七話「初めての一歩」
魔力石をもらってから、さらに数日が経った。
俺は最近、少しずつ動ける範囲が広がってきていた。
寝返りはもう余裕だ。
手もかなり自由に動かせる。
そして今、俺が挑戦しているのは――歩くこと。
もちろん、まだ一人では歩けない。
でも、立つことなら少しだけできるようになってきた。
机に手をつく。
足に力を入れる。
身体を持ち上げる。
「……あ」
立った。
ほんの数秒だけ。
そのまま――。
ころん。
倒れた。
……難しい。
魔法とはまた違う難しさだ。
もう一度やってみる。
机に手をつく。
身体を起こす。
今度はさっきより長く立てた。
……いける。
そう思った瞬間だった。
「レイ!」
母さんの声が聞こえた。
びっくりして振り向く。
バランスを崩す。
ころん。
「ふふ、大丈夫?」
母さんが笑いながら近づいてくる。
……見られてたのか。
ちょっと恥ずかしい。
「すごいわね。もう立てるようになったの?」
「あう」
できるようになったぞ。
そう伝えたい。
でも、出てくるのはやっぱり「あう」だけだった。
母さんは俺を抱き上げる。
「エドにも教えてあげないとね」
父さんにも?
それなら――。
俺はもう一度、床に降ろしてもらった。
「ほら、レイ」
母さんが少し離れたところから手を伸ばす。
「こっちにおいで」
……なるほど。
歩いてみろということか。
俺は母さんの手を見る。
近い。
これならいける。
足を一歩前に出す。
ぐらつく。
もう一歩。
ぐらっ。
……危ない。
それでも倒れない。
さらに一歩。
「そうそう」
母さんが笑う。
もう少し。
あと一歩。
そして――。
母さんのところまでたどり着いた。
「……!」
自分でも驚いた。
歩けた。
たった数歩。
それだけなのに、ものすごく嬉しい。
「あー!」
「ふふ、すごいわね」
母さんが俺を抱き上げる。
そのとき、玄関のほうから声がした。
「ただいま」
父さんだ。
母さんが振り返る。
「エド、ちょうどいいところに帰ってきたわ」
「どうした?」
「レイが歩いたの」
「……本当か?」
父さんが驚いた顔をする。
俺を見る。
「レイ、歩けるのか?」
「あう!」
もちろん。
父さんが笑った。
「じゃあ、見せてくれ」
……任せろ。
俺は床に降りる。
父さんが少し離れた場所に立つ。
「こっちだ」
俺は父さんを見る。
そして――。
一歩。
二歩。
三歩。
「おお!」
父さんが声を上げる。
四歩。
五歩。
そのまま父さんのところへ――。
行くはずだった。
足がもつれる。
「あ」
身体が前に傾く。
その瞬間、父さんが俺を抱き止めた。
「危なかったな」
俺を抱えたまま、父さんが笑う。
……悔しい。
最後まで歩きたかった。
「まあ、最初なら十分だろ」
父さんが俺の頭を撫でる。
「あう……」
でも、悪くない。
前世では、何かを始めても途中でやめることが多かった。
やりたいと思っても、また今度でいい。
時間はある。
そうやって先延ばしにしていた。
でも今は違う。
できなかったことが、一つずつできるようになっていく。
たった数歩でも。
それが、なんだか嬉しかった。
その日の夜。
俺はベッドの上で、昼間のことを思い出していた。
歩けた。
まだ数歩だけ。
でも、確実に前に進んでいる。
魔法も同じなのかもしれない。
灰魔法は、まだよく分からない。
思い通りに出すこともできない。
触れても、あの景色を見ることはできない。
それでも――。
いつか使えるようになる。
俺はそう思った。
そのとき、窓の外から風が吹いた。
カーテンが揺れる。
遠くに森が見える。
あの森にも、いつか行ってみたい。
そのためにも。
まずは、ちゃんと歩けるようになろう。
俺は目を閉じた。
今日の俺は、昨日の俺より少しだけ先に進んだ。
それだけで十分だった。




