第16話 歩みの先には
桜は、水霊の御霊碑からずっと歩き続けていた。
自分でも何故かわからないが澪さんと呼んだ女性が指し示した方向へ、
桜は何かに引き寄せられるように、ただひたすら足を進めていた。
どれほど歩いただろうか。
深緑の静寂を揺らす風を感じながら進むうち、
ふと、桜の頭の中に覆っていた靄が晴れるように、冷静な感覚が戻ってきた。
(……ちょっと待って。御霊碑よりさらに中天京から遠ざかっているのに……)
本来ならば都から離れるほど、怪異である「禍つ」の脅威は増すはずだ。
それにもかかわらず、進めば進むほど禍つの気配が薄れ、むしろ森全体が妙に清澄な空気に包まれている。
道中で遭遇し、撃退した禍つも下位である野禍のみであった。
我に返った桜の胸中に、徐々に鋭い警戒心が芽生え始めていた。
やがて木々が開け、眼下に集落らしき景色が飛び込んできた瞬間、桜は息を飲んだ。
「な……に、これ……?」
そこに広がっていたのは、単なる山あいの貧しい村などではなかった。
美しく整えられた街道、立ち並ぶ堅牢な家々、整然と区画された土地。
都から遠く離れた辺境には到底似つかわしくない、
一つの「都市」と言っても差支えのない規模の街並みが形成されていたのだ。
(私の記憶が正しければ……この辺りはかつて霞条家が『開拓失敗地』として支援を打ち切った場所のはず……)
なのにも関わらず、なぜこれほどの規模で存続し、繁栄しているのか。
警戒を極限まで高めた桜は、周囲の視界に誰もいないことを慎重に確認し、
物陰に身を潜めながら集落へと近付こうとした。
その時——
「ねぇ、お姉さんって、どこから来たの?」
背後から唐突に聞こえた、聞き覚えのない少女の明るい声。
(ッ……!?)
ゾッとした桜が慌てて振り返り、反射的に直刀の柄へ手を伸ばして戦闘態勢を取ろうとした——
まさにその瞬間。
ガツンッ!
後頭部を襲った鈍い衝撃。
何が起きたのかを悟る間すらなく、桜の視界は一瞬で漆黒の闇へと落ちていった。




