BREAK!!!
更新します。
頭の上からシャワーの雨が降ってくる。
新しく浴場に設置したシャワーヘッド。その仕組みは『水の魔法が宿った魔結晶』を媒介にして散布する仕組みである。その魔結晶は"外"に設置されており、パイプを通じてシャワーヘッドから水が出てくる。
温度調整も可能で、内側のシャワーヘッド下に『火の魔法を宿した魔結晶』を設置してある。
二つの魔結晶を一緒にする事も考えたがラクリマ同士の反発で爆発しても困るためやめた。
「………分からない」
肌に当たる暖かな雨が身体を浄化させてくれるが、ネスクの心はずっと曇ったままである。
理由は、昼間のミレドにある。
この一年間、彼女と一緒にいたが、今まで彼女が人間に積極的に接して行こうとした事はない。
むしろ、彼女の方から人間と接触する事を避けている節も見受けられた。
それが今日のあの発言は矛盾している。
一体、ミレドの中で何の変化があったのであろうか。
「はぁ、こんなに悩むのも久々……だな。」
前世では勉強であったり、バイトであったり、人間関係であったりと、頭を抱える苦悩は日常茶飯事であった。今でも悩む事はあるが前世の比にならない。
数日前も『ネアの事』で悩んだが、今回ほどではない。
(相変わらず迷える子羊なのですね。)
呆れたようなソフィアの声が聞こえる。
「何だよ、『迷える子羊』って……!」
(現にそうでしょう迷える子羊ちゃん。それとも、困った子豚さんか、屠所の羊―――の方がよろしいですか?)
「いやどれもいいから。というか最後の意味!『死にかけ』だろ!?」
(おやご存知でしたか。大朏様のことですから知らない物だと思ってました。)
「それぐらいは知ってるさ。学生だったからな……」
あの頃が懐かしい。かつての自分。
バイトと両立させながらの学校生活は眠気との戦いであった。その戦いは、中間・期末・学年末の試験で苛烈さを増す。その記憶の中にその言葉は存在する。
(先に申し上げておきます。今回、
―――私は助言いたしません。)
「………えっ?」
(それに加え、この問題をご自身で解決するまで、
こちらへの入庫を禁止させて頂きます。)
「ちょ、ちょっと待て!どういうことだよ!」
(前回のようにこちらへ引き込まれても困りますし皆々様にも迷惑をかけます。なので、
……しばらく『書庫』の使用は出来ないと考えてください)
「何でだよソフィ!!急にどうして!」
突然の報告にネスクの思考がかき乱される。頭の中がぐちゃぐちゃになって、ミレドやソフィアの考えがわからない。
(繋がりは繋げておきます。何か生命の危機に迫る事が起きれば、その時だけ力をお貸しします。
………最後に、一言だけ。ミレド様のお考えを考えてください。ご自分の頭で彼女が考えている事をしっかりと考えてください。――――――逃げないで下さい)
『逃げるな』と言う言葉を最後に沈黙した。魔力のパスが繋がっていることから、ソフィアの言葉の通りなのだろう。
「ソフィ?ソフィ!ソフィア!!」
ソフィアから返答が返ってくる事はない。
「【知恵の鍵】!」
ネスクの声に呼応して『鍵』が手元に現れる。
「【解錠】!!!」
時計回りに鍵を回しながら合言葉を口にする。
だが何も起きない。
「【解錠】【解錠】【解錠】!!」
何度も試すが全く反応しない。
完全に"拒否"されている。
「なん、だよ。何何だよ!」
ネスクが小屋の壁を殴るとメキッと壁板にヒビが入ってしまった。
突然の報告に拒否。言うことだけ言って応答しないそれはまるで一方通行である。
――――皆勝手である。突然意見を変えたり、一方的に言うことだけ言って俺自身の言葉は届かない。
『逃げないで下さい』
かき乱された心と思考にソフィアが最後に言っていた『謎』のメッセージが印象深く残った。
シャワーの雨がまるで冷たい雨に打たれるかのような錯覚を感じる。伸びた髪がシャワーに濡れて垂れ下がる。今他人がネスクを見れば、カッコ悪いくらい酷い顔だろう。
先ほど壁板を殴った右手がズキズキと痛む。板の破片から出来たのであろう傷口から真っ赤な血が流れる。
「ネスおぬし、大丈夫か?」
ネスクがふらふらしながら振り向くとミレドがいた。もちろん、何も着ていない。
――――何故いるのか、何故裸なのか。
いつものネスクであれば、赤面して怒っているが今のネスクはぶつけられた言葉のインパクトに心が沈みきり反応が出来ない。そのくらいネスクの精神が揺さぶられているのだ。
「ネス、おぬし………案外可愛らしい物を持っておるのう。」
意気消沈するネスクを他所にミレドは視線を下にしてそうつぶやくのであった。
* * * * *
「おぬし本当に男か?男ならば、もっとこう。獣になってもよかろうに。こんなべっぴんな娘と風呂を共に入っておるのじゃからな!」
湯船の中でミレドがネスクに話しかけながら自身の尻尾や角を洗っていく。白い鱗を纏った尾が湯の中で光の反射を受けてキラキラ光る。
「…………」
満身創痍状態のネスクも湯船に浸かっている。だがミレドの問い掛けに反応は無い。言葉の鈍器の衝撃でそれどころでは無い。
「さっきから黙ったまま、か。ネス、何か申せ。申さねば分からぬよ」
「………」
「こ〜れ!何でも良いから話せ!」
バシャッとネスクの顔めがけて、手で発車口を作って水(湯)鉄砲を発射した。器用な指先によるコントロールである。
「何で……あんな事……言ったんだ………」
「あんな事……昼間のあれか。あの場で申した通り、あれは妾の本心じゃ。」
「もう少し………先でも、良かっただ……ろ。」
「確かに、のう。じゃが、召喚者共がいつ来るか分からぬ以上悠長に待ってはおられぬよ。突然来てからでは、耐性の無い今のちびっ子らでは精神を摩耗させてしまうからのう。」
ミレドのその言葉に声を荒げてネスクが反応した。
「お前は知ってんのか!ネアが人間に裏切られた挙げ句に売り飛ばされた事を!ルリが受けた傷が今もルリに傷を刻んでいることを!!フルールやパルメ。他のマロンやフィアールだってそうだ!4ヶ月ちょっとで『人間への恐怖』が消える筈ないだろう!!」
「………落ち着け、ネス。おぬしととことんまで向き合い話し合うためにこうして、同じ湯の中に浸かっておるんじゃ。妾はどこにも"逃げぬ"……話し合おう。」
声を荒げた事でネスクは息を切らす。立ち上がった湯船に再び座り直す。しっとりと水分を含んだ髪が下へ下って来て鬱陶しい。
肩まで伸び切った髪が湯船に浮かぶ。前髪は自分で手入れは多少した物の、鬱陶しくない程度のため髪の毛がアンバランスになっている。
少し声を荒げた事で心臓がバクバクと音がなる。こんなに声を荒げるのも珍しい。
「まあ、ゆっくり話そう。【次元の穴】」
空間に異次元の穴を生み出したミレドが中に手を突っ込む。そして、戻したその手には木彫りの器が二つとオレンジ色の液体が入ったガラス瓶が一本握られていた。
「キンキンに冷やした"オレンジジュース"を飲みながら話そう。ここしばらく、語り合いも、話し合いもせなんだからのう。
人は己を知ってもらう為に声を発する事が出来る。意思疎通を図る為にその器官を持つのじゃ。」
ミレドが器に蜜蜜柑から絞ったオレンジジュースを注ぐ。注いだ器をネスクへと差し出す。
「こういう時は、酒に限るが。無い物ねだりをしても仕方ない。おぬしもまだ"成人の儀"を受けてはおらぬしのう。そこは堪えよう。」
「……自分で生み出せばいいだろうに。」
「まあそうじゃが、一から生み出せのは疲れるからのう」
立ち上がっていたネスクが湯船に再び浸かり、座る。ミレドが差し出した器を受け取って飲む。自分で作っておいてなんだが、――――良い味である。




