第23話 なにさせてんの
稽古が終わると、弟子たちが手際よく片付けを行い、
そのまま当たり前のように食卓の準備へと雪崩れ込んでいく。
「さあさあ、みんなでお腹いっぱい食べましょうね!」
緋乃を中心に、女性の弟子たちが手際よく料理の支度を始めた。
そしてその輪の中心には、当然のような顔をして包丁を握り、
楽しそうに野菜を刻む紫苑の姿があった。
(お、おひいさまに……な・に・さ・せ・て・ん・の……!?)
霞条家の至宝たる姫君に包丁を握らせ、大鍋をかき混ぜさせている光景に、
桜の目角が吊り上がり、血相が変わりかける。
しかし、一歩踏み出そうとしたその時——
「ふふ、今日は温物の出汁がとっても綺麗にとれましたよ、緋乃さん!」
「本当ね、紫苑ちゃん! とっても筋が良いわぁ」
そう言って、心の底から嬉しそうに頬を緩ませる紫苑の笑顔が視界に入った。
(……おひいさま……都にいた頃より、ずっと生き生きしていらっしゃる……)
都の屋敷では見せたことのない伸びやかな表情に、
桜の強張っていた肩の力がふっと抜け、自然と目元が和らいでいく。
そんな桜の横顔を、目ざとい鈴が見逃さなかった。
横に並び立つと、ニヒヒと悪戯っぽく笑いかけてくる。
「血相変えて『うちのお姫様に何させてるのー!』って怒鳴るかと思えば、止めないのね?」
「……嫌々やらされてるんなら、たとえ相手が誰だろうと叩き斬ってでも止めるわよ。……でも、おひいさまがあんなに楽しそうなのに、野暮な真似できるわけないじゃない」
ふんと鼻を鳴らして答える桜に、鈴は少し驚いたように目を丸くしたあと、
感心した口調で小さく笑った。
「へ〜え。桜さんって、案外わかってる人じゃん」
◇
やがて大広間にずらりと並べられた圧巻の料理群。
大勢の弟子たちと賑やかに食卓を囲む中、桜の視線はある一皿に注がれていた。
(ちょっと待って……あれって……)
香ばしい匂いを漂わせる肉料理。
それを紫苑が「これ、とっても美味しいんですよ!」と何の疑いもなく口に運び、幸せそうにほおばっている。
(禍つ(まがつ)の肉……!? 嘘でしょ、穢れそのものを食べるなんて正気!? )
「えぇぇ……」と引きつった顔でドン引きする桜だったが、
周りの弟子たちも「今日も美味い!」「紫苑ちゃんの作るタレが絶品だな!」と
ガツガツ食らいついている。
「桜さんも冷めないうちに召し上がれ。とっても美味しいですよ?」
紫苑から無垢な笑顔で勧められ、桜はゴクリと唾を呑み込んだ。
拒否できる雰囲気ではない。
覚悟を決めた桜は、箸で肉を掴み、恐る恐る口へと運んだ。
咀嚼した瞬間——桜の目が限界まで見開かれた。
(う、うまぁぁぁぁっ!? なにこれ、禍つの肉うまッ!? 脂が乗ってて出汁の味が染みてて、意味わかんないくらい美味しいんだけどーーーっ!?)
都の常識(穢れ)が一瞬で吹き飛び、
気付けば夢中で白米をかきこんでいる自分に、桜自身が一番驚愕するのだった。




