三十二話「森の異変」
次の日。
朝食を食べ終えた俺は、窓の外を眺めていた。
昨日の夜、灰魔法を使ったときのことが頭から離れない。
風がないのに、灰が森の方へ動いた。
しかも、一度だけじゃない。
……やっぱり、何かある。
「レイ、どうしたの?」
母さんが声をかけてきた。
「森、見てた」
「森?」
「うん。あそこ、何かあるのかなって」
母さんは窓の外を見た。
「さあ……。森には昔から不思議なことがあるって聞くけれど」
「不思議なこと?」
「ええ。でも、詳しいことは知らないわ」
……昔から、か。
ますます気になる。
「どうして?」
「森の奥はあまり人が入らないの。危ない場所もあるからね」
「父さんも?」
「エドは仕事で近くまで行くことはあるけれど、奥までは入らないわ」
なるほど。
父さんでも森の奥には入らないのか。
それなら、子供の俺が簡単に行ける場所じゃない。
……分かってる。
分かってるけど、気になるものは気になる。
「レイ、今日はセナちゃんと遊ぶの?」
「うん!」
「それなら、帰りが遅くならないようにね」
「はーい!」
俺は家を出た。
村の広場では、すでにセナが待っていた。
「レイ、遅い!」
「ごめんごめん!」
「今日は何して遊ぶ?」
「うーん……」
いつもなら、すぐに遊びを決めるところだ。
でも今日は、どうしても森のことが気になっていた。
「……森の近くに行かない?」
「森?」
セナは首を傾げた。
「どうして?」
「ちょっと気になることがあって」
「危なくない?」
「森の中には入らないよ。入口の近くまで」
セナは少し考えたあと、頷いた。
「じゃあ、入口までね! 奥には行かないよ!」
「分かってるって」
俺たちは並んで森へ向かった。
近づくにつれて、村の声が少しずつ遠くなっていく。
木々の間を風が通り抜け、葉がかすかに揺れた。
見た目はいつもと変わらない。
けれど、森の入口に着いた瞬間――。
指先が、じんわりと熱くなった。
「……来た」
「何が?」
「いや、なんでもない」
俺は手のひらを見た。
灰魔法が反応している。
まだ灰は出していないのに、森に近づいただけで魔力が動いているような感覚があった。
そのとき、森の奥から音が聞こえた。
パキッ。
小枝が折れるような音。
俺とセナは同時に顔を上げた。
「……今の音、何?」
セナが小さな声で尋ねる。
「分からない」
俺は森を見つめた。
木々の向こうに、何かがいる。
そんな気がした。
だが、姿は見えない。
「レイ、帰ろう?」
セナが俺の服の裾をつかんだ。
確かに、ここにいるのは少し怖い。
俺は頷いた。
「うん。今日は帰ろう」
二人で振り返ろうとした、その瞬間。
森の奥から、灰色の小さな粒が一つだけ飛んできた。
それは俺たちの目の前を通り過ぎ、地面に落ちた。
「……灰?」
俺は思わず足を止めた。
ただの灰に見える。
けれど、普通の灰とは違う気がした。
指先の熱が、さらに強くなる。
そして、頭の中に声が響いた。
『……見つけた』
「……え?」
俺は森を振り返った。
誰もいない。
セナが不安そうに俺を見上げている。
「レイ? どうしたの?」
「……いや」
俺は地面に落ちた灰を見つめた。
もう、そこには何も残っていなかった。
けれど、確かに聞こえた。
あの声は――。
一体、誰のものだったんだ?




