十六話「少しずつ広がる世界」
それから、少しずつ話せる言葉が増えていった。
とはいっても、まだまだ上手には話せない。
「か……かあさん」
「なあに?」
「み……みず」
「お水がほしいの?」
「うん」
母さんが水を持ってきてくれる。
「はい、どうぞ」
「ありが……と」
「ふふ、どういたしまして」
最近は、こういうやり取りもできるようになってきた。
でも、長い言葉になるとやっぱり難しい。
「と……とうさん」
「ん?」
「そ……そと」
「外に行きたいのか?」
「うん」
父さんが笑う。
「じゃあ、今日は少しだけ行ってみるか」
「や……った」
母さんに抱かれて、家の外へ出る。
外に出ると、村の景色が目に入った。
前に来たときより、いろいろなものがよく見える。
人。
家。
畑。
遠くにある森。
「お……きい」
「森のこと?」
「うん」
「あの森は大きいわよ」
母さんが森を見る。
俺もじっと森を見る。
すると、近くを歩いていた人たちの話が聞こえてきた。
「最近、森の近くで変な跡が見つかったらしいぞ」
「変な跡?」
「動物のものじゃないらしい」
……変な跡。
俺は森を見る。
あの灰色の何かがいた場所だ。
「どうしたの、レイ?」
「も……り」
「森が気になるの?」
「うん」
父さんが笑う。
「もう少し大きくなったら、一緒に行こうな」
「……やくそく?」
父さんが少し驚いた顔をする。
「おお。約束だ」
「や……った」
父さんが笑いながら俺の頭を撫でる。
「レイ、最近ずいぶん言葉が増えたな」
しばらく村を歩いていると、広場に出た。
そこでは何人かの人が集まっていた。
すると、一人の男の人が手を上げる。
指先に光が生まれ、そのまま小さな炎になった。
「……まほう」
「そうよ」
母さんが答える。
俺は炎をじっと見る。
やっぱり、この世界では魔法が普通に使われている。
「レイ、魔法好きなの?」
「うん」
「ふふ、じゃあ大きくなったらいっぱい覚えましょうね」
「いっぱい」
俺は小さく頷く。
……できれば灰魔法のことも知りたい。
でも、それはまだ秘密だ。
そのとき、少し離れたところから声が聞こえた。
「レイ、あれは何だと思う?」
父さんが道の端にあるものを指差す。
俺はそれを見る。
木でできた大きな箱だった。
「は……こ」
「そう。箱だ」
父さんが笑う。
「ちゃんと言えたな」
……これは簡単だ。
すると、俺は箱を見ながら考える。
前世なら、こんなものは普通に見ていた。
でも今は、一つ一つ覚えていく必要がある。
「……ふしぎ」
「ふしぎ?」
母さんが首を傾げる。
「うん。ふ……しぎ」
母さんが少し驚いた。
「レイ、『不思議』なんて言葉も知ってるの?」
「うん」
「すごいわね」
母さんが頭を撫でてくれる。
父さんも笑う。
「難しい言葉を知ってるな」
……まあ、前世では普通に使っていたからな。
でも今の俺にとっては、褒められるのが少し嬉しい。
「えへへ」
自然と笑ってしまった。
そのあとも村を少し歩いた。
人がいて。
家があって。
魔法があって。
遠くには大きな森がある。
まだ知らないことばかりだ。
でも、少しずつ分かってきている。
俺は空を見上げる。
この世界のことを、もっと知りたい。
魔法のことも。
森のことも。
そして――灰魔法のことも。
いつか全部、自分の目で確かめてみたい。
「レイ、そろそろ帰るわよ」
「う……ん」
母さんに抱かれながら、俺はもう一度森を見る。
その瞬間――。
森の奥で、何かが動いた。
「……?」
ほんの一瞬だった。
もう一度見る。
何もいない。
……気のせいか?
そう思った瞬間、指先がほんの少しだけ熱くなった。
灰魔法が反応している。
俺は森を見つめた。
まだ、あそこには何かある。




