六話「小さな訪問者」
初めて外に出てから、数日が経った。
あの日から、俺は外の景色を見るのが好きになった。
窓から見える空。
遠くにある森。
家の前を通る人たち。
今まで知らなかったものが、毎日少しずつ増えていく。
そんなある日のことだった。
「レイ、今日はお客さんが来るわよ」
母さんがそう言った。
客?
誰だろう。
俺は母さんの顔を見る。
すると、家の外から声が聞こえてきた。
「ミレアー! いるー?」
「いるわよ」
母さんが返事をする。
しばらくすると、扉が開いた。
「お邪魔するよ」
入ってきたのは、一人の女性だった。
肩まで伸びた髪に、大きな荷物を抱えている。
「まあ、レイちゃん?」
女性が俺を見る。
「そうよ」
母さんが笑う。
女性は俺の近くまでやってくると、顔を覗き込んだ。
「大きくなったわねぇ」
……誰だ?
俺は女性の顔を見る。
全然知らない。
いや、そもそも会ったことがあるのかすら分からない。
「この子、覚えてるかしら?」
「……あう」
「ふふ、まだ分からないわよね」
女性が笑う。
そのまま俺の頬を指で軽くつつく。
……なんだろう。
ちょっと恥ずかしい。
「名前はレイ・アルデルよ」
母さんが紹介する。
「レイ・アルデル。いい名前ね」
そう言われて、少し嬉しくなった。
「あー」
「元気ねぇ」
女性が笑う。
すると、奥から父さんがやってきた。
「お、来てたのか」
「ええ。これを届けにね」
女性が持っていた荷物を父さんに渡す。
「助かる」
父さんが中身を確認する。
どうやら食べ物らしい。
「最近、北のほうはどう?」
「寒くなってきたわよ。森の近くは特にね」
森。
その言葉を聞いて、俺は二人を見る。
父さんが気づいた。
「レイ、森が気になるのか?」
「あう」
「ははは」
女性も笑う。
「この子、外を見るのが好きなの?」
「ええ。特に森を気にしてるみたい」
「それじゃあ、エドに似たのね」
「俺に?」
「昔から森ばっかり行ってたじゃない」
父さんが少し困ったように笑う。
……父さんも森が好きなのか。
だったら、俺もいつか連れていってもらえるかもしれない。
そんなことを考えていると、女性が突然こちらに手を伸ばした。
「じゃあ、レイちゃん。これあげる」
手のひらに、小さなものが乗っていた。
丸い石だ。
透明ではない。
薄い青色をしていて、光を当てると少しだけ輝いている。
……なんだこれ?
「魔力石よ」
母さんが教えてくれた。
魔力石。
名前からして、いかにも異世界っぽい。
俺は石をじっと見る。
「触ってみる?」
「あう」
手を伸ばす。
女性が石を俺の手のひらに乗せた。
その瞬間――。
ほんの少しだけ、指先が温かくなった。
「……?」
気のせいか?
石を見る。
何も起きていない。
普通の石に見える。
でも、なぜか気になる。
「気に入ったみたいね」
母さんが笑う。
「あー」
俺は石を握った。
魔力石。
この世界には、こんなものまであるのか。
魔法だけじゃない。
まだ知らないものが、たくさんある。
そう考えると、少しワクワクした。
すると、父さんが石を見て口を開いた。
「それ、北の町から持ってきたのか?」
「そうよ。でも最近、少し高くなってきてね」
「やっぱりか」
父さんの表情が少し変わった。
さっきまで笑っていたのに、少し真剣な顔をしている。
「何かあったの?」
母さんが尋ねる。
「いや……まだ大したことじゃない」
父さんはそう言って、石を見つめた。
「ただ、最近は魔力石が手に入りにくくなってるらしい」
魔力石が手に入りにくい。
俺にはまだ、それがどれくらい大変なことなのか分からなかった。
でも――。
父さんの顔を見る限り、あまり良い話ではないらしい。
「まあ、心配しなくても大丈夫よ」
女性が笑う。
「そうだな」
父さんも笑った。
それからしばらくして、女性は帰っていった。
家の中が静かになる。
俺は手の中の魔力石を見る。
薄い青色の石。
ただの石なのに、不思議と気になる。
そして俺は思った。
この世界には、まだ俺の知らないものが山ほどある。
魔法も。
魔力石も。
森も。
この世界そのものも。
灰魔法だって、まだ何も分かっていない。
知らないことだらけだ。
でも――。
それでいい。
知らないからこそ、知りたい。
俺は手の中の石を握りしめた。
いつか、自分の足でこの村を出て。
もっと遠くへ行って。
この世界を、自分の目で見てみたい。
そんなことを考えていると、母さんが俺の頭を撫でた。
「どうしたの?」
「あうー」
今はまだ、このくらいしか言えない。
でも――。
いつかちゃんと言葉にして伝えたい。
俺は、もっとこの世界を知りたい。
そのために、まずは――。
早く歩けるようにならないとな。




