十五話「初めての会話」
森から帰ってきてから、俺は少しずつ言葉を話せるようになっていた。
といっても、まだ簡単な言葉しか話せない。
しかも――。
「か……かあ……さん」
うまく口が回らない。
「……え?」
母さんが俺を見る。
「今、かあさんって言ったの?」
「う……うん」
「ふふ、もうそんなこと言えるのね」
母さんが嬉しそうに笑う。
……なんとか通じた。
でも、思ったより難しい。
頭の中では普通に言葉が浮かんでいるのに、口に出そうとすると引っかかる。
「レイ、父さんも言えるか?」
父さんが笑いながら聞いてくる。
「と……とう……さん」
「おお!」
「と……さん」
「ははは、惜しいな」
……くそ。
言いたいことは分かってるのに。
口がついてこない。
「と……とう、さん」
今度は少しだけうまく言えた。
「おお、言えた!」
父さんが嬉しそうに笑う。
「すごいわね、レイ」
母さんも俺の頭を撫でる。
……なんだか恥ずかしいな。
前世では普通に喋っていたのに。
今では「とうさん」の一言だけでこんなに苦労する。
それから少しずつ、話せる言葉が増えていった。
「み……みず」
「お水?」
「う……ん」
「はい、どうぞ」
「……あ、ありが……とう」
「ふふ」
母さんが笑う。
「ありがとうも言えるのね」
「ま……まだ、む……ずかしい」
「そうね。でも上手よ」
……やっぱり難しい。
特に長い言葉は途中で詰まる。
頭の中ではちゃんと言えているのに、口から出る頃には変な感じになってしまう。
でも、少しずつ話せるようになっていくのは楽しかった。
「レイ、眠いの?」
「ね……むい」
「じゃあ、寝ましょうか」
「う……ん」
母さんが布団をかけてくれる。
「おやすみ、レイ」
「お……やす……み」
母さんが少し笑った。
「おやすみ」
母さんが部屋を出ていく。
俺は天井を見る。
……もっと話せるようになりたいな。
そうすれば、いろいろ聞ける。
この世界のこと。
魔法のこと。
そして――灰魔法のこと。
あの灰に触れたときに見えた、赤い空。
あれが何だったのかも知りたい。
でも今は、まだ何も分からない。
まずはちゃんと喋れるようになるところからだ。
「……がん、ばろ」
自分でも少し笑ってしまった。
たったそれだけの言葉を言うのにも、こんなに苦労するとは思わなかった。




