第12話 本日の温物担当
蒼武館に夕刻が訪れる。
稽古の汗を流し終えた弟子たちが居間になだれ込んでくると、
静かだった屋敷が一気に活気と熱気に包まれる。
この道場では、稽古の後に弟子も家族も全員で食卓を囲むのが慣わしだった。
育ち盛りの男子も多く、用意される食事の量はいつだって巨大な鍋いっぱいの大盛りだ。
最初は遠慮がちな手伝いから始まった紫苑の調理だったが、
生真面目な性格と「誰かのために作る」楽しさに目覚めたことで、
その腕前はメキメキと上達していた。
そして今夜、紫苑はついに「温物」の担当を任されたのだった。
「はい、お待たせいたしました。本日の温物です」
紫苑が丁寧に運んできた大鍋の蓋を開けると、出汁の優しい香りと温かな湯気がふわりと居間全体に広がった。
具材の切り揃え方からアクの取り方に至るまで、繊細な心が配られた一品だ。
「おっ、美味い! 紫苑ちゃんの作る出汁は本当に体に染みるなぁ」
玄蔵が椀を傾け、心底嬉しそうに目を細める。
「蒼くんは蒼くんで素直で可愛いけれど、
やっぱり家にこういう心尽くしができる『娘』がいるっていうのも、良いもんだねぇ。
何かこう…家の中がパッと明るくなるよ」
「そうですよ、玄蔵師匠!娘ってのはね、本当に良いものなんですよ。
それに紫苑ちゃんは華がありますからね」
大吾も自分の娘である鈴に視線を送りつつ、我がことのように深く頷いている。
「ねぇちょっと、お父さん! あたしには華がないみたいじゃない!」
「聞こえてるぞ玄蔵さん……オレは可愛いじゃなくて強いなんだよ……!強い男なんだからな!」
鈴と蒼太のツッコミが飛ぶ中、弟子たちからも
「紫苑ちゃんの料理、本当に最高だよ!」
「毎日食べたいくらいですよ!」
「出汁の味がしっかりと染み込んでて……おかわり、もう一杯いけるかな!?」
絶賛の声があちこちから次々と上がり、大鍋の温物はあっという間に減っていく。
「ふふ、みんな大喜びね。本当に上手になったわ、紫苑ちゃん」
側に立つ緋乃からも優しく頭を撫でられ、食卓のあちこちから向けられる温かな笑顔と褒め言葉に、
紫苑の頬はぽっと桃色に染まっていく。
「あ、あの……ありがとうございます。皆さまに喜んでいただけて、
とても、とても嬉しいです……っ。」
あまりの誇らしさと気恥ずかしさに、紫苑は両手で頬を包みながら、照れくさそうに、
けれど今までにないほど幸せそうに微笑みを浮かべた。
「キャハッ♪」
少女らしい可愛らしい笑い声が、温かい湯気の向こうで弾けたのだった。




