グラスとヘイズ、未来〈さき〉について語る
「おら!そこっ!手が止まってるぞ!
連帯責任だ!もう1セット追加だ!!」
『ええーっ!!!』
「更に増やして欲しいのか貴様ら!!
返事は!!さっさと動かせ!!」
『サー!イエッサー!!』
深夜の訓練場で上官の声の後、ヤケに似たような声が響いた。
―――その声の後、
即座に腕立て伏せの体勢に入って始める。
「俺……、団長と同じ『逃げる側』で良かったです。」
ボロボロ姿になったトーバがグラスの横でぼそりとつぶやいた。
「団長を初めて見直しました。一生付いて行きます!」
「トーバお前、俺を何だと思ってたんだ?」
「酒飲みク」
「フンッ!」
『酒飲み熊』と言わせる前にトーバの頭上にグラスの拳が落ちた。
「〜〜、痛いじゃないですか!!何するんですか!?」
「お前もあれに加わりたいか?」
グラスが目線で目の前のあれを指す。
『マッスル1』『マッスル2』と、訳のわからない掛け声と共に行われている地獄の罰ゲームをする兵士が目に映る。
「いえ、遠慮します。俺、もう疲れたので……」
トーバが目線を少し向けた後に戻した。
その目には可愛そうな同胞達への哀れみと言うような感情が込められていた。
―――結果から言うと、『逃げる側』の勝利。
フィーに翻弄され、グラスには誰も触れられないという完全なる『鬼』の敗北という結果に収まった。
「おう!こんだけ良い運動をしたんだ。
今日はぐっすり休めよ!」
何だかんだトーバも上手く立ち回り逃げ切った。
だけど、目を血走らせた同胞達を目の当たりにして精神的に来るものがあった。
「はいそれじゃ、俺はお先に失礼いたします。」
とぼとぼした足取りでトーバは兵舎へと向かう。向かう最中に大きなアクビを一回した。
「ふゅ〜ふゅゅ〜。」
「……俺も戻るか。ふぁぁ~、……疲れた。」
後ろに背負うフィーに吊られてグラスも大きいあくびをした。当のフィーはグラスに背負われて、既に夢の中。――気持ちよさそうに寝息を立てている。
フクロウ族は、『暗闇の狩人』と呼ばれる
一方で、『眠り梟』とも呼ばれている。
そのあだ名のとおりよく眠るのだ。
後ろでドルイドの兵士の半分が白目を向きながら必死に罰ゲームをしている。
グラスは、巻き込まれた兵舎諸君には悪い事をしたと思ってしまった。
「けど、たまにはいいな。」
厳ついおっさん顔のグラスの口が無意識に釣り上がった。
昔を思い出したのだ。まだポーアが小さかった頃も、今のフィーと同じように眠ってしまったポーアを担いで歩いたものだ。
グラスは現在四十後半。妻子もおらず、その生涯の大半をこの国、もとい『ドルイド族』のために捧げて来た。
もし、子どもがいれば、こうして……。
あったかもしれない可能性を思い浮かべて思わず、口元が緩んだ。
「おや、グラス団長。今お帰りですか?」
ディルの待つ執務室へと向かう途中に思わぬ人物と鉢合わせた。
「……ヘイズか。ああ、そうだ」
白衣を身に纏ったヘイズがタバコを吹かせて木の影にいた。
「グラス団長、そちらは?」
ヘイズが背中で眠る見た目が毛玉のようなフィーへと目を向ける。
「へーガス議長のお孫様のフィー様だ。」
「ほぅ、そちらが『フクロウ族の宝』といわれるフィー様か。しかし、今年で四と聞いていた子どもがどうして……?」
「ディル様に付いてきたんだ。見ての通り子どもだからな。」
「ああ……なるほど。夜遅くまでご苦労様でした。」
その後の展開を察したヘイズがグラスに労いの言葉を掛けた。
「これからどちらに?」
「執務室までだ。ディル様もいらっしゃる筈だしな。」
「では、私も同行させて頂きます。
聖域の子達についてお話を伺いたいですから。」
聖域の子達とは、ナザラが傷付けた子供達の事だ。
他の発見された大人の奴隷は、全員、ヘイズの所で定期検査を行なって、『心のカウンセリング』や『体の調子』を週一で行なっているが、最も精神が傷付いていたのが子供達だ。
精神的な傷は、子どもの成長にも影響される事がある。その為、
子供六人は聖域にて預かって貰っているのだ。
子供達の様子は、ポーアの手紙で伝えられてくる。
それは、ディルからヘイズに回され、彼女たちの様子からそれぞれの村まで送り返す時期を慎重に見計らっている。
ヘイズがたばこを一回。
その後、たばこを地面落としてから靴で火を消した。
「……すいませんね。子どもが寝ているというのに。」
「お前……たばこ臭いぞ。絶対に近づくなよ。」
フィーに吸わせないよう施してからディルの待つ執務室へと歩き出す。
ヘイズとグラスの距離は十メートル程空けて歩く。
「団長さん、そうしていますと『親子』みたいですよ。ははは、似合ってますよ。」
「からかうんじゃねぇ。
……ったく、俺はそんなガラじゃねぇよ!」
「団長さんは、想い人はいらっしゃらないのですか?」
「……何だよ急に、気持ち悪いぞ。」
「いえ、前々から不思議に思っていたのですよ。
その年になるまで恋沙汰話を伺ったことがありませんから。
……そろそろ、引退して身を固めた方がよろしいのでは?」
ニコニコしていたヘイズの顔が妙に真顔になった。
―――それはこの男が真面目な話をする時の顔。
ヘイズとグラスはそれなりの付き合いである。
ドルイド族の唯一の医者。そんな彼に自身や部下がお世話になる事などよくある事である。
グラスは、うっそうと大樹の枝が茂る空を見上げる。
それは、昔の事を思い出してか。
はたまた、これから先に付いているのかは、わからない。ただ、無言でフィーを背負ったまま歩き続ける。
しばらくしてからグラスがヘイズに振り返り、厳つい顔でニコリと笑う。
「ティル様との約束がある。
ディル様が立派な族長に成られるまでやめるつもりはねぇ。
今のままでは危なっかしくて見てられねぇよ。」
内乱のせいで、今のドルイド族は若干浮足立って、地に足が着いていない感じをグラスは感じている。
それは、民達の先の未来への不安なのだろう。
今の状態でグラスが引退でもすれば、そこに軍の連中まで加わり歯止めが付かず、また内乱という可能性もあり得る。
「信頼出来る部下に任せるというのは如何ですか?
例えば、ほら、トーバ様とか。」
「……覗き見とは悪趣味じゃねえか。」
「覗き込むではありませんよ。偶然ですよ、偶然。」
「はあ、まあいい。アイツも才能は確かにある。
だが経験が足らねえよ。」
トーバの才能はグラスも感じてはいる。
部下をまとめ上げる才は前回の内乱で感じていた。
後継として、彼を絶賛育てているのも確かだり
だが、今の彼ではまだ心許ない。
「今『団長』を任せられねぇ。いや、任せちゃいけねぇよ。トーバはまだ若すぎるからな。
まとめ上げるより先に潰れちゃあ困る。」
「なるほど……じっくりとですね。」
「ああ、そうだ。じっくり、ゆっくりと絞り込んでからだ。」
「団長さん楽しそうですね。」
そう語るグラスの顔は悪い顔をしていた。
そうこうしていると、いつの間にか執務室の家(木)の前までたどり着いていた。




