第9話 設定確認
紫苑が部屋へ戻り、引き締まった静寂が居間に戻ってきた。
玄蔵が静かに茶をすすりながら口を開く。
「じゃあ、大吾くん。紫苑ちゃんが霞条のお姫様ってことは、ここだけの話ねぇ」
「勿論です。ここ澄波には、かつて霞条に裏切られた事を未だに根に持っている人間もいますから……」
「あぁ、開拓失敗地だった頃の話ね。支援を打ち切られたとか何とか。
まぁ霞条と聞いて僕もちょっとは『ん?』って思ったけどさ…
でも、昔の話だしあんな子供には何の関係もないでしょ」
「ですが念のため、口は堅くしておきます。……鈴、お前もわかったね?」
「はーい。……でもお父さんあたし、蒼太の方が心配なんですぅ。コロッとポロッと言っちゃいそ~」
肘を突いてジト目を向ける鈴に、蒼太が声を張り上げた。
「もぉ、鈴ちゃん! わかってるってば!」
軽口を叩き合いながら、大吾と鈴は自分たちの家へと帰っていった。
見送りに出た玄蔵と緋乃は、ふと、遠くで心配そうな表情の澪さんが視界に入った気がしたが、
何故か夫婦の意識には止まらず、二人は家へと戻った。
◇
翌朝。
外から聞こえる活気ある声や木刀の打撃音に、紫苑はゆっくりと目を覚ました。
ちょうどそこへ、様子を見に障子を開けた鈴と目が合う。
「あ、起きてる。緋乃さーん、紫苑ちゃん起きたよー!」
そのまま部屋へ入ってきた鈴は、眩しい笑顔を向けた。
「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。はい……あの……鈴……様……」
「ぷはっ! 様なんていらないよー。そう言えば紫苑ちゃんって幾つ?」
「私は……十五歳です」
「あたしと同い年じゃない! なら様なんて堅苦しいのはナシね。
あ、あたし紫苑ちゃんって呼んでいい? もう呼んでるけど!(笑)
あたしのことも『鈴』でも『鈴ちゃん』でも好きに呼んでいいから。
友達でしょ?」
「え? お、お友達……?」
「うん、そうだよ!」
「え……えと、では……鈴……ちゃん……」
「ふふ、改めてよろしくね、紫苑ちゃん! あ、ちなみに蒼太は十三だから年下だよ。
だからまあ、バカでもアホでも好きに呼んでいいから」
ケラケラと笑う鈴に、紫苑はパチクリと目を丸くした。
「え……殿方にそのような……」
「殿方ってアイツがぁ?」
お腹を抱えて笑う鈴。そこへ、お粥の盆を持った緋乃と、不満顔の蒼太が部屋に入ってきた。
「鈴ちゃん…聞こえてるんですけど……!」
「あら? 聞こえちゃった?ごめんあそばせー」
「ワザとだ……絶対……」
「うふふ、朝から賑やかね。紫苑ちゃん、おはよう。お粥を持ってきたの、食べられるかしら?」
「あ、おはようございます。ありがとうございます……緋乃……さん、蒼太……さん」
ぺこりと頭を下げる紫苑の顔を覗き込み、緋乃は優しく微笑んだ。
「あら、まだ少し顔色が良くないわね。二人とも、お話し足りないでしょうけれど、稽古に戻りなさい」
「はーい! ほら蒼太、行くわよっ」
「えぇー、今来たばっかりなのにな……」
鈴に背中を押され、文句を言いながら去っていく蒼太。
その後ろ姿を、紫苑はどこか呆然と見送っていた。
その日は無理をせず、緋乃に手厚く世話をされながら穏やかに一日が過ぎていった。
夜、あたたかい布団に横たわった紫苑は、昼間の賑やかなやり取りを思い返し、そっと口元をほころばせる。
「うふふ……お友達……」
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、紫苑は幸せな心地で深い眠りについた。




