五話「初めての外」
それから、さらに月日が流れた。
俺は少しずつ身体を動かせるようになっていた。
首を動かす。
寝返りをする。
手を伸ばす。
そして最近では――。
「……お」
立とうとしている。
もちろん、まだ立てない。
足に力を入れてみても、すぐにふらついて倒れる。
「……あう」
難しい。
魔法より難しいかもしれない。
そんなことを考えていると、部屋の外から声が聞こえた。
「レイ、今日は外に出てみる?」
母さんだった。
外。
その言葉を聞いた瞬間、俺は顔を上げた。
今まで家の中から外を見たことはある。
でも、実際に外へ出たことは一度もない。
「……あう!」
行きたい。
俺は必死に手を伸ばした。
「ふふ、行きたいのね」
どうやら伝わったらしい。
母さんが俺を抱き上げる。
そのまま家の外へ向かう。
扉が開いた。
「……」
目の前に広がった景色を見て、俺は言葉を失った。
もちろん、今の俺にはそもそもまともに喋れない。
でも、それでも声が出なかった。
空が広い。
家の中から見るのとは全然違う。
遠くには森が広がっている。
その向こうには、青い山が見えた。
家の周りには草が生えていて、少し離れたところには他の家もある。
……これが、この世界か。
俺は母さんの腕の中から周りを見渡した。
見たことのない景色ばかりだ。
道を歩いている人。
薪を運んでいる人。
畑で作業をしている人。
前世では当たり前だったものが、ここにはない。
車もない。
電柱もない。
アスファルトもない。
でも――。
「……あう」
なんだか、悪くない。
むしろ少しワクワクする。
すると、向こうから父さんが歩いてきた。
肩には大きな荷物を背負っている。
「お、レイ。外に出てきたのか」
「あー!」
俺は手を伸ばす。
父さんが笑いながら近づいてくる。
「元気だな」
そう言って、俺の頭を撫でる。
俺は父さんの背中にある荷物を見る。
木材のようだ。
「今日は森のほうまで行ってきたんだ」
父さんがそう言う。
森。
俺はその言葉を聞いて、遠くにある森を見る。
かなり大きい。
あの中には何があるんだろう。
動物とか。
魔物とか。
……魔物、本当にいるのかな。
あの少女が言っていた。
魔法がある。
勇者もいる。
魔王もいる。
だったら、魔物だっていてもおかしくない。
そんなことを考えていると、父さんが俺の顔を見る。
「森が気になるのか?」
「あう」
「はは、まだ早いぞ」
……やっぱりそうなるか。
「もう少し大きくなったら、一緒に行こうな」
「あー!」
絶対だぞ。
俺はそう言ったつもりだった。
父さんは笑っている。
たぶん、何も分かっていない。
それでも、約束はできた。
そのあと、家の周りを少し歩いた。
母さんに抱かれながら、周りを眺める。
村は思っていたより静かだった。
でも、時々人の声が聞こえる。
誰かが笑っている。
子供たちが走っている。
小さな店の前では、人が何かを売っている。
……普通の村だ。
異世界に来たからといって、何もかもが変なわけじゃない。
人がいて。
家があって。
仕事をして。
ご飯を食べて。
普通に生活している。
なんだか少し安心した。
そのときだった。
少し離れたところで、男の人が薪を積んでいるのが見えた。
その手に、小さな光が生まれる。
「……!」
俺は思わずそちらを見る。
光はすぐに炎へ変わった。
男の人はその炎で薪に火をつける。
魔法だ。
こんなに普通に使われている。
父さんだけじゃない。
この世界では、魔法は特別なものじゃないらしい。
俺はその光景をじっと見つめた。
そして、自分の手を見る。
俺にも魔力がある。
灰魔法も使える。
でも、まだ何も知らない。
火。
水。
風。
土。
いろいろな魔法があるらしい。
だったら――。
もっと知りたい。
もっと魔法を見てみたい。
もっと使ってみたい。
そして、いつか自分の灰魔法が何なのかも知りたい。
俺は小さな手を握った。
外の風が頬を撫でる。
前の人生では、こんな風に何かを楽しみにすることなんて、あまりなかった気がする。
でも今は違う。
まだ始まったばかりだ。
この世界で、俺は何ができるんだろう。
そんなことを考えていると――。
「レイ、そろそろ戻りましょう」
母さんが家へ戻ろうとする。
「あうー」
俺はもう一度、外を振り返った。
広い空。
遠くの森。
そして、その先にあるまだ知らない世界。
いつか、あそこまで行ってみたい。
今はまだ無理だけど。
そのうち絶対に。




