決着
更新します
暴風が下から上吹き荒れる。
「ぬぐっ。」
あまりの強風で呼吸する事すら、困難。今、口を大きく開けば一瞬で口の中が乾燥してしまう。そんな口をぎゅっと閉じる。そして、
下で繰り広げられる災害級の戦闘をディルは薄目にして目に巻き起こる砂煙の類が入らないようにしながら樹にぶら下がった状態で見守っていた。
(サナギになった幼虫の気持ちが……よく分かった………)
サナギになった幼虫が雨や風に晒されても、じっと、羽化する時を今の自分のように我慢しているのだろう。
―――と、そんな事を考える余裕が生まれたディルは、じっくりと敵を観察する。
「うらっ!!」
気合の入った声と共に重い拳が鋼のように硬い翼に打ち込まれる。拳が振り下ろされる度に強風が舞う。
下へと沈下していた一瞬で霧が空へと吹き飛んでいく。
「くくくっ!武器も持たずにこの威力。実に面白い!!」
剛拳を受けて後ろへと動かされた黒羽のフクロウ、ヒィルガルムが翼を動かす。風の刃がグラスを襲う。
それをグラスは避けられずまともに拳で受ける。
「テメェ。痛えだろうが!!!」
グラスには傷一つ出来ていない。
『倍加の型』から変化を遂げた『暴食の型』は、
―――空気中に含まれる"魔力を喰らう『型』"。
時間が過ぎる毎にその強さは肉体に反映され、強固に、そして頑丈になっていく。
既に、発動させてからの時間にして、三十分は経過している。
『暴食の型』による肉体強化は、"大型の魔物"並みの強度きなっている。
例えば、魔物の竜種の亜種にあたるファイヤードラゴン並みの強度。
魔物の竜種の強度は、魔物の中では最強ともいえる硬さ。地面に落として砕けず、火にも水にも強い。
流石に、劣化であったり腐食には弱いが冒険者であれば、喉から手が出る程欲しい代物である。
グラスが『型』を構え直す。
先程は見えなかった黒いオーラがグラスを中心に展開されている。そのオーラが周囲の魔力を喰らい更にグラスの筋力がムキムキになっていく。
「くくくっ!そろそろ時間切れ、か。俺のこの"今"の肉体では邪器〈悪夢〉を制御し切れない。お前達を連れ帰るのは、―――また、次回だ。」
「お前、ゴチャゴチャ何言ってやがる。お前を逃がす訳ねぇだろうが!!」
地面をグラスが一蹴り。
瞬時にヒィルガルムの目前までたどり着く。
そのまま拳を振るう。
だが、グラスの拳が空を切る。
「………お別れだ。次回、俺が迎えに来るまで眠れ。」
グラスの速度に反応したヒィルガルムがグラスの背後を取った。
再びヒィルガルムから黒い霧が溢れ出すり
だが次は周囲へと拡散することなく、グラスの体をすっぽりと覆い隠すように黒い球体へとまとまった。
「グラス!!!」
ディルがそう叫んだ時には、ヒィルガルムが動き出す。狙いは一点。
―――今回の目的であるへーガスの元へ。
滑空を続けるヒィルガルムはすぐに目的の元まで辿り着く。
「これで、"任務遂行"」
へーガスを壁へ叩き付けた時とは、明確に違う。
三本の足の鉤爪に黒い霧を纏わせて心臓へと振るう。
確実に殺す為の一撃。
それがへーガスの心臓に付き刺さろうとした時、
「神器〈夢〉再起動。」
その声と共に、へーガスが避けた。
避けたへーガスの姿が変化する。
紫の瞳に変わる。
そして、
黒羽のフクロウとは真逆。真っ白な翼へと様変わりを果たす。フクロウの長として遜色無いその姿は、
夜を支配する『王』という印象を与える。
「―――消え去れ。只の幻影が……」
普段の温厚なへーガスから想像出来ない冷徹な一言と共に足の爪がグラスですら、破る事が出来なかった硬翼をいとも簡単に、まるで柔らかいスポンジを貫くようにその体ごと刺し貫いた。
「ぐっ。なぜ、お前は確かに意識を刈り取った筈……」
ヒィルガルムの体からあの黒い霧が血が出る代わりに流れ出る。
「ディルとグラスの時間稼ぎのおかげじゃ。貴様は、二人に夢中で気づかなかったようじゃが、儂は二人が戦っておる間に意識は戻っておった。
貴様の姑息なこの霧のせいで上手く彼女と力が同調せなんだ。
まあ、今ようやと繋がったがの。ふぉっほっほ。」
そう笑うへーガスの目は全く笑っていない。
それは、二人を傷つけた目の前のヒィルガルムに怒っているからだ。
かつてへーガスがまだ戦場で戦っていた頃、
彼はその戦場でこう呼ばれていた
――――『血染めの白きフクロウ』。
へーガス自身は望んでこの二つ名を使わないが、
その片鱗は、年老いた今も健在。国に仇名す者達には、容赦せず、一度彼の逆鱗に触れれば、二度と彼の前には姿を見せない。
「さて、貴様には聞きたい事が山ほどあるが、まずは確認じゃ。貴様じゃろ?ナザラと人間の男を殺したのは………」
「………なぜ、俺だと……」
「貴様の邪器〈悪夢〉。
……自身の最も幸せな夢を見させる代わりに生気を奪い、その命をも奪う厄災。神器とは全くの"逆の性を持つ"―――邪器。種を滅するための最悪の武器。」
ヒィルガルムを見るへーガスの眼が鋭く光った。
「……へぇ、闇に葬られた物をよくもまあ知っている事だ。今の神器様は勉強熱心な事だ。」
へーガスは、飄々と受け答えするヒィルガルムに突き刺した爪を更にねじ込む。その痛みに歪んだ表情を浮かべるヒィルガルムを無言で見上げる。
「……フィーを巻き込んだんじゃ。それ相応の報いは、儂が与えよう。」
「くくくっ。それは、……無駄だ。俺の幻影は、ただの器。本体の俺には全く影響なんて物は無い。くくくくくくっ!!!」
愉快に笑うヒィルガルムはそれだけを残して事切れた。残った体は黒い霧となって消えていった。
「逃したか……。もっと情報を引き出したかったが………」
へーガスは、立ち上がりながら、近くで丸くなって寝ているフィーを地面から抱き上げる。
『逃したのですかへーガス。……全く使えませんね。アナタという人は……。私があそこまで力を貸したというのに、私の人選ミスでしたか。』
へーガスの頭の中で辛辣な声が響く。
「そう言われると何も言えんのう、"エルピ"よ。
相変わらず口調に棘がある。
もう少し優しい言葉でも良いであろう。これでもかなり危うかったのじゃから。」
今回、二人の足止めがなければ、確実にやられる"予言"を最初に襲われた時にしたへーガスは内心、焦ったのだ。ふぉっほっほ!と、言うへーガスの背中は、今も冷や汗でびっしょり。
『ふん、普段から同調を切っている貴方が悪いのです。もっと私を使っていれば、今回も何ともなかったというのに。……これで、"また"書き換わってしまいました。』
「……そうか。まあ、何とかなるじゃろう。あの二人が無事なら、……のう。」
視線の先には、ディルとグラスがいる。
ディルが必死な形相でグラスに呼びかけている。
既にヒィルガルムの解き放った睡眠霧は、普通の空気へと還っている。
その為、グラスの命は別状無い筈。ディルの目には、自分の情けなさから来た涙が出ている。
『……この先の未来には、あの二人は欠かせません。何としても、へーガス。貴方が守りなさい。例え、その命が潰える事になったとしても……』
頭に響く神器〈夢〉の管理者。
エルピダの声に静かに賛同するへーガスであった。
「守ってみせよう。この幸せな国の為にのう。」




