ネスクとネア その弐
続きからです。
「なっ……えっ?」
ネアが驚いた表情を浮かべて固まった。
まあ、そうだろう。詠唱省略でも、無詠唱でもなく、
"指を鳴らしただけ"で、発動済みの魔力が消し飛んだのだから。
この技は、いわゆる『相殺』。
攻撃対象の魔法と同じ魔力、魔力の波長を指を鳴らして打ち消す『技』である。あくまでも、その対象の魔法のみなので、複数もしくは、別の魔法を使われれば、打ち消せない。
結構シビアな技だが、神器が付いているため。俺にとっては、これ以上無いくらい。―――最強の技である。
「ま〜た攻撃でもされても、困るからしばらく―――、
"封印"させてもらうぞ。」
ネアの額に、向こうの文字で『無』と描く。
書き終わると薄い魔力の膜がネアの体を覆う。
ネアは、ギリッ―――と鋭い目で睨んで魔法を呼応させようとする。しかし、何も起きない。
「………な、何で……」
こうなっては何も出来ない。
抑えていたネアの体を放す。放すと同時にネアが攻撃体勢を取る。
「………私をどうする気?」
「だ・か・ら!話をしたいだけ。そう殺気立つな!!
………立てって話すのも……なんだ、座ろう。」
背を向けて木の根っこにネスクは、座ろうとする。
あーあ、寝心地良さそうだった木が真っ二つ。
あの木で寝たかったなぁ。
ぐさっ
鈍い音の後、背中に痛みが走る。
「んっ?」
「敵に背を向けるなんて、『刺して下さい』って、言ってる物。私を甘くみたわね!」
うん、知ってた。
隠し持ったナイフの存在は、先程拘束した時に把握していた。それを敢えて………である。
「その傷じゃ、早くしないと死んじゃうよ。もっとも、背骨に刺したから、もう立つ事は出来ないだろうけど。」
ネアがナイフを引き抜く。すると、ドバドバと、温かい物が傷口から流れる。普通に出血量が多い。
「それで?…………お前は、満足か?」
「あはははは、満足に決まってるじゃない!憎い人間を一人殺せるのだから。これで、お父さんにも認めてもらえる!失敗を取り戻せる!!あははは!ざまぁないわ!!!」
人間を殺せば、父親に認められる?
そんな訳がない。そんな事をさせる親に認められた所で、その先、上手くいく筈が無い。
「悪いが俺は――――殺せない。」
「あははは、死に際の遺言?。
良いですよ聞いてあげますよ。最もすぐ忘れちゃいますが……!!」
「やれやれ、ただの人間ならこれで殺せただろうが。お前も俺を甘く見すぎだ。」
「はっ、何を言って……」
大量に流れていた血が一通り流し終わった後、ピタリと止まった。傷口からすぐに白く輝く炎が傷口を焼いていく。
「………うそ、………何で……」
ネアが持っていたナイフを落とした。血の付着した部分がボッ!と白い炎が出る。この炎は、ただの炎ではなく、燃え移らず、ただ、俺の体の一部、例えば血などを燃やすだけの炎である。
「あ〜あ〜!服がこんなに!この服、もうダメだな。そういや、………替えの服忘れたな。
皆に会わずに自分の部屋に戻らないと心配させちまう。」
ただでさえ、先週の。題して『ネスク書庫篭もり騒動』で心配掛けたのだ。あれからしばらく、ポーアとクーシェがくっ付いて離れず、困ったのだ。ミレドには、呆れられた。
その他の、カレンさんやルリ、フルール達は、そうでもなかったがそれでも――――、
カレンさんには何故か肩をとん、とされた後、うんうんと頷かれ、ルリとフルールは、甘えてくる回数が確実に増えていた。
今は収まっているが、逆戻りにでもなったら、それこそ、精神の方が持たない。
皆には伝えていないが、どの子達も"美少女"なのだから。
「それで、まだやるか?
一応言っておくが、今度は抵抗させてもらうぞ。俺。痛いの、嫌だし。」
どんなに傷を付けられて治ろうとも、瞬間の痛みは生じるのだ。こればっかしは、『人』である以上当然である。痛みを感じなくなってしまえば、本物の化物になってしまう。
「………人間が、ありえない。」
既に完治しているネスクの背中を見てそうつぶやいた。
「まあ、そうだろうな。禁忌を犯す前は、普通の人間だったが………」
もっとも、その時の記憶は、一切ない。体と精神が分離して体に残る記憶は、ミレドの消滅魔法によって、文字通り、体ごと綺麗さっぱり消し飛んだ。
復活を果たしたこの体には、体に残った記憶は受け継がれず、代わりに『代償』だけが引き継がれた。
「……分かったわ。望み通りに話をするわ。」
魔力の膜に押し込められたネアの魔力が殺気立ったような色をして、荒れ狂っていた魔力が内側に引っ込んだ。
「そりゃ、良かった。俺も流血沙汰はしたくないからな。」
もっとも既に流血沙汰には、なっているが、ノーカンである。なぜなら、治ったのだから。
「それで話って、何?私からあなたに話すことなんてない」
あれれ、武力の次は、言葉のナイフが尖った気がする。まあ、いいや。
ネアが近くの平たい地面に座った。大きく広がっていた黒い羽が縮小して折りたたまれる。上空から拘束されて、地面までネスクに落とされたので、羽をしまい忘れていたのだ。
「さっき、『お父さんに認められる』って言ったな。どういう意味だ?」
「……私達、カラス人は任務に失敗した時、失敗の償いに、――――自分の命か。仇敵の命を、族の長である者に差し出すの。」
「……仇敵が人間か。」
さっきの彼女の行動と言動でその位は予測出来る。だが、彼らが人間をそこまで憎む理由が検討がつかない。
「カラス人は、……ペルメスの耳であり、目。その任務は、―――『敵国の諜報』。それは、幼い頃から大人の人に教えられるの。諜報の仕方から、人の目利き。それから、……人の殺し方も。」
「それ、俺に教えて良いのか?俺がどっかの国の連中だったらどうするよ。」
「あなたは、危険。だけど、どの国の人でもない。私、人を見る目はあるの。」
自信を持って言うネアの赤い瞳。クーシェの明るい赤に対して、ネアの瞳は赤に黒み掛かったような赤色。
クーシェの赤より落ち着いたその瞳は他の誰にも似ておらず、ネアの綺麗な部分を引き立てる。
「―――正解。ネアが教えてくれたから俺も話すが、俺は、『異民』としてお前より小さい頃、村から追い出された後、まあ、色々あってここに流れ着いただけだ。」
「……色々って、一番気になる部分をぼかしたわね。」
「俺の事はいい。……話を戻そう。その話と、父親と何が関係しているんだ?」
「私のお父さんが、『族長』。」
「………そういうことか。」
涼しい風がなびく。少女の肩程まで伸びた黒い髪がさらさらと揺れる。ネアが体育座りにした後、足に顔を埋める。
「お父さんは族長。カラス人の頂点の人で、皆をまとめているの。
私には、私の他にも兄さんがいるの。お父さんの後は、兄さんか弟がそれを継ぐと、思う。
でも、私には、族長を引き継ぐ事は出来ないの。」
「なぜだ?」
「私は、妾の娘だから。私は、使い捨てが出来る駒。
―――いつかペルメスが敵に攻められた時、その命を賭して、敵を殺す。その為の弱点を付ける情報を得る。
でも、私はその大切な任務で失敗したの。それからは………」
「……無理に言わなくて良いぞ。」
任務に失敗したネアは、奴隷として売られたのだろう。そこから流れ流れてナザラの元へ。そこから先は、今に繋がるわけだ。
「私……馬鹿だった。人間から情報を貰うために人間の内通者を作ろうとしたの。………結果、自分の目を信じて選んだその人に裏切られたの。」
「えーと、ドンマイ?」
「なんでそんなに軽いの!私、さっきはああ言ったけど、結構凹んでるんだから!!」
「まあ、人生色々あるんじゃない?ネアは、まだ子どもだからどうにでもなるだろ。どうにでも。」
「私の人生、もう詰んでるの。ここから帰っても、失敗したから。居場所なんて、もうないの。」
「お前の父親がダメなら、母親は?」
「お父さんに今も御執心。私は、邪魔者なの。………その内、弟か妹が出来ると思う。」
―――――うん、だめだその親。
自分の(前の)父親も似たような感じであったが、彼女は両親と来た。確かに詰んでいる。というか、ネアを戻しても仕方ないと思う。
だって、『族』全員で、弾丸作戦のような事をしているのだから。よくそれで今まで『族』として生きてこれた物だと少し尊敬できる。
頑張ってるんだな、ソフィアの姉妹は……。
「………何、してるの。」
おっと、思った事がそのまま行動に………。
「何でもない。何でもない。ちょーっと頑張ってる子に尊敬の念を身体で………。」
明後日の方向に敬礼していた体をネアへと戻す。
「俺は、ここに来た皆、ルリ、フルール、パルメ、マロン、フィアール。全員を絶対に傷付けない。もちろん、お前もだ。」
「そんなの、信じられるわけ………」
「今すぐに信じろ、とは無理だろうさ。
だから、お前のその『目』でしっかり見ててくれ。お前の今後の為にもな!」
「それは、……どういう………」
ネアから疑問と同様が顔を上げた目から見える。
「国から追い出されたポーアや、『族』そのものが無くなったクーシェもそうだが、お前も"ずっと"ここに住めばいいさ。ミレドからは、既に[了承]は、貰ってるだろ?お前らがここに住んでいるからな。」
六人が住むことになったその日から彼女達がずっと、ここに住んでもいいという物もあのミレドの事だ。出している筈。直接その場にいた訳では無いため断言は出来ないが、まあ、あのお気楽龍様の事だ。
あと聞きでも二つ返事で帰って来そうである。
「まあ、見ててくれ。俺がお前らにとって、無毒な者のであることをな!」




