。
その時、
ゴア男爵の頭に石がぶつかった。
「誰だ!!石を投げたヤツは!!!」
ゴア男爵が怒鳴る。
クーシェに近付いていた騎士達は動きを止めた。
「姉ちゃん達をイジメるな!後から来たクセに!」
家族を連れて行かれていたあの男の子だ。
その後ろには妹らしい女の子がいる。母親は見当たらないが恐らく無事だろう。帰って来た姿を昨夜確認したから。
「そうだ!お前等がぐだぐだしている間に俺達がどんな目に遭っていたかも知らないくせに!」
「そうだそうだ!後から出しゃばってきて俺達の天使様をよくも!このヒトデナシが!!」
「そうだそうだ!」と同意する村人達が声を上げる。その中には"ヒトデナシ"であったり、"今すぐ出ていけ"という声が多数聞こえる。
「皆様………」
クーシェの心に暖かな何かが響く。彼らには心が伝わっている。たとえ種が違うくても、"人"としての心は同じなのだ。
「………この場の者達を今すぐ捕らえろ。反逆だ。抵抗する者には抜剣を許可する。」
その様子を見たグリューム伯爵が冷たく起伏の無い声でそう告げる。兵士全員が剣を抜く。
その声でクーシェは谷底に突き落とされたかのように血の気が引いていくのが直に分かる。
………コロセ コロセ コロセ コロセ
どこからとも無く幻聴が聞こえる。
―――― コロセ
体の奥が熱い。熱がこみ上げる感覚。この感覚は、前にも感じた事のある感覚だ。
「クー……シェ様?」
片目でカレンがクーシェを見る。
「くっ、……あ………だ、め…………あああ……」
今ここで開放すれば、恐らく全員がタダではすまない。その事を念頭においてこみ上げる熱を抑え込もうとするがそれも限界がある。
「だ…………め!!!!」
熱気と共に魔力が放射する。
クーシェの周りにいた物達が熱気に当てられて軽く吹き飛ばされた。
「くっ。」
一番近くにいたカレンも熱風で体が飛ばされるも、ここ数ヶ月のミレドとの修行の甲斐もあってすぐ立て直した。
「ふぅ………ふぅ……ふぅ――――コロ、ス」
手を地面に付けて四足になったクーシェの周りに炎が纏わり付く。炎が"衣"となって覆われたクーシェの尻尾が二つに広がる。
「一体……何が………」
虚ろになったクーシェの瞳の奥に感じ取れるのは、『憎悪』。長年騎士を務めていた事もありそういう感情を抱く者の目は知っている。だが、なぜそんな感情を今のクーシェから感じ取れるのかが分からない。
そんな感情は、クーシェにしてみれば、程遠い感情である。
「こ、殺せ!!」
あまりの殺気に鈍感貴族はやっと気付いたようだ。
青くした顔で騎士達に命令を出すが誰も動かない。
いや、動けないのだ。
「ふぅ……………ああっ!」
荒い息遣いの後、雄叫びのような声。"獣"を彷彿させるような構えの後クーシェの姿が消えたかと思うと目の前に現れた。
(これは、『縮地』……?)
素早い足捌きでまるで瞬間移動をしたかように見せるその技法を知っている。だが、それはクーシェが今扱える技では無い事も一緒に修行をしていたから知っている。
炎を纏った右ストレートの攻撃を剣で受ける。
たった一発で手が痺れる。背後へと足を運ばせる。
勢いを後ろへ流しつつ、距離を取る。
間合いを計り、剣の柄をしっかりと握り締めて前へと地面を蹴る。
(周りの事も考え、クーシェ様も傷つけたくない……私に今出来る事は………)
鉄製の剣が光沢を発する。
「あああ……!」
再び目の前にクーシェが現れる。
次は、左下から。
(うっ…………)
ぎりぎりで避けるもあまりの熱で髪の一部が焼けた。
間をおかずに直ぐに右から先程と同様の攻撃が来る。
剣を盾代わりにして更に深く潜り込む。
その過程で騎士に入団した頃から使っていた剣が熱に当てられた後に衝撃により砕け散った。
軽い切り傷が後から襲い掛かり、その痛みで感覚が鈍るが間合いに入ったからそれで良い。
「クーシェ様!」
後に残った柄を手から捨てぎゅっとクーシェの体を抱きしめる。クーシェの纏った炎の衣に当てられて体中が痛い。
「うぅ……あ!ううう、あああ!!」
暴れるクーシェ。力比べをすれば、大の大人も一捻り
出来るくらいの怪力である。しかし、体を外すつもりは無い。
「ああ………ぐぎっ!!」
「っ。」
クーシェが首筋に牙を立てる。深く食い込んだ所から血が溢れる。焼かれる痛みに傷の痛みで意識が遠くなりそうになるが、今が踏ん張り所である。今を逃せば、恐らく彼女が足を踏み外してしまう事は明白である。
ここで止めなければいけないのだ。
首筋に噛み付いたクーシェの頭を優しく撫でる。
「〜〜〜♪」
カレンが綺麗な音色を奏でる。
それはドルイドに伝わる子守歌の一種である。
子が健やかに育ってくれよう願いを込められたその歌は、"安らぎ"という題材で作られた。
暴れていたクーシェの動きが少し大人しくなる。
「今だ!貴様ら切り捨てろ!」
剣を抜いた兵士が迫る。
「【地奮起】!!!」
地面からせり上がった土の針が騎士達の動きを遮る。
その光景を歌いながら、消えそうな意識の中はっきりと目の当たりにする。
「【静寂の雨】」
静かに雨が降って来る。雨を浴び、クーシェの炎が徐々にその火力を弱めた後、ジュッという音と共に鎮火した。自分自身もそうだが、ヒドイ火傷である。
暴走したその力は自らの体をも犠牲にする諸刃の剣なのだ。
「何をしている!さっさと殺せ!」
怒りを顕にするゴア男爵が騎士に怒鳴る。その顔は真っ赤に染まっている。
「そういうわけには行かない。」
息を呑んで見守っていた人並みを掻き分けて四人がやって来た。
「………誰だねキミ」
「―――名はネスクと言う。うちの者が世話になった。」




