黒羽のフクロウ
久しぶりに更新します。
「団長さん?どうかされたのですか?」
「……いや……なんか、嫌な感じがしてな。」
執務室の中へと通じる扉のドアノブに手を掛けたまま、固まっていたグラスにヘイズが疑問を投げ掛けた。
ドアノブに手を掛けた瞬間に直感が働いた。
グラスの直感はよく当たる。
それは、戦場で研かれた直感であり、その直感が猛烈に嫌な気配を感じ取ったのだ。
「はは、気のせいでしょう。ディル様の執務場に限って危険な事なんてある筈がないでしょうに」
「ああ、そうだな。ディル様の部屋に限って、な。」
ヘイズの言葉にグラスは納得している。
しかし、自身の直感を蔑ろにもしたくはない。
「ヘイズ、すまねぇがフィー様を背負うのを変わってくれないか?」
「それは構いませんが何故ですか?
あなたなら片手でも充分でしょう。」
「なーに、ここまでずっと背負ってからな。
腕が痺れてきただけだ。」
グラスは背負ったフィーをヘイズに渡す。
四歳にしては軽いフィーを問題なくヘイズが両手で抱え上げる。
渡し終わるとそのままグラスがドアノブを回す。
「ディル様ただいま戻りまし」
「フィーをどこにやったああぁ!!!!!」
扉を開いて一歩踏み込んだ瞬間、グラスが空中でくの字になって後方へと吹き飛んだ。
その光景をヘイズはフィーを抱えたまま呆然と立ち尽くしていた。
「ああ………あ、………ぎ、議長、いらして、……たのですか」
「お……グラスか。悪いのう。」
吹き飛んで倒れ込んだグラスの腹には深々とその老梟の足が食い込んで付き倒していた。
「へーガス議長、フィーは無事ですので、グラスから降りていただけますか。流石のグラスでも貴方様の奇襲を受ければ、体が砕けてしまいますので。」
ヘイズが振り返ると中から衣装がボロボロになったディルが姿を現す。
グラスは、その様子を見た後、薄れゆく意識を体が欲するままに手放した。
「団長さん!団長さーん!!!」
いきなりの状況で理解が追いつかなかったヘイズが堪らず気絶したグラスに駆け寄るのであった。
*****
綿を用いたソファにグラスを寝かせて額に濡れたしぼりをのせている。
倒れてピクリともしないグラスを他所にへーガスがフィーを抱えて決して離さない。
「落ち着きましたか、へーガス議長」
「うぬ、年甲斐もなく取り乱して、済まなかったな。」
先程の事をへーガスは謝罪する。
「腹部強打に、背中から倒れて頭を打ちましたが、命に別状はありません。……あのような攻撃を受けて軽傷とは、団長さんは化け物ですね。
普通の方、そうですね。そこの兵士が受ければ、骨折は免れなかったでしょう。」
容体を診察したヘイズの言葉で少し安堵した。
足元には木の破片やらガラスが散らばっている。それを部下に掃除させながらディルは一息付いた。
突如、滑空して窓から飛び込んで来た。
そして、へーガスがそのまま、扉に向かって突撃。
そのタイミングでグラスが扉を開けたため、このような悲劇が起こってしまった。
グラスの直感が当たってしまった。
「災難だな、グラス。」
「ん……んん!」
ディルがグラスに同情の表情を浮かべていると、先程の事が悪夢となっているのか、うなされている。
「フィーのためじゃ仕方ない犠牲であったのう。
ふぉっほっほ。」
「貴方という人は……はぁ」
親バカならぬ、孫バカ丸出しのへーガスに思わずディルは、深いため息をこぼした。
首が三六〇回転させる事の出来る『フクロウ族』の筈なのだが、へーガスはフィーが絡むと周りが見えなくなる。
「ふぉっほっほ。これでも悪く思っておる。
心からのう。―――すまなんだ。ささやかながら詫びさせてもらおう。」
へーガスがフィーを抱えたまま、うなされるグラスに近付く。懐からとある指輪を取り出す。
翼を広げるフクロウを象った指輪。その両目には、小さな紫に輝く宝石が填められる。
紫の宝石が一際キラッと瞬く。
「『神器〈夢〉』起動せよ!」
『主・へーガス様の意思を確認。
力の一部を開放します。』
夜を照らす金色のへーガスの眼が宝石同様、鮮やかな紫の瞳に変化した。
ヘイズ、ディル、そしてその場を片付けていた兵士が皆、へーガスのその変化を見て驚きのあまり固まった。
「なんじゃ、ぬしら。神器を起動を見たのは初めてか?こんなもん。神器使いならば、当たり前に出来る事じゃ!」
「え、と、へーガス議長、恐れながら、普通の者は、神器を扱う者を見るのは初めてだと思います。俺もまだ、驚きが抜けていませんよ。」
以前、神器によるポーアの変化を(植物を通して)見ていたディルがその場の全員の言葉を代弁する。
未だに固まったままのヘイズ、兵士を一周した後、
ふぉっほっほ、と笑いながらグラスに片翼を広げて掲げる。
「まあ仕方あるまい。驚く事は、その者に感情の起伏がある事じゃ。世には感情を表に出せぬ者もおるからのう。
さて、長話もなんじゃ。詫びとして、良き夢をグラスに見せてやろうかのう。」
そう言うと、へーガスは、ぶつぶつと魔法の言葉を呟いていく。呪文を呟き終わる毎に淡い光の粒がグラスにまとわりつく。その様子をディルは黙って見る。
神器使いの魔法は通常の魔法よりも強力だ。
―――その上、物珍しい。
その種に一人は神器を扱う者を、神器自身が選ぶのだが、それでも二○はいるか、いないかくらいだ。
種の数自体は、五○以上はいる。
だが、神器が選ぶ事自体が今の世では中々だ。
神器はずっと守護し続けている。しかし、力を扱う程心が強くない者であったり、邪な思いを秘める者が多い。
『我が力を持ってこの者に安らかなる時を授け給え。
【安らかなる夢幻】』
悪夢にうなされていたグラスの表情が徐々に緩和していき安心するかのように和らいだ寝息を立てる。
ここ最近は、まともに休眠を取れない状況が続いていためグラスの様子を見て肩の荷が少し下りたようにディルは感じた。
「これで良かろう。直に目覚めるじゃろうて。ディル、ぬしも睡眠はきちんと取れよ。そのままじゃぶっ倒れるぞ。」
「睡眠と休息は取れる時に取っていますよ。……お気遣いありがとうございます。」
「むっ。では、儂らはそろそろ里に戻らせていただこう。フィーの可愛い寝顔をじっくりと堪能したいからのう。ふぉっほっほ。」
せっかく心配をしてくれた言葉も、その言葉で粉々に崩れ去った。その場の誰もが、その言葉を聞いて苦笑いを浮かべていた。
ふぉっほっほ、と笑っているへーガスがそのまま翼を広げて飛ば去ろうとした時、
『………今のが今代〈夢〉の力か。随分とおままごとの魔法のようだ。』
開いていた扉がバタンと勝手に閉じた。
その光景はさながら、怪現象に似通っているが、そういうわけではない。
立ち込める異質な空気に兵士二人が急にバタンと倒れた。
「空気を吸うでない!!これは……!!」
「遅いぞ、神器使い」
仄暗い頭上から何かが飛び出した。
「?!」
次の瞬間、へーガスが壁に向かって吹っ飛んだ。
「議長、フィー!!!」
口元を押さえて、蔓羽衣を使いそこにいる黒い何かをぐるぐる巻きにしてから無理矢理引きちぎった羽衣蔓を使い昏倒するへーガスとヘイズに庇われる形でいるフィー、そして、兵士二人とグラスの計四人を蔓羽衣で巻き抱えて、割れた窓から飛び出す。
「ヘイズさん!!」
地面に倒れ落ちながら、振り返る。
唯一ディルが抱えて出る事の出来なかったヘイズの安否を確認する。
「私は…大、丈夫…です、ゲホッゲホッ」
ディルに続きヘイズも後から飛び出した。
「まずいな、これは…ゲホッ」
先程の異質な空気を吸い込んだせいか頭がボーっとする。睡眠作用を引き起こすガスが撒かれたようだ。
「目的は昏倒させたものの死には至ってない……か、では続きと行こう。」
割れた窓から先程の黒い何かが姿を現す。
咄嗟だったためわからなかったが篝火の灯る外でははっきりと確認出来た。
「おま、えは………」
そこには、へーガスと同じ『フクロウ』がいた。
だが、へーガスとは雰囲気も色も異なる。
黒い羽。血のように真っ赤な瞳のフクロウである。




