第4話 時期外れのワタリ
紫苑の一行が八雲の街を離れて数日が経った。
非常にのどかな街道の風景だったが、
突如として護衛たちは、口々に体調の異変を訴え始めた。
そして紫苑も体の異変を感じ、額を押さえる。
「澪標の君、大丈夫ですか?」
「…少しめまいが……」
答える間もなく、そこは悲鳴と怒号が交錯する阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。
「な、なんだこの数は……!? 禍つ(まがつ)の群れだと!?」
「ワタリの時期にはまだ早すぎるはずだ! なぜこんなところに!?」
「澪標の君を守れ! 陣を立て直すんだ!」
禍つのワタリ——通称「ワタリ」とは、未解明の自然現象である。
不調で体が重い護衛たちは、鋭い爪と黒い靄を纏った禍つたちの前で次々と倒されていく。
(これは……私に向かってきている?——)
取り囲む禍つたちの凄惨な眼光が、まっすぐに自分へと向けられているのを、
紫苑は直感した。
このままでは護衛も、供の者たちも全滅してしまう。
(私が、皆さんから離れなければ……!)
紫苑はとっさに近くにいた馬へと駆け寄った。
主を失い、恐怖で半狂乱になって暴れる馬の背に飛び乗り、その首に必死にしがみつく。
「ひヒヒぃんッ!」
狂乱した馬は、紫苑を乗せたまま街道を外れ、険しい山道へと猛烈な勢いで疾走を始めた。
背後に迫る禍つたちの不気味な咆哮。
どのぐらい駆けただろうか、狂乱した馬に紫苑は死に物狂いでしがみつき続ける——
——唐突に、胸の奥から押し寄せる強烈な悪心。
(ダメ……身体の力が、抜けて……?)
視界がぐにゃりと歪み、全身から急速に生気が失われていく。
激しい目眩に襲われ、指先から力が失われた。
「あっ——」
疾走する馬の背から、紫苑の身体がふわりと宙へ放り出される。
落下の衝撃を覚悟し、キュッと目を閉じたその時。
ドサリ、という衝撃の代わりに、柔らかなぬくもりが紫苑を包み込んだ。
「——大丈夫!?」
頭上から降ってきたのは、澄んだ少年の声。
答えたくても口が動かない紫苑の耳に、すぐ近くで別の声が弾けた。
「蒼太! 来てるよ!」
凛とした少女の叫び声。蒼太と呼ばれた少年は、紫苑をしっかりと抱き抱えたまま、間髪入れずに踏み込んだ。
——ズドンッ!
空気を切り裂く鋭い旋風。
少年の繰り出した流麗な回し蹴りが一閃し、襲いかかってきた先頭の禍つ数体をまとめて吹き飛ばす。
「ハッ!」
間髪入れず、紫苑を抱える少年の脇をすり抜けるようにして、一人の少女が飛び出した。
手に握られているのは、見慣れぬ鋭い反りを持った湾刀。
銀色の軌跡が閃くたび、黒い靄を纏った禍つたちが次々と一刀両断されていく。
(……強い。この人たちは……一体……)
圧巻の戦闘風景に目を見張りながらも、限界を迎えた紫苑の意識は急速に遠のき、
彼女は深い闇の中へと落ちていった。




