第18話 逆夢
「おひいさま——ッ!」
背筋を突き抜けるような悲鳴とともに、桜はガバッと跳ね起き、激しい呼吸を繰り返した。
無数の禍つが牙を剥き、逃げ惑う紫苑に殺到して呑み込んでいく悪夢。
冷や汗が全身を濡らし、心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っている。
「はぁ、はぁ…おひいさま…」
「あ、桜さん! 気が付いたのね、良かった! 大丈夫ですか……!?」
頭上から降り注いだのは、あまりにも聞き馴染んだ、鈴を転がすような優しい声。
ぼやける視界を凝らし、目の前を見つめた桜の思考がピタリと停止する。
「……は?」
そこにいたのは、自分を心配そうに覗き込む紫苑の姿だった。
(いや……違う。まだ夢から覚めていないんだわ。こんな都合の良い幻を見るなんて……)
桜はぶんぶんと激しく頭を振った。
「え? どこか痛いところでもあるのですか!? たい、大変……っ!」
困惑状態になりながら慌てふためく紫苑。その極めて「紫苑らしい」反応と手に伝わる温もりに、
桜の瞳が大きく見開かれる。
「え……? ほ、本当におひいさま……?」
「はい、そうですが……あっ、それより桜さんはどうして澄波に来られたのですか?」
その問いに、桜の中で何かが弾けた。
「おひいさまぁぁぁっ! 生きてたぁぁっ! 良かったぁぁぁッ!」
ガバッと紫苑に抱きつき、桜はまるで幼子のようにわんわんと声を上げて泣き出した。
都で聞いた「全滅」の報せ、あの凄惨たる襲撃現場、そして御霊碑での絶望。
押し殺していたすべての感情が一気に決壊したのだ。
紫苑は一瞬驚いたものの、彼女が命懸けで自分を探しに来てくれたのだと察し、愛おしそうに目を細めた。
「ありがとうございます……桜さん」
背中に回した小さな手に優しく力を込め、そっと語りかける。
ふと騒ぎを聞きつけて、居間の障子が開いた。
そこにやってきた玄蔵夫婦と蒼太、大吾と鈴の5人は、
紫苑にしがみついて人目も憚らずボロボロと大泣きしている桜の姿を、
ただ温かく、静かな眼差しで見守っていたのだった。




