風前の希望
辺りの空気が重くなった。
黒い霧が黒羽のフクロウの姿を覆い隠すように纏う。
「『縛れ』!!!」
再び言霊で捕縛しようと黒羽のフクロウに蔓を向かわせる。
だが、ほんの一はばたきで打ち返された。
邪器〈悪夢〉と叫んでから、
黒羽のフクロウが纏う空気が変わり、姿が変化した。
黒い翼にその霧が密集し大きさが倍に膨れ上がった。
赤眼が闇のように黒く染まった容姿に極まって強調される。容姿の変化はまるで、『神器使い』のようである。
「さあ、ディル。その瞼裏で暗闇に閉じて"眠れ"。
そして―――次に目覚めた時、お前は我が同胞だ。」
空を飛ぶ黒羽のフクロウを包んでいた霧が散布される。先程の催眠効果のある成分が含まれているのであろう。
咄嗟に口を手で覆うも、そう長くは息が続かない。
(くっ、短期決戦、しか……ないか!)
目の前のフクロウとの相性は"最悪"に等しい状態化。先程、無理矢理引きちぎった羽衣を頭上に伸ばす。
空を飛ぶヤツを地面に落とさなければ、どうにもならない。伸縮自在の蔓羽衣が頭上の枝に括りつけることが出来た所でグイッと左手で引っ張る。下へと流れる霧の中で敵を相手にするより木の上からの方が何倍もマシだ。
枝の上に上手く着地した所で、フクロウの様子を確かめる。幸いヤツが撒いた濃霧のせいでこちらには気づかれていない。
「自らの力で視界を奪われるとは、難儀な物だ。」
状況を確認する。
敵は空中。近づこうにも、地上には催眠ガスが充満して地面を走って移動は無理に等しい。
そして、流石に近付き過ぎれば、敵も勘付かれる。
よって、近距離からの『魔砲』は使えない。
『魔砲』は、空気中の魔力と体内の魔力を混ぜ合わせて反発し合う爆発を打ち放つ魔法。
拳から放てば、手に溜めた威力を振動させて高い破壊力を敵にお見舞いする。
これは、近距離になればなるほど――強い。
だが、逆に遠ければ威力も落ち、敵まで届くのに時間が掛かる。
今の状態のように、離れすぎている場面では『魔砲』を使っても意味がない。
ならば、ドルイドの秘術を使って遠距離からの攻撃に当てた方が良い。
脳内イメージをした魔法陣を魔力を込めた指先で描いていく。時間がそれほどない。魔力を感知されれば、一発でバレる。
簡素であるが高威力の秘術を選択。
「我は願う。灼熱の光となりて我が敵を穿て」
手の平に収まるくらいの小さな魔法陣から花を宿した植物が現れる。言葉は予め現代語に略しておく。
その方がイメージしやすく、ドルイド語から現代語に翻訳されるまでの時間短縮が出来る。
『【バルシャ】』
紫の小さな花が魔法名を発すると、同時に照準を合わせる。最も破壊力のある【エキザカム】よりは、威力が劣るもののその速度は、【エキザカム】を発動させるよりも速い。
ディルが右手を銃の形にして空を飛ぶフクロウに照準を合わせる。
「『貫け』!!」
花から光が発射された。
原理は、【エキザカム】と同じく光を花の中央に集めて発射される仕組み。だけど、その違いは必要とする魔力の量である。
数キロも離れた距離を紫のレーザービームが掛ける。
密集させて極小まで小さくした魔法の弾丸が秒速数コンマで飛んでいく。
フクロウの翼を狙って放った【バルシャ】が敵を貫く。そう確信した瞬間、不意を付いた奇襲の筈の攻撃がまるで予想されていたかのように更に上空へと避けられた。
ディルは次の瞬間、体が固まった。
撃った位置など把握出来ていない筈の目では追えない速さで魔力の弾が飛んでいったのに、何の迷いもなく、こちらに振り向いたのだ。
「無駄だ。お前は既に我が術中の中。お前がどこで何をしていようと俺には分かる。」
どういうことだ?既に術中の中?一体いつから。
頭の中を揺さぶられたばかりだというのに更に激しく揺さぶられる。頭の中を覗き見られているようで嫌な感覚と不気味さを目の前のフクロウから感じ取る。
全身が総毛立つ。
「……焦っているな。そして、揺れているな。
なら、一つだけ教えてやろう。
ディル、お前が俺の纏う霧を吸ってから既にお前の動きは俺の手の中だ。」
そうか、あの時……。
始めの襲撃を受けた時だ。
あの時、撒いたあのガスは、こいつの纏う『霧』。 つまり、始めから仕組まれた襲撃。
絶望感で冷たい汗が額から流れる。
「お前が俺に勝つ可能性は、ゼロに等しい。
さあ、我が同胞になれ。このまま足掻けば、それこそ『無駄死に』。
お前も死してまでこんな結末は望んでいないだろう?
さあ、選べ。―――我が同胞に!!!」
黒羽の霧を纏うフクロウは、羽ばたかせる左翼をこちらに伸ばす。
絶望を突きつけ、選択を迫るフクロウにディルの中に宿る希望という名の『灯火』が消えかける。
自分も馬鹿ではない。分かっている。
今の自分では、目の前のこのフクロウには勝てない。
へーガスやポーアのように『神器使い』であれば、この悪い状況をはね返せるだけの"可能性"を持っている。だが、自分にはそんな力は無い。
――そんな圧倒的な力も、技術も。
せいぜい神木様から少しだけ力を頂いているだけで他はそれほど優れているわけではない。
「俺は……俺は……!」
ディルの言い方は、族長としての、自身の呼称から通常の呼称へと引き戻されてしまった。
自分の力不足に腹が立つ。
魔力の技術の未熟さに打ちひしがれる。
自らの弱さで心臓を書き毟りたくなる。
「立て!!!ディル坊!!!」
撒き散らされた霧の中から獣に似た叫び声が響いた。
黒い霧が砂煙となって、巻き上がる。
「うらっ!!!」
「うぅ!!!?」
強烈な一撃が空中の黒羽のフクロウの頬を捉えた。
空中で回転しながら打ち上げられるフクロウが体勢を立て直す。
「な、なぜ普通の奴が俺の霧の中で!?」
予想外の攻撃で堪らずフクロウは驚きの声を上げる。
「こんな物で俺を掌握出来るなんて図々しいにもほどがあるぜ。その反応の鈍さ。一から出直しやがれ!」
「グラ……ス」
地面に平然と降り立ったその人物に注がれる。
「我が族長たる『ディル』様に対しての侮辱!!ディル様に対する侮辱はドルイド族侮辱!!
その身に刻みやがれ!我ら"ドルイド族"の怒りを!!!」
そこには、完全にぶちきれ、血管を額に浮かべるグラスがそこにいた。




