四話「魔力」
灰魔法を使ってから、数日が経った。
あれ以来、俺は魔法について考えることが増えた。
特に気になるのは、父さんが使っていた火の魔法だ。
何度見ても、やっぱり不思議だった。
「エド、火をつけてくれる?」
「分かった」
母さんに頼まれて、父さんが暖炉の前に立つ。
右手を前に出す。
すると、指先に小さな光が集まった。
光は少しずつ大きくなり、そのまま炎へ変わっていく。
「……」
俺は父さんの手をじっと見つめる。
詠唱はしていない。
魔法陣も出ていない。
ただ手を前に出して、少し集中しているだけだ。
それなのに火が出る。
俺も同じことをやっているはずなのに、灰はほとんど出ない。
やっぱり何か違う。
俺は父さんの手を目で追い続けた。
すると、炎が出る直前に、ほんの少しだけ違和感があった。
父さんの身体の周りではない。
もっと内側。
身体の中から何かが動いたように見えた。
……今のは何だ?
気のせいかもしれない。
でも、灰魔法を使ったときにも似たような感覚があった。
身体の奥に何かがあって、それが指先まで流れていく。
そして灰が出た。
もしかすると――。
俺は自分の手を見る。
魔力って、ああいうものなのか?
「レイ、どうしたの?」
「……あう」
母さんが俺の顔を覗き込む。
俺は父さんの手を指差した。
「あー」
「魔法が気になるの?」
「あう!」
そうだ。
それだ。
俺は何度も頷こうとする。
まだ首を自由に動かすのは難しいが、気持ちだけは伝えたい。
「ふふ、そんなに気になるのね」
母さんが笑う。
父さんも俺を見る。
「レイも魔法が使いたいのか?」
「あー!」
もちろんだ。
できるなら今すぐ使いたい。
でも、父さんには俺の気持ちは伝わっていないらしい。
「もう少し大きくなったら教えてやる」
「あう……」
今じゃダメなのか。
俺は少しだけ肩を落とした。
その日の夜。
布団の上で、昼間のことを思い出していた。
父さんが魔法を使うとき、身体の中から何かが動いていた。
俺も灰魔法を使ったとき、同じような感覚があった。
だったら、あれが魔力なのかもしれない。
そう考えると、今までの失敗にも少し納得できる。
俺は今まで、魔法を出すことばかり考えていた。
出ろ。
出ろ。
それだけだった。
でも、父さんは違った。
火を出そうとする前に、魔力を動かしていた。
俺は身体の奥に意識を向ける。
何もない。
……いや。
しばらく集中していると、ほんの少しだけ何かを感じた。
温かい。
でも、熱いわけじゃない。
身体の奥で、何かがゆっくり動いているような感覚。
俺はその感覚を追いかける。
指先へ。
ゆっくり。
すると――。
指先に、小さな灰が浮かんだ。
「あう……」
思わず声が漏れた。
灰は一粒だけ。
前にも見たものと同じだ。
でも、今回は少し違う。
自分の中にある何かを感じて、それを動かした。
偶然じゃない。
ほんの少しだけだが、魔力を動かせた気がする。
灰は指先でふわふわと浮いている。
俺が意識を向けると、ほんの少しだけ右へ動いた。
「あー!」
やった。
動いた。
たった一粒。
それでも、自分で動かせたことが嬉しい。
もっと動かしてみようとした。
すると、灰は突然消えた。
「あう……」
やっぱり長くは続かない。
でも、前とは違う。
少なくとも、どうやって魔法を使うのか、その入口くらいは見えた気がする。
次の日から、俺は魔法を見る目を少し変えた。
父さんが火を使えば、その動きを観察する。
母さんが何かをしていれば、魔法を使っていないか気にする。
そして、自分の身体の中にある魔力を探す。
少しずつだが、魔力の感覚も分かってきた。
まだ自由に動かせるわけではない。
灰も思ったようには出ない。
それでも、最初の頃とは明らかに違った。
ある日、父さんが薪を持って外から帰ってきた。
「ただいま」
「あー!」
「お、レイ。起きてたのか」
父さんが俺のところへやってくる。
俺は父さんの手を見る。
薪を持っていた手には、木くずがついている。
この手から、あの炎が出る。
そう考えると、なんだか不思議だった。
「どうした?」
「あう」
俺は父さんの手を掴もうとする。
まだ思うように身体を動かせない。
何度か手を伸ばして、ようやく指先が父さんの手に触れた。
「はは、触りたいのか?」
「あー」
父さんが笑う。
その手は大きかった。
俺の手なんて、比べものにならない。
でも、その中にある魔力だけは、俺にも少しだけ分かる気がした。
……いつか。
俺もあれくらい魔法を使えるようになるのだろうか。
火だけじゃない。
灰魔法も。
あの少女がくれた魔法が何なのか、俺はまだ知らない。
でも、いつか知りたい。
そのためにも、まずは魔力をもっと理解する必要がある。
俺は父さんの手を見つめる。
そして、小さく声を出した。
「あう」
父さんが笑う。
「元気だな、レイ」
……まあ、今はこれでいいか。
魔法のことは、これから少しずつ分かっていけばいい。
そう思いながら、俺は父さんの腕の中で目を閉じた。




