十四話「森の中で」
あれから数日が経った。
灰喰らいのことが頭から離れない。
あいつは一体何者なのか。
何を探しているのか。
そして、なぜ俺の灰魔法に反応するのか。
考えても答えは出ない。
そんなある日のことだった。
「レイ、今日はエドについていく?」
母さんがそう言った。
「あう?」
父さんを見る。
「森の入り口までだ」
森。
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず身を乗り出した。
「あー!」
「ふふ、嬉しそうね」
父さんが笑う。
「ただし、俺から離れるなよ」
もちろんだ。
俺は母さんに抱かれたまま、家を出た。
村を抜ける。
少し歩くと、目の前に森が広がってきた。
近くで見ると、やっぱり大きい。
木々が何本も並び、その奥は昼間でも薄暗い。
俺は森を見上げる。
……なんだろう。
初めて来たはずなのに、どこか懐かしい。
そんな気がした。
森の入り口で、父さんが足を止める。
「ここまでだ」
「あう」
俺は森の中を見る。
地面には枯れ葉が積もっている。
その中に――。
灰色の粉が少しだけ落ちていた。
指先が熱くなる。
また灰魔法だ。
小さな灰が一粒、指先から浮かび上がる。
「あら?」
母さんが驚く。
灰はゆっくりと森の奥へ進んでいく。
そして、一本の木の根元で止まった。
父さんが近づく。
「何かあるな」
木の根元には、小さな穴が開いていた。
中には灰が溜まっている。
俺はそれを見た瞬間、頭の奥がズキッとした。
――誰かがいる。
そんな気がした。
「……あう」
そのときだった。
森の奥から音がした。
ガサッ。
父さんがすぐに振り返る。
「ミレア」
「ええ」
母さんが俺を抱きしめる。
木々の間から、灰が舞う。
風は吹いていない。
それなのに、灰だけがゆっくりと宙を漂っている。
そして――。
灰色の姿が現れた。
あいつだ。
灰喰らい。
俺はそう直感した。
人のような形をしている。
でも、身体は煙と灰でできている。
顔もはっきりしない。
灰喰らいは父さんを見る。
そして、俺を見る。
しばらく何もせず立っていた。
父さんが斧を構える。
「それ以上、近づくな」
灰喰らいは動かない。
やがて、ゆっくりと俺へ手を伸ばした。
その手から、灰が一粒落ちる。
地面に触れた瞬間――。
頭の中に声が響いた。
――俺を、知っているか。
俺は目を見開く。
知らない。
でも、なぜか胸の奥がざわついた。
答えなきゃ。
そう思った。
でも、口から出るのは――。
「あ……」
声が止まる。
言葉にならない。
灰喰らいがこちらを見ている。
俺は必死に口を動かす。
「あ……う……」
違う。
言いたいのは、そんなことじゃない。
俺はこいつを知らない。
でも、何かを知っているような気がする。
そして――。
「……し……」
自分でも驚いた。
今、声になった。
父さんと母さんも驚いている。
灰喰らいも動きを止めた。
俺はもう一度、声を出す。
「……しら……ない」
言えた。
ちゃんと言葉になった。
「レイ……?」
母さんが呆然と俺を見る。
父さんも目を見開いている。
俺自身も驚いていた。
喋れた。
初めて、ちゃんと言葉を話せた。
灰喰らいはしばらく俺を見つめていた。
そして――。
頭の中に、もう一度声が響いた。
――そうか。
灰喰らいはゆっくりと手を下ろした。
――なら、いつか知る。
次の瞬間。
身体が灰になって崩れ、風もないのに森の奥へ消えていった。
「……消えた」
父さんが呟く。
母さんは俺を抱きしめたまま、何度も俺の顔を見る。
「レイ……今、喋ったの?」
俺は母さんを見る。
そして――。
「……かあ……さん」
母さんの目が大きく開く。
「……!」
俺も自分で驚いた。
ちゃんと言えた。
母さんは少しだけ目を潤ませて、俺を抱きしめた。
「そうよ。母さんよ」
俺は母さんの腕の中で、少し笑った。
そして父さんを見る。
「……とう……さん」
父さんも固まった。
数秒後。
「……はは」
父さんが笑った。
「そうか。もうそんなに喋れるようになったのか」
俺は二人を見る。
初めて、自分の声で伝えられた。
それがなんだか嬉しかった。
でも――。
俺の頭には、最後に聞こえた言葉が残っていた。
――なら、いつか知る。
何を知るんだ?
俺は森の奥を見る。
そこにはもう、灰喰らいの姿はなかった。




